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巻毛のゆるふわなウェーブヘアーの天使を思わせる丸顔の少女がそこにいた。太陽の様な金色の髪とエメラルドグリーンの大きな瞳。線の細い華奢な体つきで、ローティーンだろうか。儚げな雰囲気が出ている。
「ショタ趣味なのか」
「いやいや、普通に少女タイプなんだが……名前はリンダと言う」
「ふむむ」
「というか軍神の娘が分かるのかね?」
「変な謎掛けを残されたから調べただけだ」
感化されてシリーズにハマっているとは言いたくなかった。
「ああシーナくんをダイアンと呼んだからか。手間をかけさせて申し訳ない」
「しかし、なぜこのモデルを?」
「これは自分で選んだのではなく、拾ったのだよ」
新星系を探っていた時に、惑星上に廃墟を発見。その中から見つけたらしい。
「生物兵器の卵でもあるのかとワクワクしたんだが、拍子抜けだったよ」
「すいません……」
か細いが澄んだ声で謝罪するリンダ。まるで廃墟に居たのが自分で申し訳ないといった雰囲気で、元々そこにいたという認識があるようだ。
「ん? 彼女はサポートシステムじゃないのか?」
「おお、ちゃんと気づいたな。さすが我が心の友よ。実はだな、このアンドロイドアバターを起動した時には、既に人格プログラムがインストールされていた」
詳しく話を聞いてみると、惑星の廃墟にカプセル状の休眠機に眠る彼女を見つけた。拠点に持ち帰り、蘇生プログラムを起動すると目を覚まして立ち上がり、BJを主と認めて契約を交わしたらしい。
シーナ達のアンドロイドとは違い、生身を持った生体アンドロイドと呼ばれる疑似人間になるようだ。
時間とともに成長するようである。
「じゃあ、元々のサポートシステムは?」
「業務を引き継ぐ形で、吸収されたようだ。まあ、シーナくんのように擬似人格があった訳でもないので、良く分からないが」
「すいません、すいません」
ペコペコと申し訳無さそうに謝るリンダ。
「そうなるともはやサポートシステムのAIじゃないし、シーナの育成方法とは関係ないじゃないか」
「そうは言っても、前のサポートシステムはこちらの指示をこなし、必要な情報を教えてくれる業務的なサポートしかしなかったからな。シーナくんの様に会話を楽しむ事もなかったのだ」
「私はかなり特別なのですよ、マスター。まあ、それもぼっちマスターが散々絡んできた結果ですが」
独り言を拾って構ってきたのは、シーナの方だった気がするがな。今となっては遠い記憶のようにも思える。
「私が話しかけると、恐縮するというか怯えるというか、あまり会話にならなくてな」
「すいません、すいません」
リンダはさっきから謝ってばかりいる。
「ちょっとBJは席を外してくれるか」
するとBJは肩をすくめながら部屋を出ていった。
「さて、話を聞こうか。君はサポートシステムなのか?」
「あ、あの、貴方はBJ様の婚約者ですか?」
「「違う」」
俺とシーナの声がダブった。
「どっちかと言うと敵だ」
「敵が家に来るんですか?」
「好敵手……になるのか? 今回は貸し借りの……」
あれ?
俺、BJに借りは作ってないよな。どっちかというとこっちが貸してた様な気もする。いや、アレは大型コアを持つ他次元生物の情報でチャラか。
「何で俺は律儀にお宅訪問してるんだ?」
「約束したからですよ。それを守るために来たのです」
「アレって約束なのか。どさくさに紛れて頷かされただけだったが……」
「でもマスター、BJに聞きたいことがあるのでは?」
「あるような、無いような」
「フフッ」
シーナといつものやり取りをしていたら、リンダが吹き出して笑った。天使の笑みという愛らしい笑顔だ。あれがなぜシーナはできない。
そう思ってシーナを見ると、片頬を歪めて目を見開いた怖い表情を浮かべている。何の顔だそれは。表情筋がバグっているのか。
「まあ、ひとまず俺とBJは慣れ合うような関係じゃなく、互いに利用し合う打算やら駆け引きを行うような相手で、引いてみれば敵なんだよ」
「よく分かりませんが、分かりました」
「それでBJに怯えているのはなんで?」
「BJ様のサポートシステムと統合した際に、肩書と戦歴が明らかになり、逆らってはいけないと思いました」
海賊王で並み居る猛者を返り討ちにするような奴だもんな。表の賞金王には名前がでないようだが、プレイヤーも海賊もかなり倒しているはずだ。
「でも身内に圧力掛ける様な奴じゃないよな」
番長的なキャラじゃない。フウカが懐いているのも、そうした暴力的な雰囲気がないからなんじゃないか。高圧的な所がなく、それでいて遊びには真剣。好奇心旺盛な子供がそのまま大きくなったような雰囲気を感じる。
「リンダが臆病な性格に設定されたのは、BJの深層心理が働いた結果かと思われます」
「そういえば、性格の分析からサポートシステムが最適解を出すんだったか。俺がツッコミを望んでいるとは認められないが」
シーナが漫才を選んだのは、俺との会話が自然に行えるようなチョイスだったらしい。ある種、ボケとツッコミで対等な関係を望んでいるのかもとは思う。
「しかし、臆病な性格って面倒なだけじゃないのか?」
「被保護者、守ってあげたい存在を望んでいるのかと」
「フウカを引き取った様に……か」
面倒見のいい姉御肌という面はあるかもしれない……のか。不良が子猫を拾う様な感じ。
リンダも外見は儚げな少女で守ってあげたくなるというのは分かる。となるとリンダの取る姿勢というのは、怯える少女というは少し違うのだろう。
「いっそ、フウカみたいにお姉様と呼んでみるとか?」
「そんな畏れ多い事をして、廃棄処分にされませんか?」
「シーナ、フウカとBJのやり取りとかデータとして持ってないか?」
「少しだけなら。これをリンダと共有するのですね」
「そうそう。ある意味、BJからフウカを取り上げた形だから、寂しかったのかもしれないしな」
フウカはBJの下を離れて、Foods連合に居候している。それも海賊を脱するためだ。BJと接する機会は減ったというか、なくなっているんじゃないだろうか。
「少し甘えるくらいの妹キャラでいったら馴染む気がするよ」
「……わかりました」
リンダは少し決意した表情で頷いた。
「やあ、もういいのかい?」
メッセージ機能でBJを呼び戻し、リンダと再会させる。
「お、お姉様っ」
「ん、何だい、リンダ」
「ふつつ、つつかですが、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ、よろしく。ちゃんと向き合って貰える様になったな」
「す、すみ……ごめんなさい」
謝る癖は残っているようだが、BJとの距離は縮まった様に感じる。肩書や戦歴からくる恐怖心というのが薄れたのだろうか。そんなリンダの頭を軽くポムポムしながら、BJがこちらを向く。
「別に妹が欲しかった訳じゃないんだがね」
「フウカがいなくなって寂しかったんだろ?」
「ふむ……そうなのだろうか。いや、こっちが忙しさにかまけて、連絡を取れてなかっただけなんだが」
「サポートシステムには、深層心理から主人の望むモノを判断するそうだ。それは正直、本人は望んでないと思い込んでいるものかもしれない」
俺もツッコミを望んでいる訳じゃないが、シーナと会話していると落ち着くのは確かだ。声を出してツッコむ事にカウンセリング効果があるんだろうか。
「まあ、しばらくこのリンダと過ごしてみるよ。確かに前よりは話しやすくはなっているし」
「じゃあ、用事は終わったな。やりたい事もあるし、帰るよ」
「待て待て、せっかく来たんだから、もう少しお話してもいいだろう。何か聞きたい事はないかね?」
そんなに俺なんかと話したいものかね。BJの人を食った態度は、どこまで本気なのかわからない。とはいえ、騙すつもりもなさそうだから、本当に話をしたいというだけなのかもしれない。
まあ、俺としても聞きたいことはあるわけだが。
「じゃあ、少し開発談義をしようか」
「もっと色気のある話はないのかね?」