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救難信号の手続きに関しては玉藻御前に丸投げして、俺は自分ができることをやっていく。どのみち多くの人を動かすなんて向いてない。
「次元空間の痕跡を消すジャミングが必要になりそうだな」
痕跡を消せれば海賊が追いかける事はできなくなるはずだ。しかし、それを作るには次元空間に残る痕跡自体を把握するところから始めないといけない。
「次元空間に関する情報は、雁やクジラから集めたやつにヒントがあるよな」
クジラの胆石には座標の記録が残っている。それはクジラが次元を渡った痕跡なのだろう。雁もまた専用の器官を持っていて、時空での自分の位置を把握して、出られる場所を見つけていた。
痕跡を辿るという意味では、クジラの方が近いか。
「胆石に残る情報を集めて、比較、解析をしていくのが必要か」
それには大量の胆石が必要だが、胆石に刻まれた座標はプレイヤーの財産。複数所持して持て余しているなんて人は……。
「いるかもしれないな」
俺は心当たりがあったので、早速玉藻御前から情報を引っ張り出すことにした。
Golfサーバーのステーションへとやってくる。そこに目的の連合ロビーがあった。
「すいませーん、約束した霧島ですー」
照明が落とされ閉店中の様になっているロビーで声を出すと、奥の方から声が聞こえた。薄暗がりの中を進んでいくと、急に横手のドアが開く。
「こっち、入って」
「し、失礼します」
まるで秘密基地の様相を呈しているが、実際は結構悲惨な状況だ。まだログインしててくれたのが不思議なくらいだ。
「はじめまして、霧島です」
「ジョン・スミスです」
最も有名な偽名で答えたのは、活動を隠さなければならない開発連合に所属するメンバーの1人だった。
「既に開店休業というか、ログインしてる人間はほとんどいないか、脱退してるんですけどね」
「それは……何と言っていいか」
「いやいや、俺としてはあの特攻を見せてくれた霧島さんに会えただけで、残った価値がありますよ」
開発連合は艦隊戦での反物質攻撃から、一気に批難が集まり、所属しているだけで白い目で見られる存在になってしまった。
「あの当時は大活躍して、一気に有名になることを夢見ていたんですけど、逆の意味で有名になってしまいました」
反物質による攻撃で相手の主力を叩き、その後のレイドを有利に進めるはずだった。まさか初手で殲滅できるとは思ってもいなかったのだ。
「拡張キットが発売されて、次元空間を自由に渡れるようになり、狙ったポイントに穴を開けられるようになった」
その一方で、反物質の生成には大量のエネルギーが必要とされ、その部分の改良は頓挫していた。そこを打破したのは、クジライベントでかき集めた大型コアだ。効率よく生成するには至らなかったので、大量の大型コアを利用して物量で生成を行った。
反物質の生存時間もまた極端に短く、ミサイルなどに搭載して弾頭とするには技術が足りていなかった。
そこへ次元空間で生産地点と攻撃地点を繋ぐ事で、生成したそのままを相手にぶつけるという原始的な、非効率な手段を使用。
間近に迫っている艦隊戦の前に、ろくなテストもできないままのぶっつけ本番。威力はそこまで期待していなかった。
「しかし、蓋を開けてみれば、反物質はその性質上、量が増えれば爆発的にエネルギーが増えてくる。大型コアを大量に作り、即座に反応させた事で想定以上の火力が出てしまいました」
艦隊の質量を奪いつつ、それをエネルギーに変換する反物質爆発は、大量の中性子も生み出し、艦隊が抱えていた核物質を一気に反応させてしまう。そうなると反物質のエネルギーが失われた後は、核反応により、新たなエネルギーが生み出される。
核融合反応は熱量が上がっていくと、最初の融合で生み出された物質が、更に反応を繰り返し、大量のエネルギーを放っていく。
コントロールを失ったエネルギー爆発の連鎖は、艦隊の大半を飲み込んで、莫大な戦果を上げる事となる。
「まさに後の祭りでしたよ」
あまりの被害の大きさに、反物質の生成はすぐさま止めたが、核融合の連鎖はとどまる事もなく、艦隊を呑み込む。
戦局は一気に収束し、大勝を味方へともたらす。
本当の戦争であれば味方を守る大役を果たしたと言えるが、これは戦闘を楽しむゲーム。その楽しみを摘み取った功績は、大罪に転ずる。
「主要連合に反物質による攻撃を伝えていたので、誰が、どこが原因かが広まるのに時間はいらなかった」
想定外の事態。主要連合の主なメンバーは、分かってくれたが、枝葉の人間にとっては楽しみを奪った戦犯者。誹謗中傷に晒されるのは当然の流れだ。
掲示板で名前が次々と暴かれ、そのアバターも公開。ロビーにいればこれみよがしに嫌味を言われる。
開発連合に押し込まれた状況でのプレイは、ストレスが多く、1人抜け、2人抜けと脱退、ログインしない人が増えて、もはや新星系の探索に出ようという意欲を失ってしまった。
「俺がここに残っている理由? もう意地しかないよね。誹謗中傷されても、俺が遊ぶことを止める事はできない。ならば俺は俺として遊ぶだけです」
「おおーっ」
「それを示してくれたのは、他でもない霧島さんじゃないですか」
シーナ暴行からの炎上騒ぎで、最前線から姿を消したはずの成金王は、随所に顔を出して結果を示し、敗色が伺える戦場で航行船でのレイドボスへの特攻で存在感を示してみせた。
「あの大型航行船を見て、発足した開発連合。それが炎上騒ぎでめげていては、霧島さんを追いかける資格などありません」
「そんな大層なもんじゃないんだけどね」
「なので俺としては、霧島さんに協力できる事があれば、何でもする所存ですよ。少しでも貴方に追いつくために!」
熱く語るジョン・スミス。
その熱意を見ると偽名じゃなくて、本当のプレイヤーネームなのか。
ひとまず海外の海賊が日本を狙っている話と、それを打破した後に必要なジャミング装置の開発について話してみる。
「ありますよ、クジラの胆石。大型コアを集めるために狩った副産物ですが、探索を行うには十分な人手がなかったので、大量に余っています」
俺の狙いは当たり、開発連合には使い道のないクジラの胆石が大量に眠っていた。
「それに新装備の開発は、うちの連合の設立動機そのもの。全力でサポートさせてもらいます」
「それなんだけどね。いっそ、開発連合主導で次元痕跡ジャミング装置を開発してみないか?」
今後訪れる海外海賊襲来は、一大イベントとなる。それを救う装置の開発は、失墜した開発連合が再浮上するきっかけにできるだろう。
「そんな手柄を横取りする様な真似は……」
「いや、ぶっちゃけた話、胆石から痕跡情報を集めて、理論を作り、更にそれを妨害する装置を作るには人手も手間も必要で、面倒くさい基礎研究となる。俺の手には余るんだよ」
俺は根っからの研究者というより、閃きでモノを作る発明家に近い。今回の様な下地が大事な研究は、開発連合のような組織力がモノを言うだろう。
「ですので、サポートはするので、完成品は霧島さんが取ってくれれば」
「そんな事したら、また悪名高い成金王にされるよ。ぜひとも救世主としての役目は、開発連合が果たしてくれ。俺は海賊撃退の手助けに全力を尽くしたい」
「なるほど、分かりました。俺達は俺達ができる役割を果たします」
「こっちが困ったら相談させてもらうしな」
「その時は協力させてもらいます」
体よく面倒な開発を押し付けた俺は、心置きなく新兵器のテストへ向かうのだった。