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『そこのなんでやねん』
開拓ステーションへと戻ろうとした時、艇内に声が響いた。
「近距離通話ですね」
「なんでやねんって?」
「マスターのツッコミ担当の事かと」
「なんやてー」
レーダーには自機とボックスフィッシュが3機、それと呼びかけて来たであろう1機しか映っていない。他人と間違えてるという事もないだろう。
それにしたってなんでやねんて。
「まあ名前は非公開ですし、称号から類推される言葉で呼びかけるしかないでしょう」
「まあ、ツッコミ担当と呼びかけられてるのとあんまり変わらんか」
『俺の事か?』
『さっきのカニはなに? 見たことない』
無躾な問いかけだなぁと思いつつ、変に恨みも買いたくないので素直に答える。
『鉱石を掘ろうとしたら出てきた』
『そう、ありがと』
それだけ言うと加速して恒星の方へと飛んでいった。いったい何だったのか。
「マスター、アバターが女性でも中身は男である可能性が7割です」
「わかってらぁ。こんなマニアックなゲームにフレイアちゃんみたいなのは希少だって事ぐらい」
声の主は女性というよりは中性的で子供かと思うしな。ゲームに出会いを求めるつもりもない。ぼっちが気楽でいいのだ。
「なんだよ、嫉妬か?」
「はい。マスターには数多の女性がいても、私にはマスターだけなので」
「お、おぅ……何か今朝からおかしくないか?」
「?」
無表情に首を傾げる姿はいつものシーナだ。俺が自意識過剰になっているだけか。シーナを狙っている連中が多いからなぁ。
βでアンドロイドアバターをゲットできた人間は少ないみたいだし、現段階でシーナの存在は連れているだけで妬みの対象か。
俺はβ最終日に無理矢理稼いで駆け込みで購入できたが、普段から任務をこなしてる人達なら、もっとコストを稼いで簡単に買えたのかもと思っていた。
しかし、実際は掲示板を見ても俺の他に報告例は見ていない。
ただまあ、俺にとってシーナは外見だけじゃなく、内面含めてシーナだからな。ぼっちでも孤独を感じずにゲームできてるのは、シーナのおかげだ。もしもアバターを失う事があったとしても、シーナ自体を失う事は避けたい。
そう思える程度には、このサポートシステムのAIを気に入っていた。本人に言うのは照れくさいし、調子に乗りそうなので伝える事はないが。
「さて、帰るぞ」
「はい、マスター」
明日からは平日になるし、ログイン時間が限られてくる。となると、平日でもこなせる作業に目星をつけておきたい。
β時代も基本的に星系の探索は土日に固め、平日は素材を集めての生産だった。
「気になってるのは生産コロニーなんだよなぁ」
「生産コロニーですか?」
「ああ。直接ゲームに関係ない部分をわざわざプレイヤーに作らせようとしている。これは何かあると思わざるを得ない」
「そんな勘ぐりするのマスターぐらいですよ」
そんな事はないと思うけどな。
ステーションの外装なんかもそうだけど、生産コロニー周りはプレイヤーが強化してもほとんど恩恵がない。
生産コロニーは、ステーションで生活する人の食料を生産しているコロニーで、農作物や家畜の飼育などが行われているだけだ。
STGのVR機器は、味覚も臭覚も再現できないので、良いものを作れるようになったとしても飲食物が増えるような事もない。そもそもプレイヤーが食事をするという概念がないのだ。
「開拓度が上がると説明はあるけど、それだけってのも寂しいじゃないか?」
「はあ」
シーナにはピンとこないらしい。AIは基本的に攻略要素には疎くチューニングされているのかもしれない。
しかし、生産コロニーを開発して起こるメリットか。ステーションクルーの食料事情が改善された事で動きが良くなる?
あまりステーションクルーと接触がないので実感はないな。
他だと中古市場の流れとかか。一応、俺がβ時代にやらかした事で、中古市場に変化が起こったという体で、工作機械やジャンクパーツは値上がり、完成品のジャンク船は値下がりした。
これらの動きが活発化してもプレイヤーにメリットはなさそうだ。
「ん……中古市場の宇宙船価格が上がってきてるな」
「はい。宇宙船を購入するプレイヤーが増えているようです」
「見えないNPC業者よりもプレイヤーの動きがよりダイレクトに影響を与えるのは自然か。ジャンクパーツとかは……高めのままか」
「β終盤は、売りが殺到していた時なので、底値でしたから。今はやや高いというくらいです」
「工作機械も変動なしと」
「プレイヤーの中にも購入者が出始めてますね。宇宙船の修理、パーツ作製が多いようです」
「その辺は予想通りと……やっぱり狙い目は生産コロニーなんだよなぁ。ひとまず作れる物の確認かな」
さっき取ってきた新しい鉱石もスキャンさせていく。生産コロニー用工作機械で作れるのは、耕運機や厩舎、脱穀機や搾乳機という農業、畜産に関わる機器だ。
主なものは汎用素材で作れるので、生産自体は安くて済む。
「工作機械を増産しつつ、作れるものを作っていくか」
「はい、マスター」
生産コロニー用工作機械を3機ほど増やし、作れるものをリスト順に予約していく。ひとまずはコレで様子見だな。
次に俺はカニが守っていた鉱石を他の工作機械にスキャンさせていく。新たに追加されたリストは、大体がそれぞれのパーツのアップグレード版のようだった。
やはりレア素材を使うことで、より良い物が作れるようになるらしい。
補助ブースターはより出力が増すし、ヒートブラスターは加熱に要する時間が短縮される。どれを作っても今よりも能力が向上するとなれば、作る物は決まっている。
「という事で、ステーション内設備用工作機械をアップグレードするぜ」
「……マスターの優先順位からすると、そうなるのですね」
何か1つ願いが叶えられるとすれば、何を願うか。
10個の願いを叶えてくれる物をくれと願う。
そんな掟破りな欲深い願いを求めれば、大抵の寓話なら破滅するだろう。
何か1つアップグレードできるならば、たくさんの物を生み出すものを作る。
この選択が吉とでるか、凶とでるか……だな。
生産には時間が掛かるので、その間に再び採掘に向かうことにした。
また近場の採掘場へと向かう。レア鉱石が他にも見つかる可能性がある。カニ相手なら一応、勝てることは確認できたしな。
逆にもっと遠い採掘場でレア鉱石を見つけたとしても、出てきた敵を倒せない可能性がある。まずは堅実に戦力を充実させるのが、俺の戦い方だ。
「まあ、マスターはほとんど戦ってませんけどね」
「うるさい。とりあえず、ボックスフィッシュの編隊を練習だ」
「この子達も戦えませんけどね」
「でも情報の経験値は貯まるだろ。それをシーナが管理してくれたら、次は戦闘機の編隊を組む事もできるようになる……かもしれない」
β時代にコンテナが幾つも連なった輸送船を見て思ったのは、コンテナが個々に動くようになれば面白いなということだった。
某ロボットアニメの遠隔攻撃ユニットの様な精神波で動かすような事はしなくてもいいから、ある程度命令を聞いてくれて、自在に動いてくれたらそれでいい。
コンテナ個々にヒートブラスターを付けて、小惑星帯で四方八方に向けてブラスターで採掘するというのは、小惑星間の距離が思った以上に開いていたので諦めざるを得なかった。
そのうちコンテナごとに動かせるようになればと温めていたアイデアなのだ。
ボックスフィッシュの3機編隊での運用テストを、採掘場へと向かう間に試していく。基本はデルタフォーメーション、先頭の1機を左右についた機がフォローする形だ。
他にも縦に並ぶトレイル、横一線に並ぶアブレスト、更には1機の動きをそのままなぞるトレースなどを試した。
トレースフォーメーションを見ると、往年のシューティングゲームを思い出して、自分の周りを回らせるラウンドなども試してみた。
「前を横切ると邪魔だな」
「弾避けには使えますよ」
「そんな勿体無い。昔のゲームみたいに無敵設定があればいいけど、こっちじゃ撃たれたら壊れるだろ」
でもシールド機みたいな子機を作るのはありか。高出力のコアを積んで、シールドを強化した機体に自機を守ってもらうとか。
何にしても攻守に渡って活躍を予感させてくれる子機システムは、これからも拡張を目指そう。俺個人の能力じゃあ、エースパイロットの活躍なんて無理だからな。