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『五分の勝負に勝ちましたね』
「ん?」
銃座を減らしたことで、2発目のバリスタの矢も問題なく着弾、更に銃座を壊して爆発した。相手の攻撃が減れば、シーナを伴って戦艦のシールドの内側へと突入できる。
そうなればあとはコンドルの中口径バルカンで残った銃座を黙らせていくだけだ。
そんな作業中にシーナが何か言ってきた。
『スカイブルーの乱入を撃退できるかは五分とみたんですが、さすがマスターは危なげなかったです』
「倒すだけなら何とかな。次元断層剣を温存するのには苦労したから、そういう意味では微妙だったな」
しかしさすが戦艦、装甲は厚い。中口径バルカンやハミングバードの粒子砲では目に見えるダメージを与えられない。
なので銃座を根こそぎ破壊した一角へと向かい、次元断層剣で一気に切り裂く。多次元構造体であろう戦艦の装甲も、次元をこじ開けねじれさせる次元断層の前には長くは抵抗できなかった。
装甲に亀裂を入れて、内部が攻撃できるようになれば、あとはひたすら撃ち込むだけ。すると伏せ犬戦艦の背中にある小さなハッチが開き、パワードスーツらしき姿が。手にしたランチャーでこちらを攻撃してくるが、驚異度でいえばゴブリン並。バルカンの弾一発で蹴散らされていく。
「犬の後頭部にもバリスタ撃っとくか」
『了解です、マスター』
艦橋だろうか、伏せた犬の頭っぽいところへ、バリスタの矢が飛んでいく。対艦用として内部に炸薬を詰めた矢は、目標に命中すると爆発する。
本来ならバンカーバスターのように表面の装甲を貫通して、内部で爆発することで威力を増す予定だった。
「表面装甲が厚いなぁ。仕方ない、シーナは次元断層剣で開けた穴に攻撃を続けてくれ」
『マスターはどうするんです?』
「別の入り口に仕掛けるのさ」
俺は伏せ犬戦艦の側面を移動して、前脚部分の格納庫を目指す。スカイブルーを吐き出した後は何も出てきていないので、艦載機は打ち止めだろう。ならば格納庫から内部へと攻撃を仕掛ける。
デカブツを相手にする時の基本だな。
敵艦の側面にも機銃は並んでいるが、基本的にはもっと接近される前に迎撃するためのもの。装甲に沿って進んでいけば、銃座が重なってしまって直近のものからしか攻撃を受けない。
「狭い通路で追いかけっことかもしてみたかったな」
某宇宙戦争の戦艦付近でのドッグファイトを思い出しながら、銃座からの攻撃を避けていく。こちらの速度についてこれずに明後日の方向を撃っているのが大半だが。
そのまま前脚の先端へとたどり着き、格納庫に続くハッチの前までやってくる。その隙間へと高速振動剣を差し込み、テコの原理で無理矢理こじ開けていく。
高速振動剣も耐久性を高めるために多次元構造体で作ってあるので、戦艦の装甲相手でもいきなり折れるという事はない。
後はハッチの蝶番とハミングバードの推進力の勝負だが、こちらも宇宙を飛び回る戦闘機が、扉の開閉するパワーに負ける事はなく、徐々に口を開けていく。
「ほいっと」
負荷が限界を越えて蝶番が破壊されると、扉が開いていく。その隙間からレーザーによる攻撃が飛んできた。パワードスーツを着た兵士が待ち受けていたようだ。
蜃気楼で幻影を先行させて、火力を逸らした後、ハミングバードをスライド、滑走路上で蜃気楼を撃っているパワードスーツに対して、粒子砲を撃っていく。
いくら射撃が下手だといってもほぼ静止した相手をこの距離なら当たる。
肩撃ち式のランチャーを構えたパワードスーツが、ミサイルを撃ちだして来たので「おいおい、艦内でミサイルかよ」と思ったが、落ち着いて迎撃。粒子砲を受けたミサイルは爆発……せずに、何やら粉末が広がった。
「ちっ、粒子砲を封じる雲か」
荷電粒子を拡散する粒子が格納庫内に立ち込めて、粒子砲が無効化された。戦闘機同士の戦いなら宙域も広くすぐに拡散するが、格納庫内では簡単には晴れない。
パワードスーツ達は光線兵器なので影響を受けずに攻撃してきた。ハミングバードは軽量化のために対空レーザーも外した状態なので、攻撃手段が絞られる。
次元断層剣を使った後なので、まだクールタイム中の高速振動剣を鈍器として撃ち込むしかない。スラスターを使って薙払っていくと、それはそれでかなり凶悪な絵面にはなってしまった。
ただ艦載機を吐き出した格納庫には壊して誘爆を起こすような物は見当たらず、剣を振り回しても大したダメージは与えられない。
「となると頭を潰すしかないか」
パワードスーツの群れを薙ぎ払い、攻撃の手が止んだので一定のチャージ時間を確保。次元断層剣を再び使えるようにしてから、伏せ犬戦艦の頭へと向かう事にした。
伏せ犬の頭は、目の部分が要塞砲で少し突出した部分が艦橋となっているようだった。艦橋の周囲に銃座はなかったが、前脚の上部にある機銃からは狙われる事になるので、早いうちに勝負した方がよさそうだ。
「という事で、さっくりとやらせてもらうぜ」
犬の鼻の様に突き出た艦橋に下方から近づき、次元断層剣で斬りかかる。極短時間の使用でエネルギーを抑えて表面を削り、残りは高速振動剣に切り替えてこじ開けていく。
「これでひとまず艦橋は制したと思うがどうでるかね」
『降伏勧告してみます』
「そんな事もできるのか」
『乗員が救難ポッドで射出されます』
戦艦の背中と頭は傷つけたが、機能を完全に奪うために撃沈させようにもコアを含めた機関部までは遠い。
どうしたものかと思っていたら、中の人を追い出して無力化する方法があったようだ。これで鹵獲扱いになるのかね。
戦艦を貰ってもバラしてパーツや素材取りに使ってしまいそうだな。航行船はシュネーヴィントがあれば問題ないし。
旗艦を落とされた事で周囲の護衛艦隊の残存艦も徐々に距離を取りつつある。一応、救難ポッドを拾いながらということなのだろう、移動速度はかなり遅かった。
「シュネーを呼んで、曳航させるか」
『マスター、戦闘機が多数向かってきます』
「新手か」
『いえ、敵国でも海賊でもなさそうですね』
という事は海外プレイヤー達が。こっちが旗艦を攻めた事で侵攻しやすくなったのかな。
しかし、その一団は途中の護衛艦などを無視して一直線にこっちへと向かってくる。何やら嫌な予感がするな。
中から大型戦闘機で編成された12機の編隊がレーダー上でしっかりとフォーメーションを組んでやってくる。
『人の手柄を横取りするマナー違反者は粛清する……と言ってます』
「なんだそれは。伏せ犬に他の機の攻撃はあったか?」
『いえ、誰の占有権も発生していません』
こうしたレイドでは、獲物の取り合いというのも発生するので、最初に攻撃した人への優先権というのが発生する。それはレーダー上に表示され、攻撃しようとしたら、サポートシステムが警告してくれるのだ。味方が撃破されたりして攻撃を続けられず、一定時間が経過すると解除されて、また新たに攻撃すれば優先権が付与される感じだ。
優先権がある敵を撃破しても戦功は稼げないし、戦利品も所有権は優先権を持つ者になるので、横取りするメリットはほとんどない。
今回の伏せ犬には優先権は発生しておらず、そもそもプレイヤーが攻撃した履歴もない綺麗な敵だった。
敵中にいる状態に特攻をかけたんだから当然といえば当然だが。それを自分達の獲物と言い張るには無理がある。
とはいえ仕掛けてくる気満々なら対応はしないといけないだろう。
「シーナはシュネーと合流してこっちに向かってくれ」
『はい、マスター。ただ道中の敵が残っているのですが』
そういえば速度で振り切ってここまで来たので、途中の艦隊はほぼ無傷で残っている。
「交戦は避けてノーダメージ優先で来てくれ」
『了解です、マスター』
「俺は時間稼ぎに徹しますかね」
伏せ犬戦艦の銃座の隙間へとその身を置いた。