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「それじゃ、そろそろ帰らんとな。貴重な情報をありがとう」
「自分の用事がすんだらさっさと帰るというのか」
「ちゃんとリンダとの接し方を改善してやっただろうが」
「むう……」
拗ねた様子を見せたBJだが、すぐに笑みを浮かべる。
「まあ、経過観察は必要だろう。次の訪問を待つとしよう」
「俺の手がいらんように、リンダと直接回線繋ぐとかできるか?」
「やってみます」
シーナとリンダが直接やりとりすれば、情報としては十分だろう。
「じゃあ、リンダもシーナを頼ってくれ。一応、AI界じゃトップクラスの実力らしいから」
「これはトリオ漫才も夢じゃないですね」
「変な趣味は押し付けるなよ」
「よろしくお願いします」
律儀にもリンダは頭を下げてくる。シーナとしても満更ではなさそうだ。可愛い後輩ができた感覚だろうか。
俺としては早く玉藻御前に海外海賊の動向を確認したいところだ。
「そういえば、万唱の正体は高く売れそうなんだが、売ってもいいか?」
「それが君の助けになるなら喜んで。もちろん、貸しにはさせてもらうが」
玉藻御前に万唱の正体を伝えれば、色々な面で優遇を受けることができるだろう。BJの許可があれば情報を売るのに問題はない。問題はないが、貸しが高くつきそうだ。
「そろそろネトゲに付き物の機能が追加されそうだから、その相棒になってくれるだけでいい」
「その機能とは」
「マリッ……」
「却下だ。フウカに売ってもらうか」
「卑怯なっ」
まあ、フウカとは話すことすら難しい訳だがな。今のBJはそこまで知らないだろう。
「ま、まだその時じゃないと言うことだな。万唱の影響力が上がれば、情報の価値も上がる。そうなると、どうしても利用せざるを得ない場面が来るかもしれない」
「いやはや、成金王に釣り合う存在になるというのは難しいものだ。それだけに萌える」
「本当によく分からない関係です」
リンダの困惑顔が印象に残る別れだった。
Foxtrotの第2惑星に戻った俺は、早速玉藻御前にアポを取ろうかと思ったが、深夜の時間帯になっていたので保留。
鳥籠のネットレシピから鋼線の開発を設定して、ログアウトする事にした。
土曜日の朝、玉藻御前にアポを取ると、即座に返答があった。接客業として、いつでもスタンバイしているメンバーがいるようだな。ゲームでそんなに張り詰めてて疲れないんだろうか。
「憎まれ口を叩きつつよく逢いに来てくれるのぅ。あれか、ツンデレと言うヤツかの?」
「太夫個人に用はないよ。情報屋としての価値を買ってるだけだ」
「照れずとも良いのに」
クツクツと笑う太夫。ここで張り合ったところで、水掛け論にしかならないだろうからぐっとこらえる。俺ってば大人。
「それより玉藻御前として、海外の情報はどれくらい仕入れている?」
「それはもちろん、海外の攻略サイトは確認しておるし、開発している物や実力者のリストなどは揃えておる」
「海賊の情報は?」
「もちろん、有力そうな者はピックアップしておるよ。悪の帝国を名乗るダークベイダー卿とかが有名じゃな」
「そりゃまたギリギリアウトな名前じゃないか」
「プレイヤー名など好き勝手つけるのはどの国も変わらん」
まあ日本でもクラウドやらキリトを見ないネトゲは無いからな。
「そいつらの動向は? 新星系探索になって、海賊行為がしづらくなってるはずだが」
「そうじゃのう。向こうは海賊との対人戦目当てに撃破任務もまだ盛んじゃから、日本に比べると飢えておらぬようじゃ」
BJが言っていたのと少し違うな。
「ふむ。海外の海賊が日本を狙って、次元空間を追跡するツールを開発しているとか小耳に挟んだんだが……」
「なんじゃそれは。初耳じゃ……あ」
情報屋として知らないと口にするのは失敗と思ったのか、太夫が口を噤む。
「ネタ元はあかせんが、それなりに信憑性はありそうだから、裏を取ってくれると助かるんだが」
「ガセの可能性も残されてるなら、知らなくても仕方ない、仕方ない。うむ、ひとまずこちらで洗ってみるとするのじゃ」
小声で自分に言い聞かせるように呟いた太夫は、俺の依頼を引き受けてくれる。
「本当に新星系でも襲われる様になるとするなら、数多のプレイヤーに関わるからのう」
「ああ、ログイン率が落ちてる所に、海外勢に蹂躙されるとかは避けたいんだ」
過疎っていくゲームを見るのは辛いからな。フレンドリストがずっとオフラインの人が増えていくのは、結構堪えるものだ。
「それじゃ頼んだ。俺は海賊襲来があるかもしれない想定で準備を進める」
「何をする気じゃ?」
「海賊に対抗できるのは、賞金稼ぎの連中だろ。その辺に注意喚起しておく。信じてもらえるかは、太夫の情報に掛かってるからな」
「中々プレッシャーを与えてくれるの」
そう言いながらの太夫は楽しそうに笑っていた。
「Foods連合には、いつでも行けるから、まずは拡散粒子砲の完成からだな」
昨夜のうちに開発を進めていた多次元構造を持つ鋼線は、無事に作製が終わっていた。それを拡散ドローンのガットに使用する。
そうして組み上げたドローンへと粒子砲を撃ち込んで、耐久力テストをしていくと狙った効果が出た。数十発の粒子砲に耐えられる様になったので、実戦でも使用できるだろう。
拡散された粒子砲の射程も確認。攻撃力アップ鉱石を付けた中型粒子砲は分散後、小口径粒子砲並みの火力を維持できるのが、普通に撃った場合の半分くらいだな。
もちろん、ドローンに当てた距離により多少は前後するが、一番効率よく範囲を広げられる距離が、そのくらいになった。
「ゴブリン王国で試したいところだが、先にFoods連合に行くかな」
「あ、霧島さん、チーッス」
「ども、こんにちは」
Foodsのロビーに行くと、丁度対海賊部隊として名を売り始めているエースチームのリーダーがいた。
「キーマさんはまだ来てないです。フウカは……いなくなったみたいですね」
「自分ルールに頑固なのは知ってるから、無理に会う必要はないよ。今日は対海賊部隊に話があってきたんだ」
「俺達に?」
海外の海賊が日本サーバーを狙っていること。次元空間の痕跡をたどって、新星系まで追いかけて行けそうな事など、今後の予測を交えて告げる。
「つまり、もうすぐ海賊の活動が再開、新星系探索でも気が抜けなくなるって事ですか」
「具体的にどこまで進んでるかは精査して貰ってるところだ」
「どちらにせよ海賊が来るなら迎撃するしかないですが……どうやって向かうかですね」
こちらには痕跡を辿る手段はなく、次元空間では戦闘は行えない。
「次元空間で待機して、救難信号を受け取ったら急行って形ですかね」
「なるほど、こっちは痕跡を辿らずとも襲われてる方から教えて貰えばいいのか」
「フウカ嬢のスコアも伸び悩んでいたので、海賊襲来はポイント稼ぐチャンスでもありますよ」
「前向きだね」
「最初が肝心でしょうから、賞金稼ぎ仲間にも声を掛けておきます」
「じゃあ、救難信号を出してもらう手続きは、玉藻御前に広めてもらうか」
「お願いします」
次元空間の座標はプレイヤーの持つ財産だが、海賊に襲われているなら公開を惜しむ事もないだろう。後は玉藻御前のネットワークを利用して、集めている裏付け情報と共に広めて貰えば、対応はできるはずだ。
「後は海外の海賊に対して、どれだけ抗えるかだな」
「日本の賞金稼ぎ勢も捨てたもんじゃないですよ」
「期待している」
最前線で戦うトッププレイヤー同士の戦いで、俺の出る幕はないだろう。ならばサポートできるように、新たな鉱石やら開発を進めるのが役割になる。
「機体の調整がいる場合はいつでも言ってくれ」