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貝が守っていたレア鉱石は黄色で、工作機械で分析すると防御に補正の掛かる鉱石らしい。
「ハミングバードに使っても意味はなさそうだな」
「紙装甲ならぬカニ装甲ですからね」
「誰が上手いこと言えと」
「!?」
格納庫に戻り分析を終えた時、何気ない言葉に反応したシーナが、驚いた顔で固まった。バグった?
「どうした? おーい?」
思わず顔の前で手を振ると、瞬きを何度か繰り返した後で、口角がぐぐぐっと持ち上がり、目が見開かれていく。
その猟奇的笑顔に思わずのけぞる。一方のシーナは喜びを噛みしめる様に拳を握り締めていく。
「や、やりました、自然な返しを頂きました!」
「それほどのことかよ!?」
「そうです、その感じですよ、マスター!」
恐怖を与える笑顔で詰め寄るシーナに、ドン引きしながら距離を取る。
「もっと物理的にツッコんでもいいんですよ!?」
「やめれ、それで痛い目にあったんだから」
頭をこちらに突き出してくるが、叩くのはためらわれる。というかそんなツッコミは古いだろう。
「はいはい、納品任務終えたらパーソナルルームへ移動するよ」
「高めに設定した工作機械も即売れだったみたいだな」
オークションで出品していた生産コロニー用工作機械Lv2も初期型宇宙船よりも高く値段設定したのだが、すぐに売れている。
その直後から服飾用機械が売りに出されているから、普及スピードが上がりそうだ。
「アバターの方は……肌色Tシャツね」
露出が低い分、色々試すとするとそういう向きにも展開はあるんだろう。しかし、俺が求めるのはそういうのじゃないんだよな。もっと普通の服が増えてくれたらいいんだが、やはりワンピースやTシャツというデフォルトの型紙から進化するには、もう少し時間が掛かりそうだ。
Foxtrotのゲート解放ももう少し先の様なので、ここいらでログアウトすることにした。それなりに戦ったんで疲れている。
「じゃあ、また明日」
「お疲れ様でした、マスター」
パーソナルルームに移動した時に、表情がデフォルトに戻っている事に安堵した俺は、土曜日の活動を終える事にした。
「どうしてこうなった?」
翌日曜日にログインしてアバター衣装を確認すると、露出の高い型紙が乱舞していた。ミニスカ、ノースリーブ、へそ出しに水着とどこまで面積を削れるかを競っているような展開だ。
「男性比率が高いとこうなるんかねぇ……」
宇宙船並の価格設定になっている衣装用型紙画面をそっとじすると、機械類の出品を補充。まだまだ売れ行きは好調の様だ。ただ工作機械は素材が足りないので売りに出せないので、しばらくは保留だ。
それよりもゲート解放率だ。
コア納品ゲージはほぼ満タンになっていて、いつ解放されてもおかしくはないくらいになっている。
「俺ももう少しコアを稼ぐか」
ファルコン編隊の経験値を積むためにも、撃破任務をこなす事にした。
回避に難のあるファルコン編隊での戦い方を工夫して、自機とは分けて囮兼牽制射撃させるようにした。敵の視線がそちらに集まった所を、別方向からハミングバードで近づき十字砲火を浴びせる戦法で撃破速度を上げていく。
そして正午を少し過ぎた辺りで、ついにゲート解放の知らせが届いた。
「ぐっ、任務開始したところで知らせが来るとは」
「日頃の行いですね」
「どういう意味だ?」
「普段から撃破任務をこなしてないから余裕がないんですよ」
「ぐぬぬ……」
思わぬ正論に反論の余地はなかった。
「さっさと達成して帰るぞ」
「はい、マスター。探査用ポッドを射出します」
ファルコン型の1機に搭載していた広域探査ポッドで敵の場所を確認する。囮作戦を使う為に、視界が開けた宙域での戦闘を選んでいた。
何もないような空間に、探査ポッドからの探査波に反応して幾つもの次元震が発生する。
「そういえば、ちゃんと戦った事はなかったな」
次元の狭間から這い出して来たのは、毛むくじゃらの脚を八本生やした蜘蛛型他次元生物。毒蜘蛛として有名なタランチュラを模している。
「でもタランチュラって伏兵型だから、姿が見えてるとそこまで怖くないんだよな」
大きな巣を作り敵を待ち受けるタイプの蜘蛛は、高機動を活かして戦う俺のような人間には戦い難い相手だ。しかし、タランチュラは穴の中に潜んで近くに来た獲物へと襲いかかる奇襲タイプ。次元震で居場所が分かっていれば、対処するのはそこまで難しくはない。
そもそも第1ステーションから見て恒星付近に出現する敵なので、攻撃自体はシンプル。問題となるのは威圧的な外見と耐久力か。
まずはファルコン編隊3機に攻撃させていく。
するとタランチュラは毛の生えた脚を畳むように引き寄せると、丸まって玉の様になる。そこに中口径粒子砲が当たっても、見た目にはダメージを与えられていなかった。
ファルコン達の集弾率が下がっているのもあって、有効打が与えられないまま彼我の距離が縮まっていく。
そして一定距離にまで近寄ったところで、タランチュラは脚を畳んだまま回転を始めて、ファルコンへと転がり出した。
「回避、攻撃中止で、大きめに回避っ」
「はい、マスター」
タランチュラ側も動き出した事で一気に距離が縮まる。他次元生物の多くは長距離攻撃を持たないので、接近させなければ何とかなるはず。
ファルコン達が機動を変えて、距離を取ろうとすると、タランチュラの回転が止まって何かが吐き出された。
別角度から接近していた俺にはその詳細は見えない。ただ何らかの攻撃であろうことは予測できる。
まだ十字砲火には角度が浅かったが、下方から攻撃を開始した。
「ファルコンBに被弾。エネルギーシールドが削られました」
「損傷はないんだな。とりあえずそのまま安全距離を確保」
「はい、マスター」
上方に逃げるファルコンに対して上を向いたタランチュラに、下から攻撃を加えていくと脚の付け根辺りに命中。脚の1本が破壊できた。
「腹側が弱点か」
生物を模した多次元生物は、基本的に腹側が弱い。ただ粒子砲1発で脚1本だと8回は当てないとダメか?
もちろん、タランチュラ側も黙って攻撃されている訳ではない。上を向きかけていた身体を、見えない足場を使うように脚を蠢かせて向きを変えてくる。そうなると硬い脚が盾となって弱点には当たらなくなった。
「接近して下に回り込む……のはヤバイか」
ハミングバードの機動力で滑り込めば、タランチュラの旋回速度より速く回り込む事はできるだろう。しかし、タランチュラは1匹ではなかった。
レーダーには5つの影が映っている。
先頭のタランチュラの周りを移動していたら、他のタランチュラから狙われる危険があった。
「ファルコンで牽制……も、あんまり効果なさそうなんだよな」
思っていた以上にタランチュラの脚が硬い。欠けた脚の所から攻撃すれば本体に当たるはずだが、少し回転するだけでカバーされるだろう。
上方に逃したファルコンを戻して攻撃をさせれば、脚の無い所に当たるかもしれないが、命中精度が悪く、他のタランチュラの気を引いてはまた危険になる。
「結局、コイツに頼るしかないのか……」
クチバシの部分に付いていた高速振動剣を、レールに引き込み、射出準備状態にしながら、タランチュラへと向かっていく。
粒子砲も撃ち込んでみるが、やはり脚でブロックされる。
やがて小さな頭が見えるようになってきた時、機体を滑らせてランダムに回避しながら更に近づいていく。すると大きな顎が開いたかと思うと、白くキラキラした物が吐き出された。
「糸か?」
気になるところだが、食らうわけにもいかない。避けながら更に近づき、高速振動剣の間合いに入っていく。
「近くで見たくない姿だな……」
射程距離の100mまで近づくと、8つの目まではっきりと見えてしまう。顎がモゴモゴ動くのを直視しないようにしながら、頭へと攻撃。流石にその距離だと脚で防ぐこともできず、身体に比すると小さな頭へと剣が吸い込まれて、一撃で爆散した。
「よしっ……っとぉ」
撃ち出した剣をワイヤーで巻き上げながら、更に大きく移動する。元いた所には、白い塊が通り過ぎていった。
残り4匹、まだまだ油断できる状況ではない。
「でも道は見えたか」
囲まれないよう位置取りに気を付けながら、改めて蜘蛛へと向き合った。