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戦場は遠景でも場所が分かるほど派手な展開になっていた。巨大な戦艦級他次元生物クジラ型を中心に、取り囲む戦闘機から次々に火線が走っている。それに対してクジラの頭部から放射状に潮が広がり、ソレが当たった戦闘機のシールドを光らせていた。
頭側から攻撃するだけなら、下に回り込めば済むと思いきや、クジラは時折ローリングして見せて、頭部の向きが変わる。宇宙空間では重力が無いので、どちらかが上という概念が無いらしい。
ただクジラの攻撃頻度はそこまで高くない。
その合間を埋めているのが、フウカの言ったコバンザメなのだろう。射撃攻撃は無いらしいが、レーダーに映るその光点は、周囲の戦闘機の間を飛び回り、華を咲かせていっている。
「確かにアレは速いな」
ハミングバードと同じくらいの機動性を見せている。という事は、現行機では最速を意味する。突進してくるのを避ける事はできるかもしれないが、追いかけっこになると逃げ切る事はできないだろう。
そんなのが3匹、戦場を縦横無尽に飛び回り、戦闘機の数を確実に減らしていく。耐久力も高いらしく、粒子砲やミサイルの直撃をものともせずに突っ込んでいく。
ただプレイヤー達もやられるだけではなくチーム単位で分散し、コバンザメに襲われたチームはクジラを離れて距離を稼ぎ、その間に他のチームがクジラへと攻撃を行っている。
「まさに消耗戦だな……」
撃破されるまでの時間を使っての攻撃を繰り返す。死に戻ってまた繰り返す。β時代の象狩りも同じ様な戦いだったのだろう。
「クジラはともかく、コバンザメをどうにかしないと消耗が半端なさそうだ」
いくら死に戻れるといっても、ペナルティが全く無いわけじゃないだろう。たぶんコストを払って修理を行いながらの戦闘。どこかで心が折れてもおかしくはない。
「コバンザメ1匹を引きつけるくらいはできるか?」
機動性で同等なら、ハミングバードなら逃げ続けられる……理論上は。何にせよ、仲間が次々とやられているのを傍観する趣味はない。
コバンザメに蹂躙されているチームの1つへと向かった。
思ったより混乱した様に見えないのは、狙われた機以外は攻撃をしていないからか。実際、動き回るコバンザメに攻撃を当てようとすれば、味方への誤射が発生しそうだ。下手に攻撃はできない。
一方のターゲットにされている方も、攻撃できるタイミングは少ないようだ。攻撃しようと動きが鈍ると、容赦なくサメが襲いかかる。
コアを食い破られて戦闘機が爆散すると、その瞬間はフレンドリーファイアが発生しないので、一気に攻撃を仕掛ける。それで倒せればいいのだが、耐久力が高く、機動力に長けたコバンザメは倒しきれない。
次の獲物に向けて直進していく。
「さてさて、いけますかね」
「マスターならいけますよ」
シーナの信頼を受けながら、俺はコバンザメへ向かってインターセプトをかけるように、体当たりを目指す。といって、もちろんそのままぶつかれば、こっちのダメージの方が大きいはず。
なので当たる直前に高速振動剣を射出しつつ、機体をスライドさせて直撃を避ける。撃ち出した剣は、コバンザメを掠める程度だったが、コバンザメの気を引くことはできたようだ。こちらに向かって進路を変更してきた。
剣を巻き取りながら、こちらは逃走に入る。ひとまず狙い通り、相対距離を保ったまま逃げられそうだ。
さっきのチームから距離を稼ぐように逃げていく。
『ありがとう、ツッコミさん!』
その声にバランスを崩しそうになりつつ、返答をする。
『コイツは引っ張るから、クジラよろっ』
『了解』
コバンザメを連れて戦場を離れる。しかし、あまり離れすぎるとクジラの元へ帰ろうとするようなので、一定距離でクルクルと回る。
でもそんな戦い方をしてても楽しくはないので、しっかりと戦ってみることにした。
「それでこそマスターです」
ハミングバードを180度回頭させて、正面で向き合う。後ろ向きで飛び続けながら、相手を観察。クジラに比較すると小さいが、コヤツ自身も30mクラスあるじゃないか。武装は無いが頭上の辺りがやや膨れていて、装甲が厚そうだ。いわゆる小判のような部分か。本来は大型魚にくっつく為の吸盤になっているはずだが……。
試しに粒子砲を撃ってみると、頭の角度を変えて吸盤部分で受け止めてきた。やはり盾の様な役割を持っているらしい。ただ2発目以降は普通に顔で受けるようになったが。
小口径の粒子砲は全く効かないようだ。
やはり戦うとすれば、高速振動剣に頼るしかない。更に何発か粒子砲を撃ち込み、ダメージが無い事に慣れさせてから、高速振動剣を射出。命中直前までいって、何らかの危険を感じたのか、頭の装甲をぶつけてきた。
電磁波で溶融しながら切り裂く高速振動剣だが、切るまでに加熱している時間が僅かにだが存在する。その間に物理的な接触があれば、刀身を動かすことができた。
つまりは頭の装甲に熱が伝わっていくよりも早く頭突きを食らってしまい、剣が跳ね返されてしまった。
ワイヤーを巻き取りながら、相手の姿を確認。多少なりと頭の装甲を削れてはいるが、致命傷には程遠い。やはり仕留めようと思えば、装甲の薄い場所を狙った方がいいだろう。
前後左右にスラスターを持つハミングバードはどの方向にも加速する事ができるが、やはり後ろ向きで飛んでいるとやや加速性能は落ちる。徐々にコバンザメとの距離が縮まってきた。
そこで思い切って横へとスライド。ワンテンポ遅れたが、コバンザメもすかさず追ってくる。先程の剣を弾いた動きを見ても、反射神経はかなりのものだ。
そんなコバンザメに攻撃を当てようと思ったらどうすればいいのか。
「交錯の一瞬を狙うかね」
どんな動物でも最も無防備になるのは、攻撃の一瞬らしい。寝ている時ですら警戒を緩めない野生動物も、自らが攻撃する瞬間というのは逃げる行動ができない。その点、人間というのはフェイントなどを絡める事で、攻撃を誘いカウンターする攻撃を知っている。
コバンザメの攻撃は、頭の吸盤による頭突きと見た。その振りの隙を付き、脇を抜けながら斬り裂いてやる。
距離を詰めようと加速するコバンザメに対して右上にスライド。そこから左下へと回り込むように移動。それに釣られる様に頭を大きく振りかぶり、叩きつけるように突っ込んでくるコバンザメ。
そこへ腹の下へと潜り込む様にしながら、機体の向きを変えて高速振動剣を撃ち出す体勢に入った。
が、ここで予想の外だったのがコバンザメのヒレ。これに引っかかって機体が止まる。そして更に予想外だったのはコバンザメの柔軟性、ヒレで受け止めた機体に対して、体をくの字に曲げて頭突きを敢行。間に挟まれた軽量級のハミングバードなどひとたまりもない。
あっと思う間もなく、視界が白く染まっていく。
「見慣れた格納庫だ」
気づけばそこはいつもの格納庫。見事にカウンターを食らって一発撃沈してしまった。
「マスター、相打ちだったみたいです」
「ん?」
しかし、そんな俺に対してシーナがタブレットのディスプレイを見せてくる。そこにはコバンザメ型他次元生物の撃破ポイントの文字が表示されていた。ヒレに受け止められた瞬間に放っていた高速振動剣が、相手のコアを貫いていたらしい。極至近の半ば刺さった状態からの射出で、体の深奥にあるコアに届いたらしい。
「ふむむ……撃破ポイントを消費して即復活か、所持コストの半額を出しての即復活か、自分で修理するかの3択か」
撃破ポイントはクジラ撃破の際に貰えるポイントが2割減となるらしい。
「この2割って、今のコバンザメも含むのか?」
「そうなりますね」
「で、所持金の半額は……辛いな。という事で、自分で修理を選ぶぜ」
「自己修理の場合は時間が掛かるので、即出撃はできなくなりますよ」
「ハンマーヘッドで出るよ」
俺の視界には、開発完了の文字が見えていた。