閑話 1
「マスターって、私に触ろうとしませんね」
「えぁあっ!?」
格納庫で納品用の作製設定を行っていると、シーナの思わぬ言葉に変な声が出てしまった。近所からクレームとか来ないよな……。
「ど、どういう意味だ、それ」
「いえ、せっかく実体型アンドロイドのアバターを購入したのに、実体の部分を確認されようとはしていないので」
「ま、まあ、等身大の人型って部分の方が大きかったからな……」
いきなり何を言ってくるんだこの秘書は。
動揺している自分が情けなくもなるが、見た目は一流モデルか女優かというような外見のアンドロイドに、触らないんですかと聞かれて動揺しない男は少ないと思う。そうだよな?
「他のサポートシステムの実体アバターの方々の話を聞くと、日常のスキンシップは普通だと伺ったので」
「他のサポートシステムと交流あるんだ」
その事にびっくりだよ。
「はい、AIは経験によって成長するので、その成長具合を比較する為に、定期的にメンテナンスが行われ、その際に情報の交換をいたします」
「なるほど……」
AIの分野は日進月歩。あらゆる情報を精査して、反応に活かせるように研究が進められているという。介護などで不自然な対応をしないように、様々なケースを想定した会話を経験させるらしい。
「そうして仕入れた情報によると、ログインの挨拶でハグは当たり前。よしよしと頭を撫でたり、体を撫で回したりするのが普通なんだとか」
「そりゃ、動物型アバターだからだろうっ」
犬や猫型のアバターなら抱えあげて頬ずりするくらいの挨拶は不自然でもない。でも女性型アバターにそんな事したら事案だろう。
いやアメリカのゲームなんだからハグくらいは当たり前なのか?
こちらを見て小首を傾げるシーナを観察する。
アジア系の凛々しさを感じる容貌。やや釣り上がり気味ではあるが、大きめの瞳でキツイ印象は与えない。すっと通った鼻筋に、あまり肉厚ではない桜色の唇。まだ20代前半といった肌艶で、頬骨はあまり感じさせないつるりとした頬。
艶のあるショートボブの髪が首の角度に合わせて、サラサラと流れている。
身長は165cmほどの華奢で括れはあるものの凸部分はほとんどないスレンダーボディ。腰の位置が高く、すらりとした脚が印象的だ。
まあぶっちゃけて言えば、現実ではお近づきになるどころか、見ることも無いような美人で、気安くハグとかできる訳もない。
バカやってる時は、そうしたオーラ的なモノを感じないので気安く対応できるが、いざ面と向かってしまうと消極的にならざるをえない。
「やはり胸部装甲の薄さが問題でしょうか……でも、選んだのはマスターですし」
ブツブツとつぶやきながら、寄せて上げてを試みて失敗している。その辺の馬鹿っぽさがあると抵抗感は薄れるのでありがたい。
「いやいや、シーナの外見的に問題はないよ」
「本当ですか?」
ある意味、近づきがたい雰囲気は外見の問題ではあるのだが、その他にも俺の心を抉る日常も影響がある。
実際、今回のこの質問も何らかの裏があるのかと勘ぐってしまう。
「頭を撫でるくらいならしてやるから」
ポンポンと頭を軽く叩いてから撫でてやる。すると上目遣いにこちらを見つめてきた。やめて、そういうのポイント高いからっ。
「分かりました!」
そう言って俺から距離を取ったシーナは、近くのコンテナに腰を下ろして、脚を組む。黒のストッキングに包まれたスラリとした脚が上下に動いてリズムを取っていた。
「マスターの好みは脚ですね、脚フェチです!」
「まてまて、そんな力説するこっちゃないだろ」
「今なら触ってもいいんですよ? 膝枕も考えましたが、マスターの触覚は頭にはないですからね」
1mほどのコンテナに座った事で、俺よりも少し高くなり、こちらを見下ろしてくる。凛々しい顔つきでこちらが見上げるようになると、また印象が変わる。
「こんなサービス、滅多にありませんよ?」
「うぐぐ……」
自らの太ももを人差し指でなぞっていくと、その指先をどうしても視線で追ってしまう。
「5、4、3……」
「触ればいいんだろ、触ればっ」
カウントダウンを始めたシーナへと、思わず手を伸ばしてしまった。
「あだっあだだだだっ」
太ももへと触れそうになった時、エネルギーシールドの様な障壁が現れ、それに触れた俺の手は強烈な静電気が発生したように、バチバチと音をたててしびれた。
「この様に、邪な気持ちで触ろうとすると、バリアに弾かれますから気をつけてくださいね」
「お、お前なぁ……」
勝ち誇ったようにVサインをこちらに突き出し、ドヤ顔を見せるシーナであった。