158
ログインし直した俺に対して、玉藻御前から連絡が入った。もうしばらくは新星系探索には出られない時間帯なのでナインテイルを訪問する事にする。
「よぅおこしやすぅ」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」
「……?」
本気で首を傾げて疑問符を浮かべる太夫の姿にかなり恥ずかしくなってしまった。
「こ、こほん。呼ばれたから来ただけだが、何の用かな?」
「すんまへんなぁ、妾にも知らぬ事はありんす」
口元を隠して笑う姿は艶やかな花魁ロールプレイだ。上品な仕草にはドキリとさせられる事はある。まあ、実物を見た事はないのでなんちゃってだとしても見分ける事はできないけどな。
「あんさんに来てもろたんは艦隊戦について聞いておきたい思いましてね」
「艦隊戦?」
「来週に行われますやろ」
「いや、それは分かってるけど、俺に聞きたい事って何だと思ってね」
「そんなに構えんでもええですよ。単純に参加されるんかなと思ってアンケートですわ」
参加の可否を問うてくる時点で構えざるをえないじゃないか。何を企んでいる。
「まさか自覚がないとは言わしませんえ。ここのところのレイドでの成金王の存在感。人の流れを作るには十分な影響力どすえ」
「いや、俺なんかよりフレイアちゃんやらキーマさんの方が大きいだろ」
「その二方と並べても遜色ないというよりは、『成金王は何かやらかす』という意味では注目は大きいんやで」
「そんな……馬鹿な……」
目立つつもりは全く無いし、担ぎ上げられるなんて考えただけで引きこもりそうなのが俺なんだが。そんな俺の内心を見透かしたのか、太夫は大きくため息をついた。
「まあ、そんなあんさんやから、注目を集めるんやろけどな。いつも楽しそうにしてはるから」
「そりゃ、ゲームだから楽しまなきゃ損だろ」
「そう言えて好き勝手できる人は少ないんよ」
「そういう太夫こそ好き勝手やってるんじゃないのか?」
「これでも連合をまとめるには苦労がありんす」
心外なと言いたげな表情でこちらを睨む。
「まあ、あんさんはただ参加してくれるだけでええんよ。それである程度は人が呼べるよってな」
「そりゃ艦隊戦自体は楽しみにしてたし、参加したいんだが……そんなにヤバい状況なのか?」
「日本の主要連合は結構ヤバい状況なんや」
掲示板で見たように全体的なログイン人数が減っていることもあり、イベントに参加する人数が確認できない連合が多いらしい。
その上で報酬面も特に触れられていないため、中小連合もあまり乗り気ではないようだ。
「ただ海外からの参戦表明もきてましてなぁ。英国のナイツオブラウンドや米国のG1ジョーなんかが名乗りを上げてくれとります」
「名前を言われても知らないんだけどな」
「うーむ、あんたはんの知る連合で言うとヴァルハラほどではないが、Foodsよりは大きい、初期サーバーならトップクラスの連合でありんす」
「そんな凄い連中が!」
「逆に大きすぎて、日本が少ないと……乗っ取られかねん」
玉藻太夫が危惧するのはイベントの主体が海外勢になると、尻込みする日本人が多数出そうということらしい。
サポートシステムが通訳してくれるとはいえ、相手が外国人というだけで萎縮する日本人は多いのだ。
「そこであんさんの名前を使わせてもらいます」
「俺の?」
「成金王のやらかし伝説は、人を呼べるコンテンツですからなぁ」
「人を見世物みたいに……」
「日本サーバーの動画再生トップは、フレイアのライブを抑えて、コーラルボールに特攻するリーンフォースなんどすえ?」
「……そうだったのか」
「他にもBJとのチャンバラとか、スカラベを銛で撃破する動画なんかも人気どす。最近発掘されたのは、クジラに粉砕される簡易要塞ってのもありますなぁ」
どれも俺が上げた訳じゃないから自分の動画って気はしないが、映っているのは俺なのか。
「あとシーナの落語講座も根強い人気じゃ」
「何やってんの、あいつは!?」
「そんな訳で日本人を呼び戻すのに、名前を使わせて欲しいんどす」
「……まあ、俺としても日本サーバーが過疎っていくのは阻止したいが……本当に俺の名前にそんな力があるのかねぇ?」
俺は半信半疑ながら玉藻太夫に名前を貸す事にした。
ナインテイルを後にした俺は、クジラの胆石に記された残りの座標を確認しにいく。時間帯的に海外勢は引き上げたはずだ。海賊に遭遇することはないだろう。
そう思いながら星系へと転移していくが、1つ目、2つ目ともに既知の星系。1つは鳥型の他次元生物の巣で、猛禽類を思わせる上空からのダイブアタックが激しく苦戦を強いられた。
2つ目はマグロ型回遊他次元生物が流れるスライダー系星系だった。周囲をマグロに取り囲まれ、気を許すといきなり体当たりを仕掛けてくる厄介なステージ。パラス・アテナの機動力を活かして群れの中を何とか避け続けた。
「あと一箇所か」
そろそろ日付が変わろうかという時間帯。明日に回すか、寝坊しないかのせめぎ合い。しかし、ここのところ既知の星系ばかりなので新しい星系に行ってみたかった。
「行くしかないな」
「ごーごー」
「ぐぬぬ」
「既知の星系でしたね」
胆石に記された最後の座標も既知の星系だったらしく、伝達マークが付いてしまった。星系として見ると黒が強い。というか星系外の星がほとんど見えなかった。
「ダクロン系の星系か?」
「恒星は見えていますよ」
星系の中心たる恒星は確かに見えている。しかし外宇宙に無数にあるはずの星々が見えなくなっていた。
「ダクロンとは違って星系の外側に光を遮断する何かがあるのか」
ダクロンにはタコっぽい大型他次元生物が生息していて、その吐き出す墨で光が遮られているという事だった。そうした生物が星系の外側にいるのだろうか。
「先に外縁部から探索した方がいいか」
以前シーナと作った短時間探索航路ではなく、恒星から離れた場所を飛んでいく。
「レーダーの映りも悪いな」
「ジャマーという感じではないんですが……」
パラス・アテナのレーダーはハンマーヘッドに搭載している元は大型の探査機に搭載されている高機能レーダーを更にレア鉱石でアップグレードした物を使っている。
かなり広範囲に精密な解析をできるのだが、その映像が乱れていた。惑星の位置などがブレて見えている。
「重力に歪みがあるようです」
「グラガンみたいに他次元生物がいるのか?」
「詳細はわかりませんが、重力によって電波が曲がるので、正確な座標が取れないみたいです」
「ダクロンかと思ったらグラガンとは……」
新星系は単純な構造だと思ったが、複雑な構成になっている星系もあるようだ。もしかすると当たり星系なのかもしれない。
ただ既に誰かが見つけている星系ではあるのだが。
『It ’s good courage to enter my territory』
星系チャットで英語が聞こえた。
「なんだ、どういう意味だ?」
「私のテリトリーに入ってくるとは、勇気があるなという感じですね」
「侵略するつもりは無いと伝えてくれ」
「了解です、マスター」
『Entertain me』
「な、なんて?」
「私を楽しませて欲しいと」
「嫌な予感しかしないんだが」
「重力場を検知、引っ張られます!」
「うおぉ、戦闘加速。離脱するぞ」
「重力場消失……前方に出現!?」
「なんだとっ」
加速をかけようとした途端、こちらを引っ張ろうとした重力場が消え、こちらが加速しようとした領域に新たな重力場が出現していた。
「こなくそっ」
慌てて舵を切りながら、更に加速していく。
『Huh. Good move, dosen't look like a battleship』
次々に新たな重力場が、それを何とか避けていく。蟻地獄の群れに飛び込んだ様な感覚だが、狙いがこちらの進もうとする場所へとピンポイントなので、より質が悪い。動きを予測させない様にランダム回避も組み込む。
『Haha, nice! But...』
「うごっ」
正面一帯に重力場が形成されて、逃げ場がない。いや、重力の中和点なら突破できるか。重力場同士の力が均衡しているポイントへと、船体を突っ込ませる。僅かなズレで船体が引っ張られるのを、修正して中間を探しながら加速、脱出させていく。
タイムアタックやらスイングバイを繰り返してきた経験をフルに活用した。
『Fantastic! All light, I will deal with you』