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コバンザメと対峙した俺は、剣の巻き取りを確認しながらスラスターで位置を調整する。対するコバンザメも予想外の一撃を受けた事で、多少は警戒しているのか、尻尾をくねらせてタイミングを見ているようだ。
フウカ達がクジラを倒すまでの時間を稼げれば役目としては十分だが、せっかくの策が台無しになったり、ハンマーヘッドが撃破されたり、温存した戦果ポイントを使わなきゃならなくなったりというマイナス分を返してもらわないといけない。
「つまり、貴様は死刑だ!」
少し気が昂ぶり言葉遣いが乱暴になってしまうが仕方ない。戦闘行為というのは、少なからず感情を揺さぶってくる。
仲間がやられたら奮起するし、攻撃が通じなかったら絶望もする。ただ今の俺には、ヤツの同類を相打ちとはいえ撃破した実績がある。やれる。
「うらぁぁぁぁーっ」
「撃ってるのは豆鉄砲ですけどね」
小口径の粒子砲で戦闘を再開した俺に、冷静なツッコミが入った。猛る思いを腰折られた感は否めないが、逆に冷静になれる部分もある。
悲しいけど俺には感情に任せて能力が上がる素敵スキルはないし、本能のままに戦って勝てるだけの能力もない。
相手を観察して隙を見つけ、そこを的確に抉っていくのがスタイル。無双プレイは敵中に突っ込んで周囲を吹き飛ばす爽快感を楽しむものなのだろうが、地味でも効率を考えて小さな拠点を潰して回るプレイをしてしまうのが俺だ。
なので声のトーンは徐々に落ちていき、相手の動きに合わせて機体を滑らせて回避を行う。円を描くように相手の後方に回って粒子砲を発射。尻尾に当たるもののダメージはほとんど無いだろう。
コバンザメは俺の攻撃は意にも介さず、悠々と宇宙を泳いで反転。再びこちらへと向かってくる。
「何だかんだで、動きは魚類なんだよな」
ゲームを開発する際は、数多の敵を用意しなければならない。無から有を生み出すというのは、かなりエネルギーを消費するので、大抵は元になる物を用意してアレンジするものだ。
STGの場合も地球上の生物をベースに他次元生物を設計している。ゴブリンも猿だし、カニはカニ。
コバンザメも魚類の動きを踏襲していた。
その最たる特徴は、前にしか進まないという事だ。バックはもちろん、上下左右にスライドするような動きもない。ただ、思ったよりも体が曲がるので、90度以上一気に向きを変える程度はやってくる。
それでもホバリングから前後左右自由にスライド移動できるハミングバードの方が上だ。
噛み付くように頭を振りながら迫ってくるコバンザメを、少し余裕をもって回避する。反撃を狙ってヒレに捕まえられた経験は活かさないといけない。
ただ安全なマージンを取ると、弾速の遅い高速振動剣では動きを捉えきれない。
撃破を狙うならリスクはつきもの。さてどう攻めるか。
余裕をもって回避を続けているので、全体的に円を描くような動きになっていた。闘牛というよりは円舞の様相を呈してくる。近づき離れ、離れては近づきと一緒に踊っているような感覚。
ただ一定のリズムというのは曲者で、次はこう来るだろうという安易な予測を生んで、それが外れた時に反応の遅延が生じる。
注意深く相手を観察しながら、クルクルと回っていく。
「来た」
散発的に粒子砲を撃ち込んで様子を見ていると、コバンザメが向きを変えて、一直線に向かってきた。上下にうねりながら突進してくる姿は中々に恐ろしい。
一度上に逃げるように移動して、それに追随するように首が上を向いた所で一気に下降。アゴの下へと回り込むように移動する。
コバンザメも易々と逃してくれる訳もなく、その場で前転する様に頭を下げてきた。その回転に合わせるようにしながら腹の下へと進み、高速振動剣を撃ち込む。β時代に回る小惑星に回転を合わせながら採掘した経験は無駄では無かった。
コバンザメが前転するのに合わせて角度を調節しつつ、剣のスラスターを吹かせて装甲を斬っていく。そして開いた穴に向かって、粒子砲を撃ち込んだ。
「豆鉄砲でも内側なら効くだろっ」
身をよじるように体をくねらせて粒子砲から脱したコバンザメから、俺自身も距離を取って安全圏に逃げる。
30mの大型機であるコバンザメが身悶えして暴れると、それに巻き込まれるだけで結構危険なのだ。
ビタンビタンと体を捻って打ち上げられた魚の様に悶た後、こちらを睨むように突進の構えを見せた。尾ビレを左右に揺らし、タイミングを計るようにしながら、こちらを見据えている。
こちらも何時でも動けるように、左右のスティックの握りを確かめた。
バンと尻尾が振り下ろされると、次元震が発生してコバンザメが加速する。ただクジラで見ていたので、その瞬間にスラスターで横へと動く。また次元震自体はこちらの船体を動かすほどの波にはならなかった。単純に加速する為の動作なのだろう。
ただその加速は今までで1番速い。
横移動と共に後方へも加速して距離を稼ぎつつ、突撃範囲から逃れようとした。そこへコバンザメも向きを変えて突っ込んでくる。
「くそっ」
苦し紛れに高速振動剣を射出。頭の小判で受け止めてくるのに合わせてスラスターを吹かして斬りつける。やはり装甲が厚いので溶融が間に合わず、途中まで切り込んだところで、弾かれてしまう。
そしてそのままコバンザメの頭と激突した。
ただ後方に下がるように加速を続けていたので、一気に致命的なダメージにはならずに済んだ。ハミングバードを頭に乗っける形で突き進むコバンザメ。こっちも後方への加速を続けて何とか船体に食い込むのを回避。弾かれた剣の巻き取りを開始しながら、重心をずらして頭から離れようとするが、ここでコバンザメのコバンザメたる機能を使われてしまった。
頭の小判に吸い寄せられて貼り付き、動けなくなってしまう。
「ど、どうするつもりだ!?」
小判の吸引力はかなり強く、メインエンジンを使って加速してもビクともしない。そして、機動力は同じでも船体の大きさで全く敵わないハミングバードは、そのまま運ばれるしかなかった。
コバンザメの向かった先はクジラ。今も多数の戦闘機が攻撃を仕掛ける最中へと突っ込んでいく。
「流れ弾でも死ねる……が、このままクジラにぶつけられても死ねる」
できる事と言ったら何があるか。
吸盤から脱する事は許されず、小口径粒子砲は効かない。高速振動剣はコバンザメと真逆を向いていて射出しても当たらない。
コックピットから抜け出しても宇宙の藻屑に変わるだけ……。この局面ではフウカに助けを求めてもどうしようもない。
「詰んだ」
「今こそデレるのです。そうすれば伝説の……」
「ツンデレはその意味じゃないからっ」
シーナが軽口を叩くという事は、本当にやることがなくなったか……。
迫る黒い巨体。一応、マナーなのかお腹側へと回り込み、俺をくっつけたまま押しつぶす様にドッキング。
その直前に高速振動剣を射出すると、そのままクジラの腹部へと突き刺さり、そこへハミングバードの機体が押し付けられる事でより深く刀身がめり込む。それがトドメの一撃となってクジラが撃破された……。
なんて事はなく、角度調整もできない状況で撃ち出した剣は、腹の装甲を破ることなく弾かれて、その直後に、クジラとコバンザメにプレスされて視界は真っ白にそまった。
「見慣れた格納庫だ……」
三度撃破されての帰還。流石にちょっと疲れたぞ……でも、早く戻らないとフリーになったコバンザメがフウカを妨害するだろう。
「どうされますか?」
シーナが差し出したタブレットには、修理の項目が並んでいる。
ハミングバードを即時修理するのが正解かなぁと鈍い頭で考えて、差し出されたタブレットをタップしようとした瞬間、画面が切り替わった。
『クジラ型他次元生物が撃沈されました。ステーションは守られました!』
格納庫に響き渡るアナウンス。タブレットにはCongratulations!の文字が表示されていた。
『クジラ倒した、ぶいぶい』
『おめっとーさん』
『でもコバンザメ倒してない』
『まあしゃーないよ』
『でも途中から1匹減ってた。誰か倒してた』
『そ、そうね、そんな事もあるかもね』
『ソイツを倒せば、私が倒した事になる』
『それはならないんじゃないか? 相性もあるだろうし』
『見つけて倒す』
不穏なメッセージでフウカとの通信が途絶えた。フウカにまで狙われる日々が……まあ、誰が倒したかは分からないよな。
「マスター、新しい称号が付与されました」
「ん、クジラ撃破のご褒美か?」
「小判収集家です」
「コバンザメ撃破のボーナスか。でももうちょっとかっこいいのはなかったのか?」
「コバンスレイヤー?」
「シャークデストロイヤーとか」
「残念ながらコバンザメは、スズキの仲間でサメの仲間じゃないんです」
「な、なんだってー……知ってたけど。キャビアで有名なチョウザメも違うんだよな」
また使いづらい称号が増えてしまった。別に付けてもいいけど、そうするとフウカに襲われそうなのが怖い。
「あとドロップ品として、頭部装甲が貰えました」
「あの吸着力と硬さがあれば何かには使えそうか」
戦果ポイントはそこそこ加算されて、個人階級がEからDに上がった。撃破任務はほとんどやってないのに、レイドとNPで稼いでいる。
その他は星系の開拓度などステーション全体への貢献があった。
「そういえば、戦艦クラスのコアはどうなったんだ?」
「ステーションへと納品された形で、ゲート開通に使用される事になってます」
「まだ大型機も無いのに、戦艦は持てないか〜」
「ですね」
しかし、ゲート開通への足がかりができたなら、未知への旅立ちも視野に入ってくる。第2ステーションもできたウチのサーバーは最前線のはず。
「俺達の戦いはこれからだな」
「不穏当な発言はお控え下さい」
という事で第一部完。
さすがに毎日更新はここいらで打ち止めかな〜。