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ハンマーヘッドに開発したスラスター付き機雷を運搬させながらの出発。偵察艇の格納スペースは、コンテナ1個分。機雷はそこに1つでほぼいっぱいになるという大きさであった。
「これ1個でどうこうできるって気はしないが」
無いよりはマシだ。
コバンザメと相打ちになったハミングバードを横目に格納庫を飛び出していく。
「クジラの現在地は?」
「出現ポイントからステーションまでの丁度中間辺りです」
もう1時間が過ぎたって事か。集中していると時間が経つのが早い。となれば決戦は、やはり簡易防衛陣だな。コバンザメを1機減らせた事で攻撃は楽になってはいるだろうが、撃破にはまだまだ掛かりそうだった。
「なるほど、ステーションに近づけば再出撃で復帰する間隔が短くなって、倒しやすくはなるのか」
まあそんな事になったら、復帰する度に2割減るらしい撃破ポイントなんて、ほとんど貰えなくなっちゃうだろうが。
防衛陣に到着した俺は、広域探査用ポッドを前方に射出。得られる情報をハンマーヘッドで分析して戦況を把握する。やはりコバンザメの動きが目立ち、次々と撃破を重ねていた。ただ戦線に復帰する数と減る数の均衡が取れ始めている。
コバンザメの1匹がほぼ1点で行き来している所を見ると、誰かが引きつけて時間を稼いでいるのだろう。
中心点が移動していないって事は、闘牛士の様に向かってくるコバンザメをいなしている感じか。そんな事をしそうなのに心当たりはあるが、他にも似たようなプレイヤーはいるだろうから確信はない。
「通信入れたら分かるんだろうが、戦闘中に話しかけたら恨まれそうだよな」
俺はこの拠点でクジラを迎え撃つべく準備を開始。スラスター付き機雷をコンテナから出して浮遊させる。
それから小惑星の1つにヒートブラスターで穴を空けて、随伴させていたマンタから補助ブースターを取り出して穴に押し込む。他、2箇所ほどブースターを取り付けていると、クジラが近づいてきた。
「細工できたのはこの1個か……上手くいけばいいけど」
マンタは再び自動帰還で帰しつつ、クジラの到着を待つ。
宇宙空間では音は伝わらない。
しかし、それだとゲームとしての臨場感が出ないため、効果音が付けられていた。粒子砲の発射音、ミサイルの炸裂音、戦闘機が撃破される爆発音。それらの音が近づいてきた。
クジラが防衛陣に近づくにつれて、復帰組はここで足を止め始めている。この場所で一斉攻撃をして撃破を狙う。その意思はチャットを介さないでも伝わったようだ。
ステーションの外装で構築した簡易防御柵の裏にチーム単位で潜伏し、クジラがやってくるのを待ち伏せている。
俺はブースターを仕掛けた小惑星の傍でタイミングを計っていた。
『来たぞ!』
誰の広域チャットかは分からないが、周囲への警告が緊張感を高めていく。
周囲に戦闘機をまとわりつかせたクジラが光学観測できる範囲に入ってきた。進行ルートに合わせて小惑星の位置を微調整する。それはシールド装備を積んだマンタにお願いした。
ブースターを付けた小惑星は、多少加速させてぶつけるつもりだ。
進路上にある小惑星をクジラはどうするのか。ルートを変えるのか、押しのけて進むのか。何にせよ僅かでも停滞はあるはず。そこを狙う。
『コバンザメも来たぞ、狙われた奴は外へ逃げろー』
広域チャットで注意を促すアナウンスが流れる。どうやらレイド全体をまとめようという有志がいるらしい。こういった人がいるかいないかで、戦果が大きく変わる。まあ、ゲーム内コミュ症な俺には無理だが。
コバンザメ1匹は少し離れた位置で往復を続けている。まだマタドールとの一戦は終わってないらしい。
もう1匹のフリーなコバンザメが防衛陣に近づくと、阿鼻叫喚な戦闘が開始される。
「クジラへの攻撃を優先しないとな」
そう言いながらも、小惑星をぶつけるまでにコバンザメに狙われる訳にもいかない。消極的な遠距離射撃を続ける。さすがに相手が大きいだけに、射撃が下手な俺でも当たった。ただ手応えは全く無い。
ハンマーヘッドの中口径の粒子砲2門を交互に撃って、少しでもダメージの蓄積を狙うが、不毛感は否めない。ただ耐久系レイドボスってこんなもんだよな。
HPゲージが見えていたとしても、1人の攻撃じゃミリも動かないんだろう。
そんな攻撃を行いながらタイミングを計っていると、クジラが思わぬ行動に出た。今までは頭から潮を吹くように周囲に範囲攻撃をするか、本体をローリングさせて頭の向きを変えるかだったのが、大きく尻尾を動かしたのだ。
大きく振り上げられた尻尾が、目に見えない海面に叩きつけられた。そこから次元震が発生する。ステーションのジャマーで潜る事はできなくても、干渉する事はできるらしい。
次元震のゆらぎは、三次元空間にも干渉を起こした。大きな波に揺らされた船体は、嵐に巻き込まれた船の様に激しくうねり、加速しようとしても上手くいかない。
そして元凶のクジラ自身は、次元震を反動にしたかのように進路を塞ぐ小惑星へと、一気に加速した。
「なっ!」
驚いている間にクジラは小惑星へと激突、粉砕して航路を開く。慌ててブースター付き小惑星を加速させるが、みるみるうちにクジラに引き離されてしまった。
スラスター付き機雷は何とか追いついたが、尻尾に当たって爆発。効果的なダメージにはならず、その行動を阻害する事はできなかった。
「おいおいおいおいっ」
計画の全てを粉砕された俺は、頭が真っ白になる。
『フウカァ〜クジラが逃げるぅ〜』
情けなくも上げた声は、救助要請だった。
1人離れた位置でコバンザメの相手をしていたフウカは、クジラの起こした次元震の影響を受けていなかったようだ。いち早くクジラへと追いついて攻撃を開始。見事な1点集中射撃でクジラの脇腹を抉るように攻撃。もちろん、その程度で撃破できる敵ではないが、嫌がる様にローリングしながら潮を撒き散らす姿に、効いているのを感じた。
何だよアレ、かっけーなぁ、おい。
ただフウカが戻ってきたという事は、フウカが相手をしていたコバンザメも付いてくるという事。
そのコバンザメ目掛けて俺はハンマーヘッドを近づけていく。次元震で揺れるスラスターを調整しながらなので、本来の加速ではないがそれでも動く。
「間に合えっ」
そして何とかフウカへと向かうコバンザメの前に、機体を滑り込ませる事に成功した。が、コバンザメはそのままドテっぱらに突進。中型とはいえ装甲薄めの偵察艇であるハンマーヘッドは、見事に食い破られて爆散。
またも視界が白くフェードアウトしていく。
「戦果ポイントでハミングバードを即時修理、すぐに出るぞ」
「はい、マスター」
格納庫へと死に戻った俺は、シーナへと指示を飛ばす。
光に包まれ一瞬で修復されたハミングバードに乗り込み、発進シーケンスの自動操縦中からスロットルを押し込み、加速体勢を取る。
リニアカタパルトに押し出され、操作制限が解除された所でフルスロットル。一直線にクジラの元へと向かう。
ハンマーヘッドほど広範囲を探知はできないが、その乱戦具合は伝わってくる。フウカはクジラの周囲にいるらしいが、やはりコバンザメに邪魔されて満足な攻撃はできていないらしい。次元震に揺らされた戦闘機達もクジラに集まってはいるものの、コバンザメに妨害されてクジラへの攻撃はまばらだ。
「てめーの相手はこの俺だぁーっ」
フウカにまとわりついているコバンザメへと接近する。フウカがひらりと躱し、クジラから離れていくコバンザメを追いかけた。くるりと向きを変えて、フウカの元へと戻ろうとするコバンザメに粒子砲を撃ち込み気を引く。
ただずっとフウカが相手をしていたせいか、敵意を集めきれない。俺の脇をすり抜けて、クジラへと攻撃するフウカへ向かおうとする。
「行かせねーってのっ」
ヒレをハミングバードに引っ掛ける軌道を取りつつ加速するコバンザメに対して、宙返りするようにヒレを避けてから、追いかけるように加速。相対速度を減らした状態で高速振動剣で斬りつける。
ヒレの付け根へと撃ち込んだ剣のスラスターを吹かせて、一部を削り取った。
「う〜ん、切り取るつもりだったけど、刺さりが浅かったか」
しかし、その一撃で気を引くことは成功する。身をくねらせるようにしながら向きを変えたコバンザメに対して、撃ち出した剣を巻き取りつつ距離を取る。
「俺はフウカと違って、綺麗には避けないぜ」
さっきヒレを避けきれなかったのは、安全マージンが足りなかったからだ。俺には紙一重で見切る目はない。ならばハミングバードの機動力を頼りに大きく避けるだけ。下手に撃破は狙わず、時間さえ稼げば十分。
そう自分に言い聞かせながらも、ハンマーヘッドをやられた分は、仕返してやると意気込んだ。