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宇宙船を降りた後の行動は、左手に出現するコントローラーで操作する。棒状のコントローラー上部に移動するためのスティックが付いていて、倒した方向に進む。
棒状の部分から一部の突起を引き出すようにすると、開拓ステーション内の地図が表示され、行きたい場所をタップすれば、転移での移動が可能だ。
ステーションの外縁部、ドーナツ状の部分をタップすれば、自然と自分のパーソナルルームへと転移する事ができる。
β時代には無かったドーナツの穴の部分には、ライブステージや憩いの場、遊歩道などがポイントとして設定されていた。
パーソナルルームは、プレイヤーごとに振り分けられる私室で、四畳半ほどの広さで簡易ベッドと机、椅子などが据え付けられている。
この部屋もコストを支払えばカスタマイズしていけるので、快適な空間を演出する事も可能だ。まあ、β時代はそっちにコストを割く事はなかったが。
「マスター、製品版の追加機能としてサポートシステムに、名前を付けられるようになっています。名前を登録してくださいませんか?」
「ああ、サポートシステムと呼ぶのもなんだしな」
女性の体になった事もあるし、なんだかんだで話し相手になってくれている。汎用名詞で呼ぶのは味気ないな。
「サポートシステムの女子を縮めて、サシ子……は、駄目だな」
「一応、再度名前を変更する事も可能ですが、コストが掛かるので、頻繁に名称変更するのはオススメしません」
「そうだよなぁ。ころころ名前を変えるのは抵抗ある……が、いきなり名前を付けろと言われても思いつかない。何か型番とかある?」
「私の管理IDは、187644213です」
うん、覚えられん。
「何かアルファベットがあるとそこから連想もできるんだけど」
「アバターの種別IDは、F-S143となっています」
「Fは、女性(female)の意味か。Sはスモール?」
「スレンダーかと」
「ああ、確かに」
俺はサポートシステムのアンドロイドを見て頷く。身長は目線がさほど変わらないので170cmほどで、かなりほっそりとした体型だ。括れている部分はきゅっとしまっているので、女性的なシルエットにはなっている。
手足もスラリと長く、モデル体型といえばそうかなと思える。
「どこを見て言いましたか?」
「え、そ、そりゃ、引き締まったウエストだよ」
「てっきり洗濯板とか思っているのかと」
「ちなみに男の娘とかじゃないよね?」
「F型ですから」
冷静に返すサポートシステムに怒りは感じられない。だってプログラムだもの。
それはさておきF-Sか。Fは女性って意味だから、どっちかというとSの方が、このアバターを示しているアルファベットになる。
サチコ、シズカ、スズ、セリカ、ソノコ……日本名はピンとはこないな。サーニャ、シャルロッテ、スーザン、セリカ、ソニア……うう〜ん、もうちょっと。
F-S143……。
「シーナ、とかどうかな」
「はい、問題ありませんよ」
「じゃあ、それで」
「ではこちらに間違いが無いように記入をお願いします」
どこからか取り出したタブレット端末に、シーナと入力した。
サポートシステム改めシーナはそのタブレットを胸に大事そうに抱える……と、思うのは勝手な想像か。
「登録完了しました、マスター」
「改めてよろしくな、シーナ」
「はい、マスター。S1でシは分かるとして、4と3を足して7で、シーナですか。ひねくれてますね」
「いいだろ、ぱっと閃いたんだから」
実際のところ、かなり好みの外見をした女の子を名前呼びするのが照れくさくて、シーナなら椎名と名字のようにも取れるから呼びやすいかなと思ったのもあった。
「さて、チュートリアルで適性のあった機体は何かな」
パーソナルルームの机の前には、画面が埋め込まれていて、そこには自分の持つ機体が表示されている。
「んん……これ、ブラックイール型じゃないか」
βの時に愛用していた輸送船だった。
あの時は小惑星の間を飛び回って、どれだけ寄せれるかとか細かな操縦技術を試しているうちに、チュートリアルの時間が終わってしまって、戦闘訓練をしないままだった。
そのおかげで普通なら戦闘機の中で自分にあった機体がもらえる所を、ほぼ戦闘力の無い輸送船が選ばれたと思う。
しかし、今回はシーナによって高難易度の戦闘をずっと続ける羽目になっていた。ならば戦闘機がもらえるんじゃないのか?
「かなり本格的に戦闘したのに、何で輸送船なんだ?」
「戦い方の判断でしょうか」
「普通に戦ったつもりなんだが……」
「色々な戦法を少しづつ試していましたので、どれが専門という判断もつかず、結果として操船技術が最も高い評価となったようです」
攻略サイトで仕入れた戦法をにわかで試した結果らしい。付け焼き刃は通用せず、1ヶ月で培った技術が一番だと判定されたなら仕方ないか。
「ただ、ブラックイール型輸送船を売却すれば、余剰コストと合わせる事で、戦闘機を購入する事もできます」
「ああ、適性は輸送船だけど、乗り換える事もできるって事ね……でも、せっかくだからこのままいくか」
宇宙船の乗り換えが可能なら、先にコストを稼いでしまってからでも問題ないだろう。成金王の称号を得るきっかけとなった手法で、たんまり稼いでから性能の良いやつに乗り換える方が良さそうだ。
「じゃあ早速、余剰コストでカスタマイズだな」
「またヒートブラスターをたくさん付けるんですか?」
「今回は中型の奴を一門付けるよ」
「以前お勧めした時は、『考えがある』と却下されましたが……」
根に持つね、このAI。機械だから忘れないのか。
「ま、プレイした結果、やりたかった事はもう少しコスト稼いでからしかできなさそうだったからね」
「なるほど」
「まずは速度重視で汎用素材を回収してこようか。一応、素材収集系の任務で受けれるのをピックアップ」
「はい、マスター」
この辺はβテスターの特権かな。俺が基本的にやってた事は、特に伝えなくても分かってくれる。輸送船と言いながら、やってる事は工作船で、小惑星をヒートブラスターで溶かして、必要な素材を回収するのが最初に受けられる任務だ。
加速装置を着けてステーション間を行き来するような輸送任務もあるのだが、決められた場所を行き来するだけはあまり面白くなさそうで、海賊が出たら出たで戦闘力のない輸送船では、逃げ回るだけになってしまう。
それなら思わぬ掘り出し物に出会う可能性のある採掘任務の方が夢があった。
開拓ステーションのある星系は、太陽の0.8倍の恒星を中心に、惑星が5つ。居住可能な惑星はない。そのため、星系内に生産コロニーが作られていて、開拓ステーションの食料が賄われている。
輸送任務ではこのコロニーから、ステーションへと食料を運ぶのが主な任務となっていた。
第4、第5惑星の間の宙域に、小惑星が多数浮かんだ小惑星帯が形成されていて、そこが俺の目指す採掘場と言うわけだ。
開拓ステーションは第5惑星のもう少し外側に位置するので、小惑星帯まではさほどかからない。
俺が乗るブラックイール型輸送船は、名前が示すように黒いウナギに見えるシルエットだ。コックピットのある船首部分から、9つのコンテナが連なり、船尾には大型ブースターが付いていて、尻尾の様になっていた。
その形状は宇宙船というより、列車に近い細長いものだ。
武装と呼べるような武装は無く、付いているのはヒートブラスターという電磁波を照射して対象を熱する事で溶融させる装置。電子レンジのようなものだ。
武器としても使えなくはないが、相手に対して一定時間電磁波を当て続けないと溶融するまで熱されないので、高速で移動し合う戦闘での実用性はなかった。
デフォルトの小口径から中型に載せ替える事で、多少射程が伸びて、一度に熱する範囲も広がってはいるので、採掘作業はスムーズに行えるはずだ。
「では、出港」