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深町に連れられて移動したのは、スキーズブラズニルの格納庫だ。救援チームの殆どは、スキーズブラズニルで作業する整備員らしい。
MMORPGのヒーラーと違って、パーティの一員として随伴するという考え方はしないか。基本的に格納庫にたどり着いた仲間を手早く修理するのが救援チームに求められる要素だ。
「ただ今回のレイドは戦場が広い。スキーズブラズニルに戻れないケースも多々考えられるので、小型航行船で現場での修理を考えている」
深町はそう言うと、メンバーへと俺を紹介した。
「知っている人もいると思うが、霧島さんだ。フレイのチューンをしてくれた人と言えば分かるだろう?」
おおとか、あのとか声が聞こえてくる。俺の知名度も上がったものだ。
そんな中、凄い形相で俺を睨みつけてくる少女がいた。黒髪をツインテールにまとめた愛らしい少女のはずが、恨みのこもった視線で台無しになっている。
「班長! フレイくんの担当は私ですよね!」
「んあ、ああ、ミカはそのままフレイ担当でいい」
「ふん、アンタのチューンなんてもう時代遅れなの。今のフレイくんには、私のチューンが一番合ってるんだからねっ」
スビシィと擬音が付きそうな勢いで俺を指差してくる。その指を深町は掴むとねじり上げた。
「人を指差すなと教わらなかったか。霧島さんは人手不足の所に来てくれた貴重な援軍なんだ」
「いだい、いだい、指はいだいからっ。折れちゃう、折れちゃうーっ」
STGのリストバンド型コントローラーは、触覚をフィードバックしてくる。痛覚がそのまま働くので、拗じられれば痛いのだろう。
ただあくまで自分の筋肉を電気信号で動かすだけなので、折れることはないはずだが……まあ、気分的な問題か。
ゴロゴロと床を転がりながら距離を取ったミカは、フーフーと指先に息を吹きかけながら立ち上がる。
「そんな奴、大手連合に寄生したいだけのクズなんだからーっ」
ミカは絶叫を残して走り去っていった。
「すいません、霧島さん。後でキツく叱っておきますから。どうにもフレイの事となると理性のタガが外れるみたいで……」
「大丈夫ですよ。青春してんなーって微笑ましく思えますよ」
「そう言って貰えると助かります」
フレイはフレイアちゃんの彼氏かと思ってたけど、神話通り兄妹だとするとミカにもチャンスはあるのかね。何にせよ、アオハルだよなぁ。おっさんには眩しい。
「救援チームは整備員と航行船用のパイロットで構成していますが……」
「ウチは一人で大丈夫ですよ。シーナがいますからね」
「それをなぜお前が言う」
割り込んでドヤァと無い胸を張るシーナにツッコミのチョップを入れる。
「……いやはや、実物を見るとびっくりするな、シーナさん。AIとは思えない」
「学習していけば色々とやれるようになりますよ」
BJのリンダも先の海賊戦では独立して作戦をこなしていたようだし、やろうとすればできるはずだ。
「マスターが航行船を扱うなら、私が援護を。マスターが修復に回れば私が航行船を操縦しますので、手助けは不要です」
「実践での経験を積んでいく必要があるみたいだけどな」
「そもそも戦闘を経験させる方法が分からないんですが……」
そう言えばBJとやり合いすぎで遠隔制御は当たり前だと思っていたが、普及しているのはドローンで戦闘機自体を遠隔制御するユニットについては、一部のプレイヤーしか知らない状況か。
Foodsの連中はシーナが戦っているところを見ているし、コーラルボール戦の時に一緒に戦った狙撃班も知っている。ただ動画を見ただけじゃシーナが戦闘機を操ってるシーンを見ても、誰かプレイヤーがいたと認識するだろう。
とはいえ攻撃の補助になるドローンと違って、遠隔制御ユニットはコストが掛かるんで気楽に導入はできない。それでいて最初はほぼ戦力にならないので、経験を積むところまではなかなかいかないだろう。
戦闘機を操縦して実戦をこなすという部分をプレイヤーから奪ってしまうのはゲームとして成り立たなくなるしな。
実戦を経験しているAIか。基本的に全てのプレイヤーの行動を記録しているAIは、操縦者の癖のような物は学習しているはずなんだが、知識として得ているものと、実際に使っているというのには大きな格差があるようだ。
今のところ、シーナを越える経験を積んだAIなんて……いるかもしれないな。
「とはいえ、それはレイドにゃ関係ないから保留と」
「何を考えていたのか口に出してくれないとわかりませんよ?」
「お前に張り合えるAIが居るかもしれないって話」
「にゃにぉうっ」
腕を振り上げ抗議を示しているが、それらも含めて保留保留。
「とりあえず深町さん、俺としてはどう動けばいいか示してくれたら、できるかぎり要望にそいますんで」
「大変助かります。今回のレイドは艦隊戦なので……」
航行船の生存が一番の鍵になる。
最悪、戦闘機はやられても航行船でリスポーンできるが、航行船がやられると部隊まるごと戦闘不能に陥る。
そこで少々でもダメージを受けたら後方に下げて、損傷が軽いうちに修理していく方針らしい。
「航行船の修理経験は?」
「自慢じゃないが、STGで俺より航行船を建造したプレイヤーはいないと自負している」
「だよな、頼りにしている。それと前線で身動きが取れない艦が出た時なんだが……」
シールドが過負荷に陥り、本体にダメージが入りそうなら下げる予定だが、相手の攻撃が集中したりすると、一気に航行に支障が出るダメージを受ける可能性はある。
「その場合、前線に迎えに行って、予備ブースターを取り付けて、無理矢理引っ張ってくる予定になっている。ただ前線で危険なので、できるだけその役は、うちの連合で受け持つつもりだ。ただ状況によっては、手を借りる可能性もあるので……」
「いや、それは率先してウチに振ってもらった方がいいな。一刻を争う状況なら俺の船が速い。シーナ、シュネーのスペックデータを」
「はい、マスター」
できる秘書モードのシーナは、ささっとタブレットでデータを出してくれる。
「え、これが航行船か。下手な大型戦闘機より速い?」
「宇宙最速を目指しているからな。信じられないだろうから、レイドまでにデモンストレーションするよ」
「いえ、霧島さんを疑うような事はない……でも、一つお願いしてもいいだろうか?」
「ん、なんだ?」
「連合から一人、同乗させてもらえんか」
「まあ、乗せるだけなら構わないが、内部構造は企業秘密だぞ」
「ああ、わかっている。最前線の開発者がどんなものなのか経験させておきたくてな……正直、まとめ役じゃなければ、自分が乗りたいところだ」
「あ、一つこちらから注文をつけるとしたら、ミカはやめてくれ」
「彼女、ああ見えてウチでは1、2を争う技術者なんだが……まあ、仕方ないな。了解だ」
フレイに絡むと理性を失うような同乗者はさすがに勘弁願いたい。どこで暴走するかわからないからな。
「おい、アストナージ。霧島さんの船に同乗させてもらえ」
「え、俺でいいんですか。やったー」
「古株の一人で、今回の作戦も一通り把握してるから、予備ブースターの詳細はそいつから確認してくれ」
「ああ、助かるよ」
「ミンチにはしないんで、安心してください」
「???」
シーナのセリフに疑問符を浮かべるアストナージを連れて、俺はシュネーヴィントに戻る事にした。