29
楽しみが待っていると思えば、日々の仕事の苦労も軽減される。ずっとプレイを続けていたいと思う心も当然あるのだが、離れている時間があればこそ、遊べる時により楽しめるのだ。
大学時代にダラダラとプレイしていたゲームの記憶はあまり残っておらず、社会人になって限られた時間でクリアしたゲームの方が記憶に残っている。
何事にもメリハリが必要なのだ。
しかし、先週のように張り切り過ぎて、他人の仕事まで引き受ける事態は避けたいので、ほどよく手を抜く。長く仕事をする秘訣だ。
そして脳裏ではSTGの開発計画を展開している。平日は撃破任務をこなして武器のバランスを確認、週末には強カニとか、未知の生物を狩りに行く。
必要なのはハミングバードの戦闘力向上やレーダーをシーナに運用して貰えるスタイルの確立か。
昼休みに情報を仕入れるべくサイトを見に行くと、思わぬ情報が飛び込んできた。
『週末に巨大生物接近! レイドイベントのお知らせ』
レイドイベントとは、多数のプレイヤーで協力して、強大な敵を倒すというイベントだ。
出てくるのは戦艦サイズの多次元生物か。全長300mのクジラ型、白鯨になぞらえてモビィディックと呼称されるらしい。
開催は土曜日の午後一時から。星系内に侵入してきたモビィディックを迎撃するという形だ。
「必要になるのは火力かねぇ」
クジラのイメージとしては、分厚い装甲という気がする。攻撃方法は丸呑みや体当たりだけだと、多数を相手にするのに向かないので、射撃攻撃が追加されるだろう。
潮吹きをイメージした拡散ビーム辺りが考え易いがさてさて。
参戦するとしたらハミングバード、作製中の射出型高速振動剣はたぶん威力的には有効。しかし、射程が短いので近づく必要があるが下手に接近すると、周囲のプレイヤーからの集中砲火を受ける可能性が高い。
接近しなくても戦える事を考えると、ワイヤーなしで射出することだが、弾速はレールガンに比べても遅い。多数のプレイヤーに囲まれた中で、個別の射撃に合わせて避けるとは思わないが、静止を続けるとも考えにくい。回避行動は取り続けるはずだ。
弾速の遅い武器を当てるにはミサイルのような誘導装置が無いと難しいだろう。
「一寸法師戦法でも使えたら、高速振動剣は最強かもなぁ」
大物撃破でよくあるのは内側から食い破る戦法だ。そうした場合、射程は無くても威力の高い高速振動剣は理想的な武器と言える。
しかし、クジラに呑まれに行くというのも難しい。周りのプレイヤーは攻撃を続けているのは変わらず、口に近づいて頭突きや体当たりでも食らおうものなら、ハミングバードの船体では一撃で墜ちるだろう。
「やっぱり、遠距離で攻撃できる手段を探さないとな」
すぐには答えが出そうにないので、この件は保留。週末までにはまだ時間がある。
「せっかくの情報はガセ扱いと……」
もっともらしい『やらなくていい』理論で、潰されてしまったようだ。人間、面倒そうな事は自分ではやりたくない。やらなくてもいい理屈を探してしまうものだ。そのためか、この週末で新たにステーション増築が決まったサーバーは無かった。
確かに宇宙船を買える金額で、役に立つか分からない物を買うのは敷居が高いだろう。それだけに『怪しい』のだが……。
まあ、各サーバーに生産狙いの人間はいるだろうし、そのうち増築はされるはずだ。
「他人の選択は、他人のもの。俺は俺のできることを進めるだけだね」
「あ、そういえばこんなのあったなぁ」
攻略サイトで装備のリストを確認していた俺は、とある装備に目をつけた。
広域探査用射出ポッド。
白熊を連れた特務曹長が愛用しているという事でクローズアップされている装備だ。戦闘機でも広域探査を行えて、先制狙撃がやりやすくなるという偵察艇の代わりになってくれる物。
索敵から始まるBランクの撃破任務、偵察艇の有無は発見を容易にするものの、戦闘力では劣ってしまう。そこをカバーしてくれるので重宝らしい。
実際、偵察艇でチームに入って、実戦時は活躍できないとなると、周りの目はさぼってると見がちだし、本人もストレスが溜まりそうだ。
昔とあるゲームで、レコンと呼ばれる偵察機をやった事があったが、自分は攻撃能力皆無で、ビルの影からコソコソと見つからないように移動して、味方のレーダー範囲を維持するという役目。
正直、いつ襲われるかという恐怖感の割に、チームへの貢献は評価されにくくて、やってて楽しくはなかった。
閑話休題。
俺が注目したのは、偵察艇の代わりをするという点だ。広域探査が行えるなら、近距離の詳細探査を行える機器もあるか、作れるかするんじゃないかと。
広域探査のネックは、消耗品で毎回コストが掛かる事らしいが、俺の場合は自作できる可能性がある。そうなれば運用コストはかなり下がるはずだ。
「帰ってから確認だな」
中々に有意義な昼休みを過ごし、家に帰る楽しみが増えた。
余力を残したまま、無事に仕事を終えての帰宅。晩御飯を食べて、入浴を済ませ、後は寝るだけの状態でVRゴーグルを付ける。髪が濡れたままだと、ゴーグルで変な癖がつくので、普段は使わないドライヤーで乾かしたりもしている。
「おかえりなさいませ、マスター」
「ただいま。開発はどうなってる?」
「はい、完了しています」
「じゃあ、早速取り付けて、D任務でテストだな」
昨日と同じくファルコン型で使い勝手を試す事にした。移動に制限のある小惑星帯、小回りの効くハミングバードは着実に追い詰めていける。
体当たりは難しくても、射程100mの範囲なら攻撃は可能だ。
「よし、ヒット」
エネルギーシールドを貫通して、ファルコンの翼に突き刺さる。宇宙船の翼は揚力を得るためのものではなく、武装を積むためのマウントとしての役割しかない。翼にダメージを与えても飛行性能には影響を与えないので、剣が刺さっても逃げられてしまう。するとワイヤーに引っ張られてポロリと抜けてしまい、大きなダメージには繋がらなかった。
「うう〜む、射出すると刺せるけど、斬れないね」
「それは仕方ないかと。シールドを突破して本体ダメージを与えられるのは、かなり大きいですよ」
人間とは欲深いもので、1つの事ができるようになると、更に先が欲しくなってしまう。足るを知るのは大事なことだとは思うが、まだその時じゃないはず。
ファルコンを串刺しにしつつ、機体をひねってみたり、回り込んでみたりと傷口を広げる手立てがないかと試行錯誤してみるが、どうしてもワイヤー越しに動かそうとしても上手くはいかなかった。
そうするうちにファルコンのダメージが蓄積して撃破してしまう。
任務のクリアタイムは格段に縮まって、報酬も少しは増えたけど、やっぱりDランク任務ではそんなに稼げない。まあ、稼ぐのは他でできるから問題はないんだけど。
問題は高速振動剣だ。
確かにシールドを貫通して、突き刺さるというのはハミングバードにしては格別の攻撃力を持った。しかし、それならレールガンでもいいじゃんという気がする。弾の威力自体は高速振動剣の方が上だが、射程に関してはレールガンの方が圧倒的だ。
至近距離に迫らないと使えないデメリットを考えれば、レールガンの方が使える。
デメリットを覆すほどの威力が欲しかった。
「という事で、スラスターを付けよう」
「誘導性能を持たせるんですか? でも射程距離を考えたらそれほど効果はでないかと」
「違う。使うのは刺さった後だ」
刺さった後、ワイヤー越しに動かせないなら、自分で動いてもらえばいいじゃない作戦だ。
今は西洋風の両刃剣だが、これを刀の様な片刃に変更。峰の部分に加速用スラスターを付けることで、自身で敵を斬り裂いてくれるように変える。
「今まで両刃に分配していたエネルギーを片刃に集中させて、出力を上げつつ自ら傷口を広げてもらう」
「仕組みとしては複雑ではないので再現は可能だと思いますが……効果がでるかはわかりません」
「週末のレイドまではまだ時間もあるしやってみよう」
開発に設定して明日の確認だな。
「そうだ。広域探査用ポッドがあるなら、詳細探査用ポッドがあるか確認したいんだが」
「……現時点で、その様な装備はありません」
検索してくれたシーナの答えは、存在しないか。
「作ろうと思えば作れそう?」
「既存のパーツを組み合わせるだけなので、さほど問題はないかと思います」
「となると開発用工作機械がもう一つ必要になるか……」
しかし、ステーション資材の作製で格納庫のキャパシティはいっぱいになっている。
「ステーション外装用を1つ売って、開発用を増やすかな」
「はい、マスター」
今後の事を考えると、開発ペースを上げる方が色々と捗りそうだ。それに第2ステーションが平日にできてもあんまり恩恵がないしな。
「じゃあ、それで進めてくれ。今日はこれで落ちるから」
「はい、マスター。お疲れ様でした」
気づけば10万文字を突破。
大きめのイベントを起こさないとなぁということで、レイド戦開始です。