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『うらぁ、喰らえー』
「うひっ」
細い通路から少し開けた通路に出た瞬間に、野太い声と共に大口径の粒子砲が放たれる。それを上昇して何とか避けるが、シールドは削られた。
シーナの声色を変えた翻訳に最初は戸惑ったが、よくよく考えればシーナ自身の声も電子合成だから、男の声を再現するのも難しくないのだ。
そして戦況としては、探査ドローンが壊されてレーダーの範囲がハミングバードのものだけになった俺と、上空から動きを観察して指示している敵とでは、情報にかなりの差が出ていた。
つまりはこちらが追手の中型機に広場へと誘導されて、待ち伏せで攻撃されるという事だ。
もちろんこちらもそれを避けようと狭い通路を進んでいるが、4機の中型機達も狭い通路での動きに順応し始め、そうなると数の差で追い立てられてしまうのだ。
「やっぱ基本的に上手いんだよな……シーナ、シュネーは?」
『あと少しです』
「さっきも聞いたぞっと」
急旋回で脇道に入りつつ、シーナに状況を確認する。中型機は危険な機動で無理には追って来ない。だってその先には味方がいるから。
「だよなぁっ」
正面から近づいてくる中型機をレーダーで捉えて、更に向きを変える。ハミングバードの機動力なら、曲がり角で止まって追いかけてきたのを待ち伏せるなんて事もできなくはないのだが、上空から監視されているとそれも防がれてしまう。
相手の連携・操縦技術・射撃精度、どれも練度が高く、隙が見当たらない。
結果として瞬間加速で差を作り、極力時間を稼ぎながら、広めの通路へ出る時に細心の注意で飛び出し、攻撃されたら即反応で避ける……精神がガリガリ削られる消耗戦に入っていた。
『へい、戦艦一丁お待ち』
「またせ過ぎだっ」
その一報を受けた俺は銃座の林を抜けてすぐさま上昇。シーナもそれを援護するように、シュネーの粒子砲を撃っていた。
航行船の到来により、戦局が変わる。
『航行船が増えた所で、戦闘機の相手などできるかっ……てそーは行かないのが、シュネーヴィントなのさ』
などと一人二役をやるシーナ。どちらかと言えば、俺のセリフなんだけどな。
そう思いながらもシュネーと合流。そのまま格納庫へと入り、俺はコックピットへと移る。
「さて、大型機より更に大型の機体だぞ。甘く見るなよ」
俺はシュネーを戦闘速度に加速させた。
『ふざけるなっ』
『こ、こっちくんなっ』
「どーん」
シュネーにも粒子砲は積んであるが、使う必要はない……いや当てる自信がない。今まではハミングバードで相手より小さかったが、シュネーは航行船としては小ぶりとはいえ30m級。大型戦闘機よりも大きい。
その上、シールドは厚いので戦闘機の大口径粒子砲でも簡単には貫かれる事はない。
なので後はこっちから体当たりをしかければ、大抵の船には勝ててしまうのだ。
『航行船の動きじゃないだろうっ』
『でも出力がっ、シールドが硬すぎます』
多次元構造体で作った衝角での体当たり。大型戦闘機でも張り合えるものではなく、ほぼ一撃で粉砕できる。
「射撃精度を船の性能で上回って蹂躙する。生産者冥利につきる勝ち方だなっ」
「普通は体当たり自体もかなりの腕が必要なんですけどね」
「そこも船の性能でカバーしてるからなっどーん」
スラスターをチューニングして、大型戦闘機よりも高機動に動けるのは、船の性能あってこそ。大型戦闘機の中でも長距離メインの支援スペックらしい相手の戦闘機が逃げる事は許さない。
どーんどーんと大型戦闘機を撃破し、残りは中型戦闘機が6機。たださしものシュネーでも中型戦闘機に体当たりは難しい。機動力が違うからね。
という事で、再びハミングバードに乗り換えて迎撃に向かう。まだ数的有利は相手にあるが、シュネーという絶対兵器が居座れば、連携して当たることができる。
「ほれマーキングっと、シーナ」
『あいあいさー』
ハミングバードで寄せてやれば、コンドルのバルカンよりも強力なシュネーの大口径粒子砲が突き刺さる。
シールドの耐久が落ちれば、ハミングバードの中口径でも追加でダメージを与えられ、撃破することもできるのだ。
「あと5つ」
『くそっ……いや、時間は我らに味方した!』
その声と共に要塞砲の一撃が戦場を貫いた。
「相手の航行船もやってきたか」
『しかも数隻が来てますね。戦闘機も追加です』
「つーか、個人相手に戦局を動かすほどの兵力差し向けて、攻略が滞るんじゃないかね?」
『まあ旗艦を倒してるんで、全体としては押し込み始めてますけどね』
「Oh...」
左翼の旗艦を倒した事で戦艦の連携が乱れ、拮抗していたバランスも崩れ、プレイヤー側が押し込む展開になっているようだ。
レイド全体としてみれば良い事なのだが、俺達に艦隊を差し向ける余裕を生み出していた。
伏せ犬戦艦を捨てれば、逃げるのは簡単だが折角の戦利品。鹵獲したいと思う。
戦艦の優先権は俺にあるが、破壊しようと思えば要塞砲で撃ち抜く事はできるはずだしな。それに一定時間が経過すれば、優先権も喪失する危険がある。
「航行船が100m級3隻と戦闘機が12機追加か」
普通の航行船ならシュネーの突撃でダメージを与えて撃沈も可能だとは思うが、突撃時はどうしても速度が落ちる。そこを要塞砲で狙われたら、シールドがもたないだろう。
更には元々艦隊を撃破するために編成された部隊のはず。航行船クラスにダメージを与えられる兵器を積んでいる戦闘機もいるはずだ。
相手の数が多いと全てから逃げ切るなんて事はできない。
「くっそー、戦艦を諦めるしかないのか……」
『重力場の異常を検知、相手の航行船が引っ張られています』
戦艦の破棄もやむなしと思い始めた時、シーナの報告が入る。
慌ててレーダーを確認すると唐突に重力場が相手の航行船の側に出現していた。その状況は最近体験したばかりだ。
「ここで出るのか、災厄!」
『くそっ、災厄だ。散れ、巻き込まれるなっ』
韓国チームもその存在を知っていたようだ。指示役の声が響く。ただ並の航行船では重力場から逃げ出す事は叶わない。ズルズルと引き寄せられ、3隻がまとめられて、互いにぶつかりあってしまう。
それで撃沈するほどやわな造りではないが、戦力としては使えなくなっただろう。
というかもう韓国チームが相手ではなくなったな。
『Hello, my preys.』
「くそ、結局遭うんじゃないか」
『マスター、主人公補正って奴ですよ』
「何の主人公だよっ」
とにかく戦場には次々と重力場が現れては消えを繰り返している。韓国チームもさすがトップチームという感じで、戦闘機は巧みに避けていっていた。
しかし、それを捕食する戦闘機が戦場へと到来。重力場と挟む形で追い込んでいく。
その隙に俺はとりあえずシュネーへと戻った。
パラス・アテネをやられた恨みはあるが、まともにやっても勝てそうにない。あの重力場をどうにかしない事にはな。あれだけの重力場を生み出すにはかなりのエネルギーがいるはずだが、一体どうやってんだか。
『Have been waiting...It's show time!』
そして戦場に更に騒がしい奴が現れる。まあ、そういう約束だったから仕方ない。メタル系の曲を周囲にバラマキながら鳥型大型戦闘機がやってきた。
「著作権どうなってんだ?」
「自分で作詞作曲してる曲みたいですよ」
「歌うだけじゃないのかよ」
奴の多才ぶりはもう何でもありだな。
『へい、ハニー。重力場のヒントは次元震にあるはずよ。後は任せた』
「いや、それくらいは分かるんだがね」
重力場は高次から転移で出現しているっぽいのは、センサーの情報から読み取っている。問題はそれを連続的にやってきている点だ。
次元航行システムの連続使用は、複数の機関を取り付けても、コアでエネルギーを補っても駄目だった。
どうしたってチャージ時間が掛かるのだ。
なら複数の船から重力場を生み出してる?
それにしたって限りがあるだろう。災厄の攻撃頻度は、船を用意してたんじゃいくらあっても間に合わないくらい早い。
別のカラクリがあるはずだ。
BJがサクッと倒してくれるとありがたいんだが、あの鳥型大型戦闘機は、本体と追加ブースター3機、更に小型機を内包した5機合体というキワモノ。
重量的に重力場とは相性が悪いんじゃないだろうか。まあ、相手が災厄だと知ってた訳だからBJが何も考えてないとも思わないが……期待しすぎるのも良くないだろう。
俺は俺で重力場の解析を進める事にした。