閑話 9
「霧島さんは色々と考えるッスねぇ」
「サー、今のは自分への質問でしょうか?」
「いや、独り言だから気にしなくてよい」
「サー、イエッサー」
サブディスプレイに映る美人秘書官のアバターはビシッと敬礼を返してくる。霧島さんとシーナちゃんのやり取りを見て、自分もと思って奮発して購入した人形アバターは、銀髪をきっちりと結い上げた堅物っぽい雰囲気を持つ20代半ばに見える美人だ。紫の瞳はやや細く、鋭い雰囲気でロシア系の顔立ちだ。
軍服に包まれた体はメリハリがついていてボンキュッボンという感じ。女王様スタイルも似合いそうだが、上官に逆らえず屈辱に耐える姿も似合いそうだ。
まあ、そんな事はしないけどね。
シーナちゃんを見てて思ったけど、AIとはいえ一人の人格が形成されている。特に人形アバターにしてから強く感じるようになった。
邪険に扱う気にはならない。
ただまだ経験値が低いのか、言葉のやりとりには堅さを感じる。シーナちゃんほどの緩さはなかった。
「アルファチームより入電」
「了解、つないでくれ」
『ポチョさーん、編隊行動、開始します』
「了解、こっちでモニターするッス」
霧島さんの勧めで玉藻御前の護衛部隊を率いる立場になってしまった。ソロでやってきた自分に務まるか不安だったが、美女に囲まれて指揮をするというのはテンションが上がる。
彼女達は接客兼護衛という事で、見目麗しい隊員ばかりだった。
その上で連携がとてもうまい。コミュニケーション能力の高さが、連携にも活かされているようだ。
『フォーメーションスクエアで進行』
4機で編成されたカルテットが方形に並んで仮想敵としている小惑星へと進んでいく。
『フォーメーションマズル』
小惑星まで一定距離まで近づいた所で、4機それぞれが近づき、円弧状のシールドを組み合わせる。
「ミク、X軸をもうちょい奥ッス」
『は、はい』
湾曲したタワーシールドの様な方形の装甲は、一定距離まで近づけば、電磁石により引き合って筒状を形成する。
4機のシールド機が合体するように繋ぎ合わされば、直径10mほどの筒ができあがった。
「ビーコンの発信を確認、ナインテイル射撃態勢に入ります」
「え、撃つッスか?」
「そのようです、サー。ナインテイルの要塞砲、発射されました」
かなり離れた場所にいる玉藻御前の旗艦ナインテイルから、要塞砲による一撃が放たれる。直撃を受ければシールド機であろうと耐えられる威力ではない。
少しでも狙いが逸れれば、自分や護衛部隊は撃墜されるだろう。
「要塞砲、ビーコン上を通過。小惑星に命中します」
サポートシステムの声を証明するかのように、メインディスプレイに映った小惑星が爆発した。
「アルファチーム、問題ないッスか?」
『だ、大丈夫です』
『うひー、びびったー』
『目がチカチカします』
要塞砲の直径に合わせて作られた筒なので、座標がズレなければ、問題はないはずだった。それでも至近距離を要塞砲が通り過ぎるというのは、肝が冷えるだろう。
アルファチームの面々からは安堵の声が漏れていた。
「とりま、本番で使えそうッスね」
「サー、イエッサー」
そんな運用試験を思い出しながら、自分は護衛部隊の情報を確認する。今回のレイドに参加する護衛部隊は16機。うち8機を銃口を担当するチームにして、残り8機をそれぞれを守る護衛隊としている。
自分は遊撃的にそれぞれの部隊のフォローに入る予定だ。
「まずは全隊で1隻の戦艦に向かい、ちゃんと狙い通りにやれるか確認するッス」
『『了解』』
玉藻御前の面々が自分なんかの指示を聞いてくれるというのは不思議な感触だ。元々は霧島さんのお供でしかなく、あとは体のいい客だったろう。
しかし、海賊からの防衛戦でナインテイルを守った事が結構大きかったらしい。そこから色々と防衛に関するノウハウを共有してきた。
「では行くッス」
霧島さんが用意してくれた合体型シールド機は、強固なエネルギーシールドを張る従来型と、シールドを持って動き回るアクティブシールドが合わさった機体。
ただシールド機はエネルギーシールドこそ強固なものだが、装甲はかなり薄く作られている。その分、機動力は上がっているが実体弾に脆いのはシールド機としてかなり致命的。その部分を補うのは、アクティブシールドの部分だ。
コバンザメの小判を利用したシールドを更に改良し、4つのパーツに分けられそれぞれに動く仕組みがつけられている。フレイアちゃんが使っているらしい視線ロックシステムを応用し、飛んでくる弾へと視線を合わせたらアームが伸びてブロックしてくれる。左手のそれぞれのボタンを押しながら視線を合わせるという操作に慣れるにはしばらくかかったが、使っていくうちに便利さが分かってきた。
アクティブシールドの方も本体の装甲は薄く、更にはエネルギーシールドすら極薄。ハミングバード並らしい。盾で受け止められなければ致命傷となる。機動力と盾でなんとかするしかないというギリギリ感がある。
霧島さんは盾もない機体であれだけやれてるのは凄いとしか言いようがないんだが、なぜか本人は下手だと言いはるんだよなぁ。
そして合体機は装甲を薄くした分、加速、最高速ともに並の戦闘機よりも速いくらいの速度が出せる様になっていた。なので自分が先頭に立って、流れ弾を処理しつつ戦艦へと近づいていく。
『敵迎撃部隊撃墜、フィールドを確保しました』
「アルファチーム、銃口フォーメーション」
『了解』
戦艦のシールド境界まで近づくと、迎撃の戦闘機が上がってきた。まずは銃口を形成するのに必要な宙域を確保する。この辺はナインテイルの周辺空域を確保してきた護衛部隊にとって難しくない。迎撃部隊の難易度もさほど高くないようだしね。
そして4機のシールド機が境界で編隊を組む。
「もうちょっとZ軸に下降……行きすぎ、ちょい戻し……」
ナインテイルと標的となる戦艦を線で繋ぐ。その指示を自分が出す訳だがなかなか難しい。
「サー、霧島様からのアドバイスがありますが読み上げましょうか?」
「この状況を打破できるなら早く」
一度は退けた迎撃部隊も、第2、第3の部隊が控えていたらしい。戦艦から飛び立ち始めている。
「サー、イエッサー。蜃気楼システムの起動を行うと良いそうです」
「ミラージュ……これか。ポチッとな」
宙空へと線が描かれ、指定ポイントが浮かび上がる。そういえば、航行船を作る時に霧島さんが図面を映し出していたのを思い出す。
「ポイントに合わせて移動して」
『了解っ』
迎撃部隊が迫ってきているのでアルファチームの声にもやや焦りが感じられる。ここは仕切り直すか……いや、一気にいくべきだな。
「よし、ポイント合致。その位置をキープ。ナインテイル、マズルスタンバイ」
『心得た。要塞砲、仰角修正……』
ナインテイルから通信が入り進捗が知らされるが、即時に発射とはいかないようだ。
『隊長、迎撃部隊が攻撃してきます!』
「アルファチームに近寄らせるな。守りは自分がやるから、敵機撃墜に集中してくれ」
『了解!』
迎撃部隊と銃口を作るアルファチームの間へと進み、4つに割ったコバンシールドを展開する。アームで繋がれたそれらは、自分の視線に合わせて動いていく。
「やるッスよーっ」
「サー、イエッサー」
サポートシステムの敬礼を一瞥し、メインディスプレイへと集中する。粒子砲にせよ、レールガンにせよ、コバンシールドなら問題なく止められる。
あとは軌道をしっかりと読み切る事だ。
アームが届かない範囲の攻撃はアルファチームに当たることはないので、余計な弾を深追いしなければ守れる。
護衛部隊も迎撃部隊に向かっているが、アルファチームが何かしているというのは、敵も分かっているのか、攻撃が集中してきた。
左手のそれぞれの指でボタンを操作して、どのアームを動かすかを選択しながら、次々に粒子砲やら実体弾に視線を合わせる。3D空間を迫ってくる弾の到着順を即座に見切るにはなかなかの集中が必要だが、リズムゲームをやる感覚に近い。
要塞砲発射までの短時間なら守れる。
そう信じて防御していく。
『照準固定、撃てるぞ!』
「護衛部隊、射線に気をつけるッス。ナインテイル、どうぞ!」
『射撃!』
通信からしばらくして、ナインテイルからの要塞砲が銃口を形成するアルファチームを通り過ぎていく。
そこにいた迎撃部隊の何機かを巻き込みながら、光の矢は目標とした敵艦へと突き刺さる。
「直撃を確認、中破かと思われます」
「継戦能力は失われたッスか」
甲板を舐めるように直撃した要塞砲は、敵艦の砲台を幾つか壊し、船体にも穴が空いている。
「アルファチームとその護衛部隊で目標を沈黙させるっす。ベータチームは次の艦に向かうッスよ」
『了解!』
中型戦艦とはいえ直撃すれば、ほぼ無力化できることは分かった。あとは玉藻御前の望む戦功を積み上げるだけだ。
そうすれば特別サービス受け放題……。
やるッスよーっ!