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複数の蜘蛛と接敵状態、一対一なら隙を見て接近、高速振動剣で仕留める事ができるが、視界外から攻撃されると回避は困難。運に任せて特攻するという手は、ソロプレイでは致命的。特にハミングバードは紙装甲。白い塊が直接攻撃ではないとしても、動きが遅くなる様な粘着弾だと、機動力を殺されて長所が潰されてしまう。
ハミングバードが全損すると、付けたばかりのカニ装甲や攻撃力を高めた粒子砲を失う事になる。ストックがない現状では一か八かの賭けには出たくない。
視界内に4匹を捉えながら、後退しつつ粒子砲を撃っていく。やはり普通に撃っただけでは脚で止められてしまう。毛が生えた太い脚は、粒子砲に対して防御効果が高いようだ。
ファルコン型ならミサイルなど複数の攻撃手段があるが、ハミングバードは軽量にするために装備が少ない。
「ん……ミサイルか」
俺はソロプレイだが、単機ではない。ハミングバードに火力が足りない分を、外で補っている。
「シーナ、ファルコン編隊の武装をミサイルにスイッチ。上から攻撃できるようにスタンバイしてくれ」
「はい、マスター」
遠隔制御ユニットを利用した編隊は、サポートシステムのシーナが操る部隊だ。しかし、運営の修正によって集弾率が下がり、攻撃力がかなり減ってしまった。単機では小型海賊船との戦いでも勝てるかどうかという性能になっている。
ただ直線的に飛ぶ粒子砲と違って、ミサイルであれば多少の誘導性能があるので、粒子砲ほど外れる事はないはず。
「攻撃可能範囲になったら教えてくれ」
「はい、マスター」
それまでは後退しながら、粒子砲で散発攻撃するしかなかった。
「マスター、攻撃可能範囲に入りました」
「ロックオン開始、命中精度が高いポイントで連絡、発射だ」
「はい、マスター」
ミサイルはロックオンした時間で誘導精度が上がる。フレイアちゃんの様に的確なポイントをマーキングして数を撃つタイプなら、多少ロックオン時間が短くても問題ないだろうが、ファルコン型に積んであるミサイルは標準的なミサイルで、それなりの誘導性能を持っているが、弾数はそれほど多くない。
しっかりと狙いを定めてから発射した方が命中率が上がる。
宇宙船も他次元生物もコアと呼ばれる多次元化合物からエネルギーを取り出す機関を持っていて、それをターゲットに誘導するのが一般的だ。
ステルス機などは外部にエネルギー波が出ないように工夫されているが、タランチュラ型は普通にターゲット可能だった。
「マスターいけます」
「了解、こっちも攻める」
上空からミサイルの雨が降り注ぐ。俺を注視していたタランチュラ達は、初動が遅れて連続的に被弾していく。ミサイルは直撃すると周囲にもダメージが伝搬して、弱点である頭へもダメージを与えている。その影響か蜘蛛の動きが鈍くなって。
それに合わせて、俺も後退から接近へと進路を切り替え、最接近していた先頭の蜘蛛へと高速振動剣を撃ち込み撃破した。
「ファルコンはそのまま回避優先で距離を維持」
シーナに指示を飛ばしつつ、ミサイルを受けて敵視がファルコンへと移った蜘蛛へと接近して、柔らかい腹側から剣を撃ち込む。
するとその蜘蛛は撃破できたが、周囲に何かが散らばった。
「何だ?」
普段は他次元生物を撃破しても、破片が飛び散る様な演出はない。という事は、何らかの行動だと考えられる。
俺は剣を回収しつつ後退、飛び散った何かの動きを観察した。やがてそれらの物体は、飛ぶ方向を変えると、こちらへと迫ってくる。
「蜘蛛もミサイルを持ってるのか!?」
白く尾を引く物体が近づいてきて、やがてその姿を確認できた。
「子蜘蛛かっ!」
蜘蛛の子を散らすという言葉があるが、その語源は蜘蛛の子供が巣立つ時に飛び散るからだった気がする。その際に糸を伸ばして風を受け、空を飛びながら霧散するのだ。
タランチュラにはそんな習性はなかったはずだが、色々と都合よく解釈されているのだろう。
親蜘蛛に比べたら小さく、粒子砲一発で撃破されるが、何せ数が多い。ミサイルの様に軌道を変えながら迫ってくるそれらを、粒子砲1門では迎撃しきれない。
「ミサイル迎撃用の小口径レーザーすらないんだが……」
ハミングバードより小型軽量の子蜘蛛は、ハミングバードよりも速く後退していても迫ってくる。
旋回性能が低いらしく直前で動けば避けられるのは救いだが、ミサイルと違って一度避けたら終わりではなく、ぐるっと回って帰ってくるようだ。
その攻撃方法はよくわからないが、機体に取り付いて何かをしているらしく、ダメージ表示がある。取りつかれたら機体を振って早く振り払わないと、ダメージが蓄積していった。
数を減らしていくしかないが、的が小さく狙いにくい。
「マスター、親蜘蛛がファルコンに迫ってます」
「ああー、そっちもまだ残ってたな」
子蜘蛛を振り払いながらファルコンを追いかける蜘蛛へと向かう。子蜘蛛もそれについてきた。
「速度で負けるとか、業腹ものだなっ」
ハミングバードの後方から迫ってくる子蜘蛛を避けて、追い抜いていった所へ粒子砲を撃ち込む。しかし、何匹かが取り付くので振り払う。なんとも面倒くさい。
「子蜘蛛は無視して、デカいのだけ狙うか」
子蜘蛛の迎撃は諦め、取りつかれたら機体を振って、落としながら親蜘蛛への接近を優先させた。
ファルコンへと向かって移動する蜘蛛に追いつくと、狙いを定める。下手に粒子砲で撃ってこちらを向くことが無いように、一気に近づいて剣で突き刺す段取りだ。
距離を詰める間も子蜘蛛は取り付くので、機体を適度に振りながら……画面が揺れるのでなかなかに疲れる。
「どらっしゃあっ」
射程に入った所ですぐさま発射。ファルコン編隊にはまっすぐ飛ぶように指示していたので、追いかける蜘蛛も同じ様に飛んでいた。
後ろからの一撃で撃破すると、隣にいたもう1匹がこちらを向き、襲いかかってきた。
「即応しすぎだろっ」
高速振動剣の射程100mの距離は、高速で移動する宇宙戦では至近距離。即座に反応して避けるにはかなりの反射神経を必要とした。
そして俺は凡庸な人間だ。
「うわわわわっ」
振り上げられた脚を避けきる事はできず、かすってしまって機体が回りだす。視界に映る星々が高速で流れて、レーダーもぐるぐる。敵の方向も分からないが、とりあえずスロットルを押し込む。
しかし、重力、摩擦のある地上と違って宇宙空間では、一度回り始めるとずっと回り続ける。
操縦桿をこまめに動かしながら星の動きが緩む方向を見極めて、徐々に姿勢を立て直していく。
「伊達にレーシングゲーでスピンしまくってないぜっ」
「マスター、蜘蛛が近づいてます」
「いやまだ無理っ」
「撃破しました」
「いや、だから無理っ」
「いえ、蜘蛛を撃破いたしました」
「へ?」
まだ回転が収まりきらない視界の中、動くことのないサブディスプレイには、任務達成の文字が表示されていた。
「結局どうなったんだ?」
「説明しよう……」
どこかで聞いたナレーション風にシーナが解説を始める。蜘蛛の脚で回転状況に陥った俺は、必死にスロットルやら操縦桿を操作して、機体の制御を取り戻そうとしていた。
不規則な移動になったハミングバードは、蜘蛛に追いつかれて脚で捉えられそうになった時、発射していた高速振動剣が、機体の回転に合わせて縦横に振り回されて、蜘蛛にヒット。特にワイヤー部分が身体に巻き付き、蜘蛛の脚やらを切断していって、最後は胴体に突き刺さったようだ。
「なんつーか、単なるラッキーだな」
「はい、マスターはほとんど貢献してません」
ファルコン編隊の方から撮影したらしい外部映像を再生すると、蜘蛛の最期が良く分かる。
しかしワイヤーの長さは短いので、接近してくる敵でないと使えないし、下手すりゃ自分に刺さる危険もあるから、狙ってやれるものでもないな。
「うん、これを戦術に組み込むのはなしの方向で」
「それが賢明かと」
任務達成と共に子蜘蛛たちも消えたので、あれはミサイルなどと同じ扱いらしい。子蜘蛛の撃破にこだわってると、時間を無駄にしてしまうところだった。
「何にせよ疲れたよ」
「パトラッ……」
「死なないから、まだ死なないからっ」
とはいえ思った以上に精神をすり減らすバトルになってしまった。新星系へと向かいたいところだが、無理して撃破されるのも嫌だ。
「昼飯食って休憩するか」
「はい、マスター」
「久々にハンマーヘッドで出るから準備よろ」
「お任せください」
といって出撃前の準備なんかないから、気分的なものでしかないがな。