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戦艦の銃座の隙間へと身を潜め、蜃気楼システムで背景に溶け込めば簡単には見つからないだろう。
伏せ犬戦艦は1000m級。巨大戦艦と言われた大和の4倍ほどのスケールだ。背中側はシーナと一緒に銃座やら装甲を壊してしまったが、腹側はまだたくさんの銃座が残っている。
その隙間に入り込めばコアの出力を抑えなくても、戦艦の反応の方が大きいので、その手の情報を検知するセンサーもごまかせるはずだ。
『隠れているのは分かっているぞ。こそこそと隠れて奇襲を狙うなぞ、卑怯者が……と言ってます』
「タイマンならやってやるけどな。1対12で何を言ってんだって話」
『蹂躙する……と言ってます』
それを証明するように、敵編隊から多数のミサイルが撃ち込まれてきた。うちの戦利品を傷つけた代償は払ってもらわねば……まあ、まだしばらく隠れてるけど。
シュネーがやってくれば戦力的にはかなり拮抗するとは思うんだが、それまで隠れ続けるのは無理だろうな。
ただ相手としても倒したのかどうかわからんだろうし……いや、撃破したら一発レッドはなくても何かしらの表示はでるのか?
海賊行為をしてないとその辺はわからんな。
なにはともあれ、まだしばらくは動けそうにない。ミサイルの無駄撃ちが終わってからが勝負だ。
戦艦の四方八方からの一斉攻撃が終わり、戦闘機が4機セットで戦艦へと近づいてくる。細かく精査し始めるということだろう。
いくら蜃気楼で隠れているとはいえ、ピンポイントでレーダー波を受ければ場所がバレる。そうなると完全静止の状態は不利なので、こちらから動き出すしかなかった。
『見つけたぞ、このネズミ野郎』
「ちゅーちゅーたこかいなっと」
銃座の林の中を動き回っていると、相手に見つかる。既に攻撃を受けた判定はされているので、反撃してもレッドにはならないはずだ。
とはいえこちらから障害物のない所へ出ていくつもりはない。相手をこちらの土壌へと引きずり込まないとな。
上空から粒子砲を撃っていた相手だが、銃座の砲身が枝のように茂った中を飛び回る俺には当たらない。
それを確認した編隊は、銃座の林へと自らも飛び込むしかなかった。
俺の位置を確認し、逃げ出したら仕留めるためだろう、上空に1部隊が残り、残り2部隊が挟み込む様に近づいてくる。要所に仕掛けた索敵ドローンから得られる情報を元に、1部隊へとこちらから接近していく。
「流石に手練だなっと」
『このちょこまかとっ……と言ってます』
「そろそろその言ってますは要らないぞ」
『了解です、マスター。落語で培った演技力で相手の発言を再現します』
「それより早くシュネーを連れてきてくれませんかね」
韓国プレイヤーの翻訳をしているシーナに注文を出しながら、俺は機体を操っていく。狭い銃座の林の中、相手は中、大型戦闘機でかなり機動力が落ちている。そこへペシペシと中口径粒子砲を当てていくが、正直なところシールドを破れるとは思っていない。
ただストレスを与える事はできている様で、銃座の砲身に機体をぶつける奴も出てきている。そこへ更にペシペシと粒子砲を撃ち込めば、イライラが募ってこっちへ突進しながら、粒子砲を乱射してきた。
銃座の陰に入ってやり過ごしつつ、脇の通路を使って回り込む。
『デジュン、出すぎだ。回り込まれるぞ。スンファ、フォローしろ』
こちらが回り込もうとした通路へ、蜃気楼を飛ばすとすぐさま粒子砲が飛んできた。既に向きを変えて待ち構えているらしい。
『チュデウ、そのままケツを叩いてやれ』
後方から迫る機体などはレーダーに映ってはいない。わざわざオープンチャンネルで指示を出しているのは、こうしたフェイクを混ぜて撹乱するためのようだ。
シーナの翻訳を止めれば聞かなくてすむが、それだと相手の動きも読めなくなる。ここは情報の取捨選択で対処するしかなかった。
「つーか、やっぱ射撃精度がやばいな」
蜃気楼をしっかりと撃ち抜かれた事で相手の腕が確認できた。遠距離戦では勝ち目がない。何とか近づきたいのだが、上空からの目でしっかりとコントロールされていて、こちらが回り込んでもすぐに対処されてしまう。
「となると引っ張り回すしかないか」
1000m級の巨体とはいえ、戦闘機で飛びまわれば一瞬で飛び去る事のできる長さ。今は銃座の隙間を縫って細かく動いているので、戦闘機とは思えないほどゆっくりとした移動となっている。
これだと銃身などに機体を引っ掛けても大したダメージにならないが、速度を上げていけばそれなりのダメージを受け、下手をすると壁にぶつかり大破もあり得る様になる。
「センターラインを軸にして、加速していってみよう」
伏せ犬の腹に並んだ銃座の中心をセンターラインとみなして、その左右に蛇行しながら速度を上げていく。
今まではコソコソ隠れて奇襲を狙っていた俺が、一気に包囲を抜けるように加速したので、ワンテンポ遅れて、敵戦闘機も加速してくる。
腹側のしっぽ側から頭へ向けて徐々に加速しながら銃座の林を飛んでいく。胸から首元へと駆け上がり、背中側へと回り込む。その頃には林の中で包囲しようとしていた戦闘機達も後方に集まって来ていた。
背中側はシーナと一緒に銃座を破壊していたので障害物は少ない。そこを狙って後方からも上空からも攻撃が行われた。ただ逃げ場が多いという事もあり、直撃を回避しながら速度を保って2周目に突入。何機がついてこられるかな。
2周目に入るとすぐに追跡者との距離ができはじめる。中型は何とかついてきているが、大型戦闘機は早々に諦めたようだ。
これで相手を半分に絞れた。
腹側の銃座の林を円を描くように回り込むと、早々に諦めた大型機の横へと食らいつく。
『チョジン、狙われてるぞ。左からだ!』
その動きは上から見張っている奴も気付いたが、さっきの加速勝負で大回りする必要のあった上空組も少し出遅れていて、発覚までの時間を稼げた。
指示を聞いて旋回を始めた大型機だが、その旋回速度では間に合わない。こちらも直撃は避けつつ、高速振動剣を放てば、耐火性に特化した戦闘機でなければ容易く刺さる。
後はスラスターを吹かせて傷口を広げてやれば、大型戦闘機といえども長くはもたない。
「まずは1機と……ととっ、ヤバ」
味方が助からないとみるや、剣を刺された戦闘機もろとも粒子砲を撃ち込んできた。巻き込まれる方はたまったもんじゃないが、戦闘行為としては正しい。
大型戦闘機を盾にしながら、通路へと逃げ込み、銃座の陰へと。一発かすったか、エネルギーシールドがごそっと減ってたのは肝が冷えたな。
しかし再び通路へと入ると、大型戦闘機ではついて来られない。俺を追っていた中型機は、大型機の粒子砲の乱射で少し足止め。安全なマージンを確保して、シールドの回復時間を稼げた。
『敵も休んでるぞ、早く追い詰めろ』
上からの指示に中型機の追撃が再開。こちらも再び逃げ始める。一周かき回して1機撃墜は効率悪いな……もっと中型機が障害物に当たって減ってくれるかと期待したが、相手も上位プレイヤーのようだ。
地の利を活かして逃げている間にシュネーが来てくれると助かるんだが。
相手は大型機での追跡は諦めて、固定砲台として使用。中型4機で俺を追跡する形に落ち着いた。問題は相手を観察させていた探査ドローンが気づかれて、撃破され始めた事だ。目が奪われると、こちらからは仕掛けにくい。
上空から俺の位置を把握している敵の方が有利になっていった。