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シュネーヴィントは今までの航行船の艦橋という雰囲気ではなく、複座の操縦席スタイル。旅客機などのコックピットに近い。
俺は右の操縦席に座り、左側にアストナージを座らせる。旅客機の様にスイッチがいっぱい付いている様な事はなく、STGの普通のコックピットに近い作りだ。左右の操縦桿と正面のサブディスプレイがタッチパネルとして操作できる。
「そっからいじれる範囲は好きに触ってくれていい。操縦桿のコントロールは俺が持ってるけどな」
「いいんですか? 俺、メカニックですよ」
触れる範囲はシーナに指定している。もしその範囲を越えてクラックするようなら、その手腕から俺も学べる事があるだろう。
俺が抱えててあまり漏らしたくないのは拡張コアくらいだし、あれもそのうち誰かがたどり着くはずだ。それよりも新たな技術が手に入るなら、その方が価値がある。
アストナージは早速、シュネーヴィントの図面を呼び出して機構を確認していく。
「35m級にしてこの機動、推進機の数が桁違い、ノズルの向きを変えるのではなく、出力を変える事で舵を切る仕組みか、可動部を抱えるより効率的ではあるが、それを支えるエネルギーが……」
ブツブツと呟きながら分析していく。図面から読み取れる情報は限られている。組み立て自体は普通の船に見えるはずだ。
「問題はコアだ。下手な大型船より出力がある。でもルームは中型のそれ。サブのコアもなく、この出力はありえないはず……推進器への供給スイッチが豊富でロスを極力減らす仕組みはあるが、絶対的にエネルギーは足りない」
ちらりとこちらを見ながら確認していくアストナージ。
「コアからの出力が表記通りに出るなら、ここがこの船の鍵……」
「ひとまずその図面がフェイクではない事を見せようか」
Alphaステーションから分離して、シュネーヴィントを加速していく。戦闘機はカタパルトで打ち出されるので、それに比べればかなり遅く感じる。
「は、速い」
それでも普通の航行船に比べれば格段に速い。方向をずらして配置した推進機に対して、最も効率の良い推進機にエネルギーを分配し、補助の出力で補う事で速度を担保している。
メインノズルを一つにして向きを変えながら方向を定めた方が加速力という点では優れるのだが、向きの違う推進機をスイッチングする事で操作すると、機首の向きを変えずにスライドする様な動きができるのだ。もちろんハミングバードの真横に動くようなのは無理だが、正面を向きながら軸をずらして相手の攻撃を回避するといった、戦闘機に近い機動ができる。
「もちろん質量が大きいし、体も大きいから戦闘機とバトルとなると敵わないがね」
「いや、戦闘機と戦えるくらいの機動になってるのが凄いです」
スイッチングシステムはかなり苦労した。シーナのコンドルを参考に、離れた場所に推進機をつける事で、旋回性能をあげつつ、平行移動もできるような柔軟性のある操作感にこだわった。
2点間の移動では負ける事もあるかもしれないが、星系を一周するタイムでは負けない。ドラッグレースではなく、サーキット用のセッティングなのだ。
「この加速力、スペックシートに偽りはない。となるとやっぱり出力が異常、コアに秘密があるんだろうけど……」
図面にはコアルームとしか記していないし、拡張コアなんて片鱗も見せていない。普通のコアが出力だけ高いとしかわからないだろう。
「コアルームは大きさも質量も変わらない、補助装置も見当たらない……」
出力を高めようとして考えられるのは、複数コアを積んで役割を分けるといった方法だ。しかし、コア自体が重たいので、複数コアを積むと船体が重くなり、それを移動させる為の推力を大きくしないといけない。
結果として、コアを複数積むと出力は上がるかもしれないが機動力が落ちたり、上がった出力を新たな推進機に回さなければならず結果ほとんど変わらなかったりという状況だ。
もちろん、俺もそれらの方法を模索したので分かっている。
「コアにもレアリティがある……それが一番分かりやすい答えだけど」
ちらちらと俺の方を見るアストナージ。表情を読まれないようにポーカーフェイスを気取ってみるが、上手くはいってない気もする。
ただ俺の表情だけで正解にはたどり着けないはずだ。
それにレアリティの高いコアがあっても不思議はないしな。拡張コアの原理で出力の高い天然物のコアがあるかもしれない。
「ま、俺から教える事はないよ。企業秘密だ」
「じゃあ、ここからが腕の見せ所ですね」
アストナージもニヤリと笑ってコンソールへと向き直る。本当にクラックできるんだろうか……少し不安になってシーナを見る。
「クラックなんてしたら海賊扱いでレッドネームになりますよ」
「確かにそうか」
「自分がやるのはあくまで情報解析ですよ。多角的にコアルームを観測して得られる情報から精査を進める。例えば次元干渉波が普通のコアより大きいですよね」
STGの戦闘機はコアから出力されるエネルギーで動いている。そのエネルギーは多次元空間に積層された物体から絞り出されているので、出力が高いほど大きな波として観測される。
「しかし、範囲を見ると普通のコアルームと変わらない。つまりコア自体は普通の大きさだと予測できる訳ですよ」
「なるほど、干渉波からそんな事が読み取れるのか」
ちなみに次元干渉波は、昨今の海外海賊の襲来で脚光を浴び始めたステータスだ。次元を越える際にも発生するので、海賊が新星系へと渡った船を追跡するのに使用している事が判明していた。
その干渉波を打ち消す方法を開発連合が探しているところだ。
「波の大きさ、範囲、それに周波数。電波と同じ様に様々な情報が詰め込まれているので、それを解析すると見えてくるものがあるんですよ」
そう言いながらアストナージは解析を進める。
「そして霧島さんのシュネーヴィントから計測される干渉波は周波数も高い。波の高さと共に周波数も高い事で普通のコアに比べて高出力を出している事がわかります」
やばい、これは丸裸にされるんじゃないだろうか。
「ただ現状、干渉波の周波数を高めるというか、変化させる方法は分かっていません。開発連合もその辺りで詰まってるみたいですね」
「なるほど……」
対海賊用ジャマーを開発するのには干渉波の周波数を変える必要があると。そして図らずも俺の作った拡張コアは周波数を変えて発信している。拡張コアを開発連合に渡せば、研究が進む可能性もあるのか……でも、まだ惜しいんだよなぁ。
もう一歩先に行くための技術ができれば、拡張コアのレシピも提供できるんだが。
しかし、干渉波か。その方面から何か新しい物が作れる可能性はあるな。また研究していきたい。
「この船の機動力はコアの出力にあるのは確かですが、それ以外の部分も凄いですね。推進機の調整でここまでスペックを引き上げるとは、さすがフレイくんにあの機体を用意しただけの事はあります」
「そこまで言われると照れくさいんだが」
レーシングゲームで培った知識がたまたま役立っただけだしな。少しジャンルが違うからあまり使う人がいなかったんだろう。
もしかすると自分のためだけに使ってる奴はいるかもしれないがな。例えば海賊なんかに……BJほど派手に動かなくても強さを追求している奴はいそうだ。
アストナージと今後の作戦についてや、開発談義をするうちにレイド開始の時間が近づいてきた。