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「寝過ごした」
遅めの昼食を摂って少しゴロンとなったつもりが、目覚めたのは夕方を過ぎて午後7時を過ぎた頃だった。
シャワーを浴びてさっぱりしたところで、ログインしてみることにした。
「お帰りなさいませ、マスター」
「ああ、ちょっと遅くなった」
ゲートが解放されてしばらく過ぎてしまった。多くのユーザーが新星系へと飛び立っているだろう。
俺も続きたいところだったが、納品任務を先に確認する。
「おお、あるある」
新星系を本格的に探査するには、ステーションの建設が欠かせない。今はこの星系からゲートをくぐって移動してからの探索になるが、新星系にステーションができればそこからの出発が可能となる。
ステーションを新たに建築する建材は、納品任務で集められていた。新星系はこちらの星系とは違って、特殊な条件が加わっている事もある。そこに合わせたステーション用建材は、今までよりもグレードが高いものが求められている。
「そこまでは予想通り。Lv2の工作機械で次々作っていくぞ」
「はい、マスター」
予め増産しておいたLv2のステーション外装用工作機械を使って、並行作製で納品物を作っていく。任務による報酬ボーナスは限られているが、納品自体はすればするほどステーション建築が早くなる。
それは第2ステーションの時に確認してあった。
「必要素材も少し高品質になってるな。まあ、まだ在庫にある分で作れるだろ。後は宙域情報次第で拡張されると」
円盤状のステーションは、大量のコアを内包するジェネレーター部分と、プレイヤー達が生活している居住区、外部からの宇宙線などを遮断する外壁部に大きく分けられている。
基幹部となるジェネレーターは、規定にそって作られるが、居住区や外壁部はその宙域に合わせた設計が必要らしい。
宙域の探査率に合わせて、作業効率が上がり高品質の納品ができるようになって、報酬にボーナスが乗ってくる。
「ひとまず基幹部の部品を生産しつつ……いくぞ、新星系!」
「はい、マスター」
格納庫へと転送された俺は、いつものハミングバードではなく、その数倍の大きさを持つ中型偵察艇のハンマーヘッドへと乗り込む。
コックピット自体は変化がないが、コアの出力の違いからか、起動していくエンジンの唸りがより大きく感じられた。
「久々だが、ヘソを曲げてないかな」
電磁アンカーが外れてカタパルトへと誘導され、発進シーケンスへと移行。今回はステーション側に建設されているゲートシステムへと向かうので、カタパルトレーンの向きが少し違った。
「発進!」
「アイアイサー」
レールガンと同じ要領で加速される船体は、僅かなきしみ音を立てながら一気に撃ち出される。リストバンド型コントローラーで再現された触覚には、操縦桿を握る振動が伝わってきた。コックピット内部の全天モニターには、加速を示す粒子が流れて体感的にその速度を判断できる。
そして、前方にはフラフープの様な輪っかが宇宙に浮かんでいる姿が見えてくる。輪の中は虹色の光が波打っていて、シャボン液の様にも見えた。
近づくにつれてその大きさがステーションよりも大きい事に気づく。
「でかいな……そうか、ステーションごとゲートをくぐるのか」
建材を持ち込んで現場で組み上げるよりも、完成したステーションをそのまま持っていける方が、未知の宙域では安全かもしれない。
しかし、そのためには膨大なエネルギーが必要で、プレイヤーがひたすら集めたコアが使われるという事だ。
「もしかしてプレイヤーが行き来するだけならもっと少ないコアで済むんじゃ?」
「この大きさがないと上手く機能しないんです」
「ふむむ……まあ、そういう仕様なら仕方ない」
やがて視界いっぱいに虹色の膜が接近してくると、なかなかの圧迫感があった。そして表面の様子が分かるようになって、小さく見える船が吸い込まれ、シャボン膜が波打つのが見えるようになってくる。
「いよいよだな」
操縦桿を握り直して、スロットルを押し込んでいく。ハミングバードより反応の鈍い加速でその膜を越えた。
ゲートへと入ると世界がうにょうにょと波打つ様な不思議空間だった。長時間滞在していると酔いそうだ。
「行き先を選択してください」
サブディスプレイに行き先として、新星系と既存の他の星系が選べる様になっていた。
「Alphaから開いた新星系には行けないのか?」
「一度、Alphaへ移動してから再度ゲートをくぐる事で可能です」
「ふむむ、何か面倒だな」
フレイアちゃんが居るだろうAlphaから繋がる新星系にはプレイヤーが集まるだろうから、ワンクッションが必要か。
サーバーの負荷が高いと不具合も起きやすいだろうし、大人しく自分のサーバーから移動できる新星系へ向かおう。
サブディスプレイをタップすると自動操縦が開始された。
ゲートの原理としては、他次元との狭間を移動することで、三次元上に比べると距離を短縮できてワープした様に移動できるという事らしい。
他次元生物もこの狭間を使ってこちらの次元へと狩りをしに来るという話だ。
「この次元の狭間で襲われたりしないのか?」
「この空間は距離も質量も曖昧な状態になっているので、他の存在を知覚する事ができなくなっています。レーダーも他次元生物の知覚も効かない状態ですし、すれ違ったとしても認識できないという事です」
「ふむ……分からんが分かった。とにかく襲われない仕様って事だな」
「ぶっちゃけましたね……説明担当のプランナーが泣いてますよ」
背景設定が好きな人もいるんだろうが、俺はプレイできれば文句がない派だからな。襲われない事実さえ確認できたら問題ない。
「ではゲートを抜けます」
シーナの言葉と共に虹の膜が近づいてきて、境界線を越えた。プログラム的に言うとサーバー間の移動が行われるロード時間が終わったというところか。
虹の膜を突き破る様にして新星系の宇宙へと飛び出したら、最初の驚きが訪れた。
「紫!?」
宇宙全体が黒ではなく紫に染まっていた。
星系で最も目立つ中心点である恒星から放たれる光が紫で、その周囲にある宙域全体が紫に染められた。そんな印象を与える光景だった。
幻想的な光景が徐々に横に流れているのに気づけたのは僥倖だった。
スティックを操作して方向を変えながら、スロットルを押し込み出力を上げると、引っ張られる圏内から脱する事ができた。
「ゲートの出口に重力場かよ。そんな所にゲート置くなよ」
そう毒づく間に、今度は左側に軌道がそれているのに気づいた。スティックを更に調整して進路を正すと正常に飛んでくれるが、やはり引き寄せられる力が発生している。
「重力場を表示」
「はい、マスター」
探査艇であるハンマーヘッドは、通常の宇宙船に比べて探査範囲が広い。その探査範囲に重力場が10を越えて表示された。一つの重力場を抜けると他の重力場に引っかかるような密度だ。
重力場というのは、その名の通り重力が発生しているポイントで、放っておくと機体が引き寄せられる場所だ。大型の惑星や恒星のような大質量の天体であったり、ブラックホールといった天体があるとそこに引き寄せられる事になる。
しかし、光学的に観測しても重力場の中心には何も見えない。ブラックホールであれば、光すら吸い込み、闇があるらしいがそういった雰囲気もない。
「この星系はこうした重力場が無数に存在するって訳か」
重力場の側にゲートが置かれたというのではなく、どこに行っても重力場が存在する。そんな特異星系となっているようだ。
引き寄せられているのに気づかず、中心点に行ってしまったらどうなるのか。気にはなるけど確認したくはない。
ミサイルを撃ち込んだら分かるかもしれないが、ハンマーヘッドに搭載された中型ミサイルは6発しかないので、無駄撃ちはしたくなかった。
「ひとまずは星系を回ってみるか」
まずは広域探査モードにして、宙域全体の地図を作る事にした。