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時間に気づいて慌てて昼食を済ませる。菓子パンを2つ詰め込んだだけだが、糖分が足りないと反射が落ちるからな。
レイド開始前になるとかなりの数の航行船が集まってきた。中心を務めるヴァルハラ連合の旗艦スキーズブラズニルの左右へと各連合の航行船が並んでいく。
一定以上離れると光点として表示され描画が省略されて処理軽減が行われている。ただレーダーを見るとそれらの光点が船である事がわかるのだ。
日本の連合を挟む形で海外の連合の船も並んでいる。いよいよ始まる空気感、緊張が高まっていく。
俺はヴァルハラ連合の後方に位置し、損傷艦が出たらサポートに駆けつけるため準備を行っている。格納庫にはブースターを積み込み、アストナージは自身の作業艇を持ち込んでいた。
航行に支障をきたした損傷艦が出たら、俺が船を着けてアストナージが作業する役割分担だ。
ただ開戦からしばらくは作業はないので、まだ気楽に構えていた。
「なるほど、実戦を経験させるんですか」
「遠隔制御ユニットを搭載した当初は採掘所からステーションを往復させて、航路を覚えさせたり編隊の組み方を教えたりといった感じだな」
「結構時間が必要なんですね」
「まあネトゲでぼっちプレイは推奨しないだろうからなぁ」
「となると遠隔制御ユニットが普及してもあまり使われませんかね」
「サポートシステムのAIを育てるのがあまり知られてないからな。1から教え込むとなるとやろうと思う人は限られるだろう。ただ現時点でうちのシーナよりも実戦経験が豊富なAIには心当たりがある」
「え……もしかしてBJとかですか?」
「いやリンダはまだそこまで育ってないだろう。俺よりは実戦する機会は多いだろうが、BJ自身が戦う方を好むだろうしな」
「……なにげにBJに詳しいですね」
「ま、まあ、玉藻御前とかと懇意にしてるからな」
まだ表向きにはBJとの繋がりは公開してなかった、危ない。
「となると一体どこにそんなAIが?」
「まあ、俺も直接見たことはないんだが、本人へのインタビューが本当なら、最前線でずっと戦闘機を操縦して戦ってきたAIが育っていると思う」
「インタビューを受けるようなプレイヤー……あ」
「なら俺が調べるよりアストナージの方が向いてるだろう。遠隔制御ユニットについてはドローンとあまり変わらんし、開発は簡単だ」
「それだと自分が手柄を横取りするようで……」
「いやぁ、これ以上騒動に巻き込まれるのは面倒なんでな。俺以外の人間がテストしてくれた方がありがたい」
ぶっちゃけた話。AIの学習データは、俺にとってあまり活用法がなさそうなのだ。最前線で戦ってきたとはいえ、その役割は後方からの殲滅。射線を確保する位置取りや守備隊との連携は期待できるが、機動力で戦う俺とはかけ離れている。
航行船の運用プログラムとしては重宝しそうだが、それもシュネーヴィントには適さないしな。
「何だかんだでやる事溜まってるから、正直手が回らんのよ」
「そんなに色々と?」
「前回の艦隊戦から開発の精度が必要になったからな、データをしっかり集めて開発しようとすれば、手間がかかるんだよ」
「それは確かに。既存のレシピから外れると途端に作れなくなりますよね」
ゴブリンの魔導兵器を再現するにはもっとデータが必要なのだ。それはあの星系を探索するだけでは足りない気がしている。他のゴブリン星系を見つけたいところだ。
「わかりました。AIについてはこちらで検証してみます……お、始まりましたかね」
アストナージがメインディスプレイを指差すと、遠くで閃光が起こるのが見えた。
艦隊戦は遠距離から要塞砲による叩き合いで始まる。遠距離からの粒子砲では、戦艦のシールドは撃ち抜けない。しかし、連続してヒットすれば、負荷に耐えられなくなり、シールドが破られる。
そうなると要塞砲をモロに食らって致命傷。
プレイヤー陣営は、正面に座る艦を入れ替える事で、過負荷とならないように対処し、敵艦隊はシールド専用の船が前面に出ていて、要塞砲を受け止めている。
航行船は基本的にスピードがないので、ジリジリと彼我の距離が詰まっていくのを待つしかない。ある程度の距離まで詰まれば、今まで戦艦のシールドに守られていた戦闘機が、艦砲の飛び交う中を敵艦目指して突っ込んで行くことになる。
ただその前に俺達の出番だ。
「第7区画に航行不能艦が出ました」
「了解、向かうぞっ」
スキーズブラズニルの影から抜け出し、前線へと向かう。正面からの砲火は、前方に展開する船がある程度防いでくれているので、その影を伝っていく様に目標へと接近。
シールドが過負荷を迎え、要塞砲の直撃を受けた艦はかなりの損傷を受けていた。
「シールドを展開、撹乱ポッド射出」
「所定位置に配備しました」
「アストナージ、甲板に出る時は気をつけろよ」
「鎖には気をつけますよっと」
作業艇に乗り込んだアストナージは、予備のブースターを持って損傷艦へと向かっていく。幸いにも流れ弾に当たる事なく到着し、作業へと取り掛かる。
「む、狙ってる奴がいるな。ポッド展開、拡散素子を散布だ」
「了解です、マスター」
射出したポッドから、粒子砲を阻害する帯電素子を散布した。素子が拡散するまでの時間、相手の粒子砲を妨害できる。
かなり便利ではあるが効果時間は短く、戦闘機の機動戦ではすぐに範囲から飛び出してしまうし、動き回る事で素子の拡散を促進させてしまうので、こういう防衛時にしか使えない。
「直撃弾、来ます」
「シールド強化、耐えろよ」
シュネーヴィントは機動力で避けるタイプの航行船。そのために防御力という意味ではかなり弱い部類だろう。遠距離から拡散素子で軽減された要塞砲とはいえ、真正面から受け止めるのには不安があった。
「おおおおお……」
エネルギーシールドの耐久力がゴリゴリと削られていくのをヒヤヒヤしながら見守り、何とか3割ぐらいのダメージで耐えきった。
とはいえあまり何発もは受けたくない。
『作業終わりました。早速、加速に入ります』
「頼む」
アストナージからの無線があり、航行不能に陥っていた艦が加速を開始する。シュネーヴィントに比べたら遅々たるものだが、確実に動き出したのを見てホッとする。
『船内に戻りました』
「了解、戦線を離脱……」
「マスター、第13区画から出動要請が来ました」
「おおぅ、そっちに向かう。アストナージは、次の準備を頼む」
『了解』
一隻の航行不能を出す状況となれば、他の戦線でも同様の状況になっているのだろう。次々と要請が舞い込む事となった。
その要請が小康状態になったのは、戦局が動いた時だった。日本のプレイヤーが正面で撃ち合う間に、両翼から進軍していた海外の連合が敵艦隊の側面を叩き始めたのだ。
これにより正面に集中していた敵艦隊の攻撃が分散し始める。
『全軍、プランBへ移行。スキーズブラズニル、全速前進!』
これまでは中型航行船が前衛と後衛を入れ替えながらダメージ分散する形で進軍していたので、日本陣営の進軍速度は抑えられていた。
しかしフレイアちゃんの号令と共に、日本の各連合の大型航行艦が前に出て、一気に進軍速度を上げる。
艦隊間の距離が一気に詰まっていき、最前線は砲火の嵐となっていった。
そうなると俺達救援隊の役目は後方の修理がメインとなっていく。ここから先、航行能力を失った艦は、前線が押し上がってくれるのを祈るしかなくなる。
動けなくなった艦は、そのまま撃沈される方が可能性は高いだろう。
ここからは互いに消耗戦。となれば後方で修理した艦がいち早く戦線に復帰出来れば、有利になっていく。
俺達救援隊の腕の見せ所だ。