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難易度高めのチュートリアルを終えた俺は、思った以上に疲れながらコックピットを出る。チュートリアル終了後のコックピットは内部の照明が落とされていて、外へ出るとやや眩しいくらい真っ白になり、やがて目が慣れて周囲が見えるようになってきた。
白に近いグレーの壁に囲まれた方形の部屋。背後にはシミュレーターがあり、正面ではオペレーターらしい女性が立っていた。
チュートリアルでは球体のサポートシステムにより案内されたが、製品版では女性型アバターが案内してくれるようだ。
「お疲れ様です、マスター」
前髪が眉の辺りでぱっつんと切りそろえられた黒髪ショートボブの女性は、お腹の前で手を揃え浅く頭を下げて俺を迎えてくれた。
年齢としては20代半ば、大きめの瞳はやや目尻が上がっていて、凛とした雰囲気を持っている。小ぶりな鼻や、薄めの唇は日本人をベースにしているのだろう。
スラリとした体型で、シルバーの空港で見かけるような制服を身に纏っている。
そしてその声には聞き覚えがあった。
「って、サポートシステム?」
「当然ですが何か?」
小首を傾げて問い返してくる雰囲気は、確かにサポートシステムのものだった。
俺はβテストの最終日、サポートシステムのアバターに、等身大のアンドロイドがある事に気づいた。そのコストはプレイヤーに購入できないくらいに設定されている。
STGは初期型宇宙船の売買コストをベースにプレイヤーの所持品の総額はコストという単位で示されていて、βテスト期間は1ヶ月。ずっとプレイしていた俺で、それまでに貯められたのは宇宙船5隻分のコストだった。
ただ幾つかの偶然が重なるβテストの最終日。
多くのプレイヤーが大量に売り出したスクラップパーツをかき集めて、宇宙船を大量に作ることに成功した。自分が乗っていた宇宙船も含めてそれらの宇宙船を売りさばく事で何とか目標額に到達。
約70隻分のコストを支払って、アンドロイドアバターを手に入れる事に成功していた。
しかし、時間がギリギリ過ぎた為に、種類を吟味する事もなく、その時買える最高額の物を適当に買ってしまった。そのため、外見なども全然覚えていなかったのだ。
フレイアちゃんの様な元気系の女の子も可愛いが、俺自身としてはこういうクール系女子の方が好みだった。
「そ、そうか、これからよろしくな」
そう言って俺が手を出すと、サポートシステムは傾げていた頭を逆側に倒し直して、俺の手を見つめる。
「握手だよ、握手。分かるだろ」
「いえ、3分27秒も握られるのは嫌だなと」
「ぐはっ」
さっきPVに付いてきたおまけでの事を蒸し返されて、確実に俺のメンタルを削ってくる。いやまあ、確かに少しは触れたいなと思わなくもなかったが。
「冗談です。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言いつつ俺の手を握り返す……いや、指の先端部分をちょいと摘む程度ですぐに放されてしまった。
「ぐぬぬ……」
「さあ、受付の方がお待ちです、お急ぎを」
くるりと踵を返して、シミュレータールームから出ていく。俺は釈然としないものを感じながらも後を追うしかなかった。
決してタイトスカートからスラリと伸びる黒タイツの脚に魅せられた訳ではない。
「ようこそいらっしゃいました、成金王様」
「んん?」
「どうかなさりましたか、成金王様」
「それだよ、それ。まだ名前のエントリーも行ってないのに、変な呼び方しないでくれよ」
「変な……と、申しましても、まだ名前が確定されてないので、称号でお呼びするのが通例となっています」
シミュレータールームから出てすぐにある受付。初期の登録や、任務の確認、プレイヤー同士が集まって作る連合の登録などが行える。
チュートリアルが終わった後は、ここでプレイヤーの名前を登録できるのだが、その前に変な名前……称号で呼ばれてしまっていた。
「しょ、称号って?」
「はい、マスター。マスターはβの時に、一日の総獲得コストで1位を記録していましたので、成金王の称号を獲得しています」
隣のサポートシステムが説明してくれる。
「成金ってイメージ悪くないか?」
「短期間で多額の金銭を獲得した富豪の事ですから、悪い印象などは無いと思いますよ。その他にも将棋で敵陣に切り込み、金将と同じ能力を得た歩兵の意味もあり、一般兵の中で王の近衛になるような活躍とも言えます」
「ま、まあ、そうか。実際に稼いだのは確かだし、それで1位になれたなら喜ぶべきか」
「急に金持ちになって教養が追いつかず、派手で趣味の悪い人……という印象もありますが」
「それだよ、それっ。この称号外せないのかよ」
「他に称号を獲得すれば、それとどちらをつけるか選択する事ができるようになります」
「なるほど……獲得できそうな称号は?」
「攻略情報は、禁則事項となっています」
そりゃそうか。
「他の称号には、どんなのがあるんだ? 今分かってるものだけでいい」
「はい。フレイア様が獲得した『撃墜王』の他、高ランクで一定数の任務をクリアした『特務曹長』、大型他次元生物を撃破した『ジャイアントキリング』が判明しています」
「なんかかっこいいのばかりだな。成金って明らかに毛色が違うだろ……撃墜王は無理っぽいとして、特務曹長になるにはどれくらいの任務をこなしたらいいんだ?」
「禁則事項です」
口元に人差し指で✕を作りながら答えるサポートシステム。くそっ、あざと可愛いな。中身はアレなのに。俺のメンタルを揺さぶる術を掴まれているのか。
「あの、成金王様。そろそろ名前の確定をお願いします」
サポートシステムとやり取りしていると、しびれを切らした受付が話しかけてきた。
「成金王?」
「成金?」
「王様?」
そんな声に周囲を見ると、こちらを見つめる複数の人影があった。というか、受付を待つ列が出来上がっていた。
「うわっ、ヤベッ。早く済ませないと」
「はい、成金王様。名前を変更される場合はタブレットでの入力をお願いします。変更されないままは、そのままOKを押してください」
「別に名前を変える気はないからそのままで」
タブレットに表示されているOKのボタンをタップする。
「確定しました、成金王の霧島遊矢様。先程の初期訓練で適性の合った機体が用意されています。パーソナルルームから格納庫にアクセスできますので、確認してください」
「成金、霧島」
「霧島様」
「成金王……」
受付の声に周囲がざわめく。これはいたたまれない。早くパーソナルルームに行くのが懸命だな。
「行くよ、サポートシステム」
「はい、マスター」
「「「美人秘書!」」」
サポートシステムと共に受付を去ろうとすると、より一層大きなざわめきが起こってしまった。しかし、説明する余裕などない。震える手でコントローラーを操作して、パーソナルルームへと転移した。
「はぁ〜何なんだよ、いったい。成金王とか……」
開始、早々注目を集めてしまった。正直、目立つのは好きじゃない。だからβでもソロプレイだったのだ。共闘するのも足を引っ張ったとか、陰口叩かれるのが怖くてやってなかった。
それなのにいきなり成金王呼ばわりされて注目を集めてしまった。
「ホントは交流ロビーになってる公園とか見たかったんだけどなぁ」
現在、俺達がいるのは開拓ステーションと呼ばれる施設だ。未開発の星系に作られた補給基地で、プレイヤーはここを拠点に、探索を行ったり、他次元生物を狩りに出たりする。
開拓ステーションはドーナツ状にパーソナルルームが並んでいて、ドーナツの穴部分が交流ロビーとして、色々のプレイヤーが自由に使える公園となっていた。
そこにはライブ会場をはじめ、動物と触れ合える憩いの広場や、森林浴が楽しめるベンチなどくつろぎの空間となっていた。βテストの時はなかった部分なので、散策してみたかった。
「まあでもサポートシステムを連れては無理そうだな……」
「私とのデートでは不満ですか?」
「美人過ぎて連れて歩いてると嫉妬される。というか、俺なら絶対妬む」
「そうですね」
「美人は否定しないんだ」
「マスターが選んでくださった外見ですから」
「ぐふっ」
顔も見ずに適当に選んだとか言えない……いや、あの時の様子から俺が選べてない事を知ってて言ってるのか。ホント、性格を何とかしないと俺のメンタルはズタボロになりそうだ。
とにかくほとぼりが冷めるまでは、地道に任務をこなすのがいいかな。