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楽しみが待っていると仕事が捗る。
そんな風に思えた時代が私にもありました。
実際、集中力はあるし仕事も進んでいるんだが、トラブルというのはどこからでも発生してしまうもので、頑張っても報われない事はままあります。
それでも楽しみがあれば、乗り越えられる!
「という事で、検証は後日。詳細探査用ポッドの開発をセット、納品も進めて……落ちる」
「お疲れ様です、マスター。お体に気をつけて下さい」
シーナの言葉にも励まされながら即落ちして翌日に備えた。
水曜日もトラブルが尾を引いて、長くはログインできず、木曜日に昼休みの公式サイトでFoxtrotでの第2ステーション稼働を知る。
「ちゃんと稼働までが短縮されたなぁ」
個人の納品で差がついたのか、他にも生産職が頑張ってくれたのかは分からないが、他のサーバーに先駆けてステーションの増設が完了した。
レイドイベントがどう進行するかは分からないが、拠点が2つあるというのは有利になるはずだ。
「なになに……」
第2ステーションが追加された事で、発進する、死に戻りする拠点を選べるようになるとのこと。物理的に考えたら、第1ステーションにいるのに、第2から発進できるのはおかしいが、そこはゲーム。
プレイヤーが無駄な時間を使わなくて済むように配慮してくれた方が嬉しい。
ショップのラインナップの拡充。
Lv2の工作機械で作れる部品が、ショップに並ぶようになるそうだ。コストは相応に上がるが、戦闘力を上げられるのは嬉しいだろう。
そして、個人的に嬉しいのは、格納庫拡張コストの値下げだった。ステーションが増えた事で、格納庫を広げやすくなったという事らしい。
今までは宇宙船10機分必要だったのが、5機分まで下がる大判振るまい。早速、購入プランを検討せねば。
先日の全損で貯蓄が減ってるのが響いているが、悔やんでも仕方ない。前を向くしかないだろう。
新たな活力を補給して、仕事を片付けて帰宅。
久々にちゃんとログインできるぞ。
「おかえりなさいませ、マスター」
「ああ、ただいま」
このやり取りにも馴染んでしまった。STGのパーソナルルームこそが我が家のような感覚だ。
かといってシーナが新妻ポジションかというと、そうでもないな。仕事のパートナーという意識が強い。
恋人モードというのが気になるところではあるが、今はビジネスライクにキビキビ応対してくれるだけで満足だ。
リアルじゃ、言ったことをやってくれなかったり、いちいち不満を漏らしたりと……いや、よそう。今はゲームの時間だ。
「第2ステーションが稼働したんだよな」
「はい、既に多くのプレイヤーが利用開始しています」
「まあ、撃破任務をする人達には影響ないんだろうけど」
「いえ、任務の種類が増えているので、影響は大きいです。マスターの功績が認められないのがもどかしいくらいです」
「ま、貢献したのは俺だけって訳じゃないだろうしな。自分にも恩恵は大きいし、人に認められたい訳じゃないさ」
人の為に頑張ったなどという意識は全くない。自分の活動をより有利にする為に、行動を起こした結果、他の人にも影響があったというだけだ。
そんな事にこだわるよりも、自分がやりたい事を優先した方がいい。
「ひとまず、ステーション資材を作ってた工作機械を売却して、資金を調達。格納庫を広げるぞ」
「はい、マスター」
ステーションが完成して急ぎではなくなったので、工作機械4機を売却。納品で得た報酬などを合わせて何とか、拡張に必要なコストを捻出。
いざ拡張してみると、隣とのパーティションを取り外した様に、2倍に伸長された。工作機械も売り払ってしまって、かなりスカスカの状態だ。
格納庫には、ハンマーヘッド、ハミングバード、遠隔制御型マンタ3機の宇宙船5機と、各工作機械が1台ずつで6台。あと開発用の工作機械が1つ余分にある。
パーツ作製、開発、ステーション内設備用工作機械がLv2にアップグレードされている状態。
次の目標は、生産コロニー用工作機械のアップグレードで、衣類が作れないか試す事だ。
その為には、シザーズクラブが守っている鉱石を集めなければならない。
第1ステーション近くの採掘場では週1くらいしか掘れず、第3惑星の輪では出てきたシザーズクラブが強くて撃退された。
ハミングバードの戦力強化として、射出型高速振動剣を開発し、探査能力向上のために詳細探査用ポッドを開発。
新装備の微調整を行っている最中だ。
ただ週末にはレイド戦も待っているので、そちらの準備も進めたい。
「やる事いっぱいだな」
「漫才の練習が抜けてますよ」
「格納庫を拡張した事で、余剰コストもなくなって、素材系も納品でほとんど使ってしまったな」
レイド戦の準備を進めるにも、先立つ物が必要だ。稼ぐのに効率がいいのは、工作機械を作って売ることだが、第3惑星まではそれなりに時間が掛かる。
第2ステーションの側は、難易度的に無理はできない。
「という事で、やっぱり近場の採掘場だな」
「採掘場にさ~行くつじょ〜」
「……」
この秘書、ドヤ顔である。
「マスター、ちゃんと突っ込んでくださいよ」
「いやいや、親父ギャグは言った瞬間にオチてるから、突っ込むもんじゃないから」
「難しいですね」
AIに笑いを理解させるなんて高度な事を、俺に求められても困る。
「それはさておき、出発だ。マンタに詳細探査用ポッドを積んで現場で射出はできるか?」
「はい、可能です」
「じぁあ、それで。俺はハミングバードで出る。高速振動剣はスラスター付きになってるよね」
「はい、大丈夫です」
気を取り直してステーションから出発する。
近場の採掘場へと到着したところで、マンタに探査ポッドを撃ち出してもらい、周囲の小惑星を調べていく。
制御ユニットもバージョンアップした事で、素材を選んでの採掘もできるようになっていた。
「粒子砲を積んだマンタはレアメタルを中心に、他2機は汎用素材を集めてくれ」
「はい、マスター」
そして俺はというと、カニ付き鉱石を見つけていた。
「採掘が終わったら、自動帰還も試してみてくれ」
「了解です、マスター」
「3機はまとまって行動するようにはさせてくれ。編隊経験値は積ませておきたい」
「はい、マスター」
「そこでボケて」
「はい? マスター、聞き取れませんでした。もう一度お願いします」
「何でもない」
やはりAIに笑いは難しい……。
鉱石の埋まった小惑星に対して、高速振動剣を撃ち込んで、スラスターを吹かして切り開く。熱したバターのように抵抗なく切れていった。
「マスター、『そこでボケへんのかーい』と突っ込む場面でしたよ?」
「俺にそういうの求めないでくれ」
「マスターは、やればできる子なんです。頑張りましょう」
「やらないからできない」
シーナの無駄話を受け流しながら、小惑星を切り開いていき、鉱石へと到達しそうな所まできた。
切る為に峰にだけスラスターを付けたが、刺突方向にもスラスターを追加すれば、切り開いて巻き取って再度撃ち込むといった手間は減りそうだ。
まだまだ改善の余地はあるな。
「ここのカニなら問題ない……はず。マンタとの距離は?」
「戦闘範囲からは離れています」
「了解。一応、採掘終了まで待つか?」
「いえ、採掘終了から自動帰還するように設定してあります」
「じゃあ、このままバトルだな」
俺は最後の一太刀を浴びせて、鉱石を露出させる。すると次元震が発生して、シザーズクラブが這い出してきた。
高速振動剣を巻き取りながら、距離を確認。一気に加速して、戦闘モードに突入する。
カニの動きを見て、ハサミを動かしたら回避。一気に距離を詰める。ここのカニは次元断層を振り回すような事はないはずだが、大きめに動いて避けた。
前回はフウカのように最小限で避けようとして失敗したのだ。自分に合ったスタイルで動く方がいい。
それにハンマーヘッドに比べると、ハミングバードのクイックさは、多少遠回りになろうとも早く進めた。
小口径の粒子砲では、カニの泡も殆ど散らせない。撃破するには、高速振動剣を使うしかなかった。その為には攻撃可能範囲まで接近する必要がある。
ただカニにダメージを入れられてないので、行動パターンが単純だ。ハサミは一本ずつの攻撃だし、移動もしない。思ったより簡単に距離を詰める事ができた。
キシャーと叫びそうな雰囲気でハサミを振り上げ、こちらを威嚇するシザーズクラブ。その直前でスライドして後方へと回り込む。
いそいそと脚を動かして向きを変えようとするが、ハミングバードの動きの方が早かった。
ピッタリと背後へと回り込むと、ミソが詰まってそうな位置へと、剣を撃ち込んだ。甲羅に弾かれる可能性も考えて、いつでも動けるように構えていたが、サクッと剣が突き刺さる。そこからスラスターで切り開いていくと、あっさりと撃破判定となった。
「一撃かよ」
「泡で防がれる事もなく、継続してダメージを与えてましたから」
ドロップ品として、カニの多次元化合物と甲羅を入手して、ステーションへと帰還する。思ったよりも早く終わったので、自動帰還するマンタに追いつけた。
「マンタ、ちょっとマンタ〜」
「はいはい」