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プレイ4日目、連休の最終日。
さすがに一人暮らしの社会人として、ある程度の家事はこなさないといけない。午前中は諸々の雑務を済ませて、午後からのログインだ。
昨日は小惑星帯でのチェイスありーの、ゴブリン戦ありーので思ったよりも体力を浪費していた。学生時代ならナチュラルハイでプレイ続行できただろうが、今はそんな体力は持ち合わせていなかった。
「おはようございます、マスター」
「ああ、おはよう」
ログインするとシーナが挨拶してくれる。無表情ではあるが、それでも人とのふれあいを感じられるのが不思議だ。
「……結局、そのタグは活きなのか」
「マスターとお揃いですし」
シーナの体に重なるように『スペース漫才師:ボケ担当』称号タグが表示されている。
自分では見ることはないが、俺には『スペース漫才師:ツッコミ担当』が表示されているはずだ。
「目指すはライブステージでの漫才師頂上対決です!」
「あるのか、そんなの!?」
「まだないです……」
シーナはなんでこんなに漫才にこだわるのだろうか……。
「だってこうマスターとの共同作業みたいで、親密さが上がりそうじゃないですか」
「漫才師のコンビって不仲説がよく出るけどな」
「やめましょう、漫才なんてもってのほかです」
いそいそとタグを外すシーナ。その様子にどこか違和感を感じる。
「何か必死そうだな。まるで俺の好感度を高めたいみたいな」
「私はサポートシステムなのにマスターの活動に貢献できてないどころか、迷惑を掛けているので……」
「そんな事ない、シーナが居なければ詰んでた場面は結構あったぞ」
「マスター、それ本気で言ってますか?」
「いや本気で言ってなかったら、一緒に宇宙飛んでないよ」
「へへへへへ」
苦笑いを浮かべたかと思うと、くるりと90度向きを変え、何もない方向へと頭を下げる。
「どうもありがとうございましたー」
「どこにお辞儀してるんだ、どこに」
隠しカメラでもあるのか!?
どっからネタだったんだ、わからん。そういえば今日は上着が桃色のベスト……いや、深く考えないでおこう。
下手に神妙にされるよりも、適当に茶化してくれた方が、こっちも緊張しないですむ。
「まあ、何にせよこのゲームを楽しんでる間はお世話になるさ」
「とりあえず、今日は子連れでの採掘かな」
「マスターと私の子供達ですね」
「その表現は止めろ」
「はい、マスター」
ボックスフィッシュ型輸送船に、外部制御ユニットを積んで、一緒に行動するというテストだ。ボックスフィッシュは、コンテナ1つの大きさで、軽自動車くらいのサイズ。独立したコアを積んでいるので、航行能力と小口径のヒートブラスターを持っている。
俺が乗るのはハンマーヘッド、T字の頭を持ったサメ型偵察艇だ。広い視野を持つハンマーヘッドにならって、偵察艇として登録されたらしい。
大きさが今までの小型機よりも一回り大きくなった中型機。全長は20mほどになっている。
ただコアを中心としたエネルギーユニットや各種レーダー、兵装などで余剰積載量はほとんど増えていない。
ボックスフィッシュの活躍が期待されるところだ。
まずは第4、5惑星の間にある近場の小惑星帯を目指すことにした。さすがに迷子になる事はないと思うが、何かに襲われる可能性は否定できない。
海賊、他次元生物、そして私怨の集団。
宇宙船も変えて、称号も変えたから、狙われる事はない……と、思いたい。
開拓ステーションから自由出撃で出発、何事もなく小惑星帯へと到着する。まあ、一番近い狩場に行くのに四苦八苦するのは勘弁願いたい。
今日は気になる監視も感じない。一応、ハンマーヘッドになった事で、索敵範囲は広がっている。強力な探査波を打てば、ステルス艦でも見つけられるはずだ。小惑星帯に着いた時に、一度打ってみたが、近くに敵性物は検知されなかった。
「ここからは採掘パートに入る訳だが、ボックスフィッシュに採掘させる事はできるか?」
「レアメタルの指定は無理ですが、汎用素材なら問題ないです」
「じゃあそっちのコントロールは任せた」
「はい、マスター」
遠隔制御の有効距離を見つつ、自身も宙域を探査していく。出力の上がったレーダーは、そこそこ大型の小惑星でも、内部まで調べられるようで試し堀りが不要になっている。
するとその中に見たことのない鉱石があった。
大きな小惑星をヒートブラスターで溶かしていく。β時代ならブラックイールを頭から突っ込み、穴を広げるモグラ工法を使っていたが、今はレーダーを頼りにピンポイントで掘れる。その分、効率は良くなっていた。
「おし、後少しで届くな」
「次元震を探知、他次元生物が来ます!」
アラートが鳴り響き、モニターの一角が次元震を示す球体に占められていく。
「ボックスフィッシュは退避させて」
「はい、マスター」
レア素材に連動して出現するタイプの敵か。βでは無かったパターンだが、MMORPGなどでは結構見かける。敵付きの素材は、それだけ重要な素材って事で、採取した後が楽しみだ。
問題は俺一人で倒せるかって事だが。
少し距離を置いて、次元震から生物が出るのを待つ。
「これは……カニか」
「シザークラブです」
サブディスプレイに表示された情報を確認。やはり堅い甲羅とハサミが特徴か。次元の穴から這い出して来たかと思うと、ブクブクと泡を吹き始めた。
「泡には攻撃を防ぐ効果があります」
「ほう」
試しに粒子砲を打ち込んで見ると、泡の一部が飛び散るが、確かに本体には届いていないようだ。するとシザークラブが、何もない空間でジョキンとハサミで切る。
「回避してくださいっ」
シーナの声に、慌ててスティックを操作、船の位置を変える。するとシザークラブのハサミから次元震が直線的に伸びて、俺がいた辺りまで空間が歪む。
「次元断層による攻撃です」
「おっかねぇな、おい」
まあ、ゴブリンでも投石による遠隔攻撃があったのだ、より強そうなシザークラブに飛び道具が無い方がおかしいか。
「泡の防御とハサミの攻撃ね……どう攻めるか」
甲羅に包まれた背中よりは腹の方が狙い目だろうが、泡によって守られている。攻撃すれば一定量は剥がれるみたいだから、撃ち続ければ風穴が空きそうではある。
ハサミの攻撃は来るのが分かってれば避けられそうだ。ただハサミの動きからでは射線が判別しにくいので、不用意に動くと自ら次元断層に突っ込む危険があった。
「ふむ……定点攻撃の緊急回避か」
シザークラブの正面に構えて、粒子砲を連射。ハンマーヘッドになって2門になった粒子砲で泡を蹴散らしていく。
そしてハサミが動いて空間を切ったら、その瞬間に移動、攻撃を回避する。
2Dのシューティングゲームでのボス戦でままあるスタイルだ。敵の正面で攻撃しつつ、レーザーの兆候が見られたら回避する。そんな感じ。
ただSTGは3Dなので直線的な攻撃を正面から見てもよくわからない。勘で避けるしかなかった。
やがて粒子砲で泡を吹き散らかす方が、泡を生成する速度を上回り、むき出しになった腹へと直撃弾が通るようになってきた。
するとシザークラブも黙ってやられるだけじゃない。今までは静止していたのが、横移動するようになって、更には左右のハサミを交互に使うようになってきた。
「うひっ、慣れてきたら難易度アップってね」
静止目標を撃つよりも、移動目標を撃つ方が難しく、攻撃頻度が上がってくると回避に使う時間が伸びて、粒子砲の命中精度は下がってしまう。
徐々に泡を撃ち抜く直撃が減ってきた。このままではジリ貧になってしまいそうだ。
「無理か……完全に覆われる前にっ」
粒子砲で泡の隙間を作って、虎の子の中型ミサイルを撃ち込む。全6発のうち、4発を連続発射して、更に粒子砲による追い撃ち……。
これで決められないと撃破は不可能だ。
「シザークラブの撃破を確認しました」
「ふぃ〜何とかなったか。ハンマーヘッドに乗り換えてなかったら諦めコースだったな」
俺がシザークラブと戯れている間も、ボックスフィッシュ達は作業を進めてくれたらしく、積載量いっぱいに汎用素材が貯まっていた。
「じゃあ帰るか……と、その前にレア素材を掘っておかないとな」
シザークラブを呼び出した石も回収して開拓ステーションへと戻ることにした。