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前進したような後退したような週末を終えて、平日となる。長時間のログインはできないので、経過の確認をするくらいだ。
いよいよ海外の海賊が侵入してきて、平穏な探索が終わった……と思ったのだが、実際はほとんど海賊が出現したという報告はない。
最初の迎撃が上手くいったからかと思ったが、一番の要因は時差だった。
日本サーバーのログイン人数は20〜26時あたりが多いわけだが、北米だと13〜16時間の差があるので深夜から早朝といった時間帯になる計算だ。
先日襲われた昼過ぎくらいの時間というのは、向こうが丁度ピークの時間だったというわけだ。
そんな訳で平日に襲われるという被害はほとんどなく、迎撃部隊の出番もないままに週末を迎える。
『という状況です。すいません』
「いや、着実に進めてくれていて助かるよ。海賊の攻撃も週末だけなら、何とかできるだろうし」
『引き続き研究を進めます』
「ゲームなんだから楽しめよ〜」
『……っ、ありがとうございます』
開発連合からの研究経過の報告があった。現時点では、胆石から座標を取得し、そのサンプリングデータから差異を検出するところまで進んだ様だ。
そこから次元空間の痕跡について情報を洗い出して、次元空間から現出する座標を取得。直近で突入した座標へと、追っかけ転移する方法を突き止める。
海外海賊はそこまで先行して開発が進んでいるので、後追いする方としては焦りもあるだろうが、基礎研究というのは下から積み上げずショートカットを図ると、応用がきかなかったりして、かえって時間が掛かってしまうものだ。
海賊の侵攻は脅威だが、そこまで頻発するものではなさそうなので、焦って成果を求めてしまうと良くない展開もあり得る。
そもそもゲームなんだし、楽しまなければ損だからな。
続けてFoods連合の対海賊部隊からのレポートを読む。とはいえほとんど被害は確認されていないので、対海賊部隊も出番がない状況らしい。
やはり時差の影響か、比較的早い時間帯でちらほら被害がある程度。18時くらいに襲われている様だ。社会人だとログインできないので、被害者は学生だろうか。
いや週末が休日とは限らないか。年中無休でシフトで休暇をとる仕事なんて山ほどあるもんな。
しかし、人がいない時間だからこそ狙われるとなれば、対応が難しい。日本サーバーでは中型航行船用のコアが配られた為に、個人でも新星系探索できてしまう。その分、狙われやすいとも言えた。
「まあ、各所で警告してるし、あとは自己責任だな」
全てのプレイヤーを救えるなんて思ってはいない。国内の海賊だっていなくなったわけではないし、撃破任務に出没はしている。それらを防ぐこともできてはいない。
結局は自分の身を守るのは自分なのだ。
自分では準備もせずに他人をあてにして、失敗したら文句を言うような人は相手にしなくていいだろう。
「となると探索に出るのは夜のうちが良いんだよな」
時差で昼間の方が向こうの活動時間に重なるのなら、日本が夜のうちに探索に出る方が安全だろう。
「まあ、北米だけならそうかもしれませんが……」
「欧州はもちろん、お隣もゲームは盛んか」
eSportsという言葉もそれなりに普及して、プロゲーマーが成立するようになって久しい。日本では極一部にしか知られていなくても、海外ではスポンサーがついてん千万という年収を稼ぐプレイヤーもいたはずだ。
STGはまだ国際大会が行われる規模にはなっていないが、VRシューティングというジャンルでは先駆けている。ゆくゆくは大会が行われる様になっても不思議はないし、その時に向けて準備するプレイヤーがいたとしても不思議ではない。
手っ取り早く実戦経験、対人戦をこなすには海賊行為はうってつけだろう。
「歯ごたえがないと思わせた方が、襲われなくなるか……いや、プロゲーマー以外にも弱者を獲物にしたい海賊もいるか」
フウカやBJの様な戦闘狂は、手強い相手ほど燃えて突っかかってくるので適度に手を抜いて、面白くない相手と判断されれば、強敵はいなくなるかもしれないが、弱者を食い物にするタイプの海賊には蹂躙される羽目になる。
そして絶対数で言えば後者の方が多いわけで、ノーガードで攻めさせれば被害が広がり、やる気を失うプレイヤーが出るかもしれない。
「倒せるうちは撃退するしかないよな」
それこそフウカやBJみたいなのが相手してくれれば、俺達パンピーは普通にゲームできるかもしれない。
まあ、他人任せにするのも性に合わないが。
「やりたい事は山積みなんだよな」
「という訳で、俺は俺のやりたいようにやる」
「男らしいセリフですが、考えるのが面倒になっただけでは?」
「どのみち本格的な海外海賊やらプロゲーマーに敵うわけないからな。俺は後方支援に徹するべきなのさ」
「マスターは、真面目に戦えば日本で上位のプレイヤーになれると思いますよ」
「はいはい」
サポートシステムとして俺をその気にさせる様にプログラムされているシーナの言葉は、半分に聞いておくのが妥当だろう。ここで本気で腕を磨こうとしたところで、射撃でつまづく未来しか見えない。
「ゴブリンの装備品の分析はっと」
ジェネラルの使っている武具は多次元構造体で頑強に作られている。これらを解析して装甲に活かせないかを研究している。
コバンザメのコバンとはまた違った構造らしく、重量や耐久力のバランスが違っていた。コバンの方が重い分、頑丈な構造になっている。ただゴブリン達の防具は、攻撃を受け流す曲面が多次元構造的に組み込まれているらしく、軽さの割に防御力が高いようだ。
これは航行船の装甲に活かせるかもしれない。
「後は武器の方だが……」
ジェネラルの剣は振ると弾が出る謎武器だ。それに杖を持ったゴブリンは爆発する攻撃を放ってくる。それらは地球の科学とは違った仕組みで動いているらしい。
「解析するにはサンプルが足りてないか」
アームに繋いで振るだけじゃ、謎の弾は出ない。エネルギー源としてはやはりコアなのだろうが、こちらを繋いでも駄目だった。
ジェネラルが握って振るう部分に鍵はあるんだろうが、今の材料だけでは解析できない。
「まあ粒子砲はもちろんレールガンの弾より遅いんだけど」
敵の攻撃として、『見て避けられる』速度に設定されているので、対人戦で使ったとしても避けるのは容易だろう。
それでも高速振動剣や次元断層剣から弾を出せたら、戦術の幅は広がる。
弾速が遅く場に残る攻撃で、粒子砲とは干渉しないので、レールガンの弾のように打ち消すことはできない。
避けるしかないとなれば、次の行動を制限できる。弾が遅いからこそ、その動きを誘導できる訳だ。
「問題はサンプルをどうやって増やすかだな」
ゴブリン王国と呼んでいる星系はまだ他のプレイヤーが踏み入っていないらしく、伝達マークはついていない。
ただあの星系にまだ探していないポイントがあるかは不明。くまなく探索しようとすれば、それなりに時間はかかるだろう。
「先に未踏の座標を確認するか」
夜中の方が襲われにくいなら、夜に探索、昼に研究の方が効率は良くなるだろう。
俺は先に4つ残っているクジラの胆石に刻まれた座標を確認する事にした。