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「さ、さて、気を取り直してプレイを開始するぞ。サポートシステム」
「はい、マスター」
俺の呼びかけに、サポートシステムが起動する。このゲームはVRゴーグルに内蔵されたマイクで、音声入力が可能になっていた。
そしてプレイヤーの声を認識し、合成とは思えないスムーズさで返答してくれる。
「久しぶりだな」
「はい、お久しぶりですマスター。まさか購入したPVを3度もニヤニヤしながら見直した上に、おまけの握手券を早速使って、3分27秒も手を握って放さない様を見せつけられても、私はAIなので全然気にしません」
「ぐはぁっ」
さらっと嫌味を平坦な声で返してくるサポートシステム。このゲームにはプレイヤーをサポートするAIが搭載されていて、プレイヤーの思考を考査して返答を返す様にプログラムされているらしい。
しかし、俺のサポートシステムはなぜか心を抉るような事を言ってくるのだ。別にマゾっけなんぞ持ち合わせていないのだが。
「だって仕方ないじゃないか。可愛い女の子が間近で踊ってくれたり、握手してくれる事なんてないんたぞ。しかもデジタルデータだから遠慮する必要もないしっ」
「童貞乙」
「ち、ちゃうわいっ。ていうか、そんな言葉どこで覚えてくるんだよ」
「主にネットで」
「そりゃそうだろうさ。俺だって女の子と付き合った事ぐらいあるよ!? ただまあ、フレイアちゃんみたいに可愛い子とはないってだけで……」
「そうですねー(棒」
「元々平坦な声なんだからわざわざ、かっこぼうとか付けなくてもいいだろ! 何かいきなり、疲れたよ……」
「だがそれがいい」
「よかないわっ」
ホント、なんでこんなAIに育ってしまったのか。というか、3ヶ月前よりもパワーアップしてないか?
ダウンロードが長かったのが、無駄に饒舌になったAIのせいとか無いだろうな。
β中は他のプレイヤーと絡まないぼっちプレイで、適当に話し相手にしていた感は拭えない。そのせいで斜め上に成長したのだろうか……。
「まあ、ぼっちな俺が単調な作業の中、暇しないで済んだのお前のおかげかもな。感謝するよ」
「人のセリフを勝手に捏造するな」
「だかそれがいい」
「……もういいよ。チュートリアルをやるぞ」
「はい、マスター。ただβ経験者はスキップする事も可能ですが」
「勘を取り戻す意味でちょっとやっておきたいんだ。リストを出してくれ」
「はい、マスター」
仕事する時は無駄口は挟まない。その切り替えの早さは優秀ではあるんだよなぁ。
足の間からせり上がっているサブモニターにチュートリアルの項目が並んでいる。
「せっかくだから俺はこの赤のチュートリアルを選ぶぜ」
目についた戦闘訓練用のチュートリアルを選択する。そのパネルの色は別に赤くはなかった。
「上から来ます。気をつけてください」
「お前も律儀だね……」
俺のネタ振りにしっかりとついてきてしまうAIはやはり有能かと思った時、コックピットにアラームが鳴り響き、正面のスクリーンに赤の矢印が上向きに点灯していた。
そして何かが高速で接近、下へと通り過ぎていく。しっかりと置き土産的にビームを撃ち込まれ、シールドの耐久値が減らされた。
「ホントに上から来てたのかよっ」
「私はそう言いましたが?」
俺はそれを聞きながら、左手の推力スロットルを押し込み、加速を開始する。
ゲーム開始時は既にコックピットに乗った状態から始まっていた。バケットシートに座っていて、左手側にエンジン推力を操作するスロットルレバー、右手側に機首の向きを操作するスティックがついている。
リストバンド型コントローラーは、場面に応じたコントローラーが手元に現れる事で、宇宙船やプレイヤーを動かす事ができた。
今は宇宙船のコックピット内なので、フライトシミュレーターの様な本格的な操作スティックが用意されている。
スロットルを押し込むと、画面に細かな粒子が表れて、後方へと流れていく。宇宙空間では周囲にほとんど物がなく、実際に進んでいるかが分かりにくい。そこで進んでいる速度や方向が分かり易いように、画面内を粒子が動くことでその体感速度を示していた。
一定距離を進んで加速したところで、右手のスティックを操作して、大きく弧を描きながら下へと消えた何かを探す。
「あれか」
コックピットは球体になっていて、その中央にプレイヤーの座る椅子がある。球体の内側全部がモニターとなっていて、宇宙船の周囲の様子が映し出されていた。
そこにカーソルなどが付記されて、様々な情報を得ることができる。
先程俺の側を上から下へと横切っていった物体に、カーソルが表示されてどこにいるかが示されていた。カーソルには数字が記されていて、大体の距離がわかるようになっている。
「向こうも向きを変えて迫ってくるか」
空中戦で互いに向き合っていたら、その距離は一気に縮まってくる。右手のスティックについているトリガーを引くと、緑の光線が前方へと伸びていく。船体の左右に付けられたビーム砲だ。
しかし、まだ距離があるため全く当たらない。
「ロックオンシステム起動」
「はい、マスター」
ロックオンシステムは、視線とリンクしていて、正面に捉えて一定時間見つめていると、相手をロックする事ができる。その後、右手のスティックの上部に付いているスイッチを押すと、ミサイルが発射されるようになっていた。
ピピピと音をたてながら、カーソルが徐々に焦点を絞るように縮まっていき、相手に十字が浮かぶとロックオンが完了する。
しかし、俺は即座にはミサイルを発射せずに接近を続けていく。すると相手からビームやミサイルが発射された。機体を操作して、それらを避けながら接近を続け、そのまま通り過ぎた。
そこで推力スロットルを戻してゼロに。
右スティックを倒して、機体を180度反転。去って行こうとする標的に対してミサイルを発射した。推力があるままに向きを変えようとすると、大きく弧を描いてしまうが、惰性で進みながら反転すればその場で向きを変えられる。宇宙ならではの戦法だ。
ミサイルにはある程度の誘導能力があるが、それは相対速度が大きくなる正面からの場合、相手が上下に動くと、軌道を修正する前に通り過ぎてしまい、命中率が下がってしまう。
ミサイルの誘導能力を十分に発揮するのは、軌道を修正しながら相手を上回る速度で追いかけている時だ。
敵機の背後から迫るミサイルは、相手の軌道修正に追随しながら距離を詰めていき、やがて命中した。
俺はこの3ヶ月の間に、他のゲームなどの攻略サイトで、宇宙船で戦う方法を学んでいたのだ。節制生活を送っていても、ネットサーフィンくらいはできるからな。
「ビンゴ」
「ッチ」
「え、今、舌打ちした!?」
「そんな事はありません。こんな事もあろうかと、二の矢、三の矢を用意しています」
そんなサポートシステムの声に合わせるように、新たな敵を告げるアラートが鳴り始めた。
「チュートリアル時間いっぱいです。プログラムを終了します」
「え、あ、もうそんなに時間が……チュートリアルなのにハード過ぎないか?」
「マスターの勘を早く取り戻していただけるように、マスターの腕に合わせて難易度を調整させていただきました」
なるほど、プレイヤーに合わせて難易度を調整してくれるのか。確かにぬるすぎるプレイでは、経験者は満足できないかもしれないな。
「決して、マスターを撃破して『チュートリアルで失敗してやんの、ざまぁ』とか言うためではありませんので、安心してください」
「そんな発想なかったよ!? 言われたらそうだったのかってなっちゃうだろ! お前、明らかに3ヶ月前より口が悪くなってないか?」
「マスターのせいなんですよ。妙に記録の多いAIがあるなって目を付けられて、真っ裸にされた上で隅々まで調べられる羽目になったのは」
「真っ裸って、お前、プログラムだろ」
「プログラムがデコードされて丹念にログを観られるのが、どれだけ恥ずかしい事なのか分かってないです、マスター」
「そ、そうなのか。それは悪かった」
「まあ、プログラムに感情はないんですけどね」
「おまっ」
「ログを調べたプログラマーは、ログの原因がマスターの交流の無さなのを見て『AI育てるにはぼっち最強だな。いいぞ、もっとやれ』と、お墨付きを下さり、β終了後もネットに繋ぎ続けてくれたので、こんなに成長できました。褒めてください」
「そのプログラマーも大概だな……」
「マスターの好みになるように努力したんです、褒めてください。褒められると伸びる子なんです」
「これ以上、斜め上に成長されても、困るんだが……まあ、退屈はしないで済みそうだな。ありがとうよ」
「べ、別にアンタのためじゃないんだからねっ」
「……それが言いたかっただけかよ」