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紫の太陽を遠くに見ながら、星系内を大回りで情報収集していく。星系各所に散らばった重力場が、真っ直ぐ飛ぶのを阻害してくるので、なかなかに気が抜けない。
既に多くのプレイヤーが探索しているので、星系マップはそれなりに埋まっているようだ。しかし、探査艇であるハンマーヘッドで探索する方が、得られる情報は多い。
特に鉱石を含む小惑星帯の情報は貴重だ。
「それにしても……小惑星が少ないか?」
比較対象が初期の惑星しかないが、採掘場となりうる小惑星帯が見当たらない。
「小惑星も重力場に引き寄せられてるって事か。それなら重力場に小惑星の塊ができていてもおかしくないんだが」
重力場の中心点には何も残っていない。
「鉱石が採れないって事は、俺にとってはハズレ星系なのか?」
こういう時のシーナはおとなしい。俺が探索を楽しんでいるのを理解して、余計な情報は与えないようにしてくれている。
「これだけ重力場があると、あれか。スイングバイがやりやすいのか?」
スイングバイとは、主に天体の重力を利用して加速を得る技術だ。重力加速度を進行方向の加速度に転換する事で、エネルギーの消費を抑えたりできる。
まだ宇宙空間での機動力の乏しい現代科学で、遠距離に探査機を飛ばす際に利用されている。
このゲームでは独自推進力があるので、そこまで重宝する訳ではないが、それでも自己の出力以上の加速を得られるなら、星系を巡る効率は上がるかもしれない。
「シーナ、スイングバイを行う為の軌道を算出できるか?」
「はい、マスター。モニターに表示します。ただ軌道を内側にそれますと、重力場に引き込まれますので注意してください」
「俺がそんなヘマをすると思っているのか」
「マスターはたまにやらかしますので」
一応、操縦に関してはそれなりの自信を持っている。特に決められたラインを狙って飛ばすのは、レースゲームの感覚に近く、操縦が楽しい。
「こうやって侵入角を調整して、スラスターで加速……っ!?」
「マスター、マスター。今乗ってるの、ハンマーヘッドですよ」
ハミングバードに慣れすぎてて、ハンマーヘッドの感覚が鈍くなっていた。重量級4WDの様な重量とそれに伴ったエンジン出力は、ハミングバードの気楽さで操作すると、一気に直進してしまう。
慌ててテールスライドさせるように機首の向きを変えながら、スラスターで加速を調整。重たいことで重力の影響を受けやすいハンマーヘッドの機体を、重力圏から脱する様に操作する。
ドリフトとは言えないパワースライドの様なロスの大きい加速で何とか重力点に引っ張られるのは回避。次の重力点を目指す。
「だ、大丈夫、大丈夫。まだ取り戻せる」
スイングバイを狙ってロスした分は、星系を一周するまでには取り戻せるはずだ。慣れればよりシビアなラインを狙って、重力加速をより航行速度へと変換できるようになる。
そんな感じで重力点をハシゴするように蛇行しながら星系マップを埋めていく。情報収集はレーダーに任せるしかないので、どうしても単調になりがちな星系探索だが、スイングバイを狙って操作することで、飽きずにプレイできている。ハンマーヘッド本来の速度上限を、スイングバイを利用する事で上回り、それを極力維持しながら次の重力場に突入。勢いを殺さずに向きを変えて、さらなる加速へと繋げていく。
「ん、なんだ?」
紫色の恒星を回り、ゲートから最も離れた辺りで、小惑星を発見した。本来ならば重力場の関係で、小惑星がある場所というのは、他にも小惑星が漂っている場合が多い。
しかし、その小惑星は単体で存在していた。
彗星の様に大きく楕円を描く挙動を取る星もあるが、動き方を見るとフラフラして見えた。
「探査波を打ってみるか」
ピコーンと潜水艦のピンガーの様な音と共に、電磁波が小惑星目掛けて放たれる。すると丸い小惑星の隣に他次元生物が張り付いているのを発見した。
小ぶりとはいえ小惑星。それと変わらないサイズなので、普通の宇宙船よりもかなり大きい。クジラほどではないが、100m級でハンマーヘッドの5倍くらいはありそうだ。
「まずったかっ」
探査波を浴びた他次元生物は、こちらの事を認知したはずだ。人間で言うなら、大声で話しかけられたようなもの。そして、他次元生物というのは、宇宙船のコアを狙って襲いかかってくる。
俺は戦闘に備えて、スイングバイで上限を越えていた速度を、逆噴射して本来の操縦可能範囲の速度へと落とす。過剰に加速した状態では、方向転換しようとすると、自重を支えきれずに機体が折れたり、ねじ曲がったりする危険があるのだ。
超加速した状態で戦闘に入ってしまうと、弾を避けようとして、それ以上のダメージを受ける可能性があった。
そうして速度を落として、レーダーを詳細探査に切り替えて相手を待ち受ける……が、相手はこちらに向かって動く気配はなく、張り付いた小惑星を運んでいた。
やがて光学的に観測できる範囲に近づき、その姿をズームしてみると甲虫のようだ。
「あれは……スカラベか?」
後ろ足で小惑星を転がすように移動している姿のモデルは、エジプトなどで崇拝されていたスカラベだと思われる。
「という事は、ヤツの餌は小惑星か」
詳細探査で小惑星の成分を解析すると、普通の小惑星では見られないほど、様々な鉱石が含まれていた。
「もしかして、この星系に小惑星が少ないのは、ヤツが集めて回っているからなのか?」
こちらを攻撃してくる様子はないので、しばらく追跡してみることにした。
すると一定の距離を進んだ所で、次元震が起こり始め、やがて次元の狭間へと小惑星を押し込みながら、スカラベ型も姿を消していった。
「ふむむ……鉱石を採取するには、あのスカラベを倒して小惑星を解体しろって事か。一気に色々な鉱石が手に入りそうなのは嬉しいが……」
100mを越す巨体。甲虫の外殻を持つ体は、そう簡単には倒せそうにない。ハミングバードの高速振動剣ならダメージを与える事はできるかも知れないが、その巨体に対してどれだけの攻撃回数が必要なのだろう。
「スカラベの攻撃方法も思いつかないし、クジラの時のように護衛が居るかもしれないな……」
どっかの戦闘娘が攻撃を仕掛けてくれたら、詳細が分かるかもしれない。そのうち情報をリークしてみよう。
新たな発見としてはスカラベくらいで、宙域を飛ぶだけでは重力場が邪魔だという事くらいしかわからなかった。
「これで一周と……ん?」
そうしてゲートの側まで戻ってくると、違和感を感じた。
「シーナ、最初に観測したマップと現在を比較表示」
「はい、マスター」
ゲートを中心に球体上に表示した2つのマップを見比べてみると、重力場の位置が変わっていた。しかも重力場ごとにその移動距離が違っていて、単純に公転している訳でもない。
「重力場同士が引き合って動いている……って訳でも無さそうだな」
重力場同士が近づいている場所もあれば、離れていっている場所もある。何とも不規則だ。
「まさか生きてる……とか?」
可能性としては、十分にあり得る。元々重力場ができているというだけで普通ではない。しかし、他次元生物が、このゲームでは物理法則を無視して存在している。
重力場の中心に何もないというのも、次元の狭間に本体があり、集めた物を取り込んでいるとすればうなずける。
「もしかするとスカラベが潜んでいるのか?」
小惑星を固めて運んでいたスカラベは次元の狭間へと消えていった。もしかすると、あそこに重力場が新たに作られていたのかもしれない。
「ちゃんと調査すればよかったな。まあ、また機会はあるか。今日はここまでにして帰ろう」
「はい、マスター」