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「ふむ、星系、全体チャットへの制限か」
公式サイトを見るとそんな規制告知が掲載されていた。どうやら広域に拡散できるチャットを使用して、音楽を流すプレイヤーが増えているそうだ。
ボイスチャットがコミュニケーション手段であるこのゲームでは、部屋で音楽をかけながらプレイすると、音声に音楽が混ざるという事は前々からあった。
しかし、今回の警告は意図的にお気に入りの曲をマイク近くで流す事で、周囲の人間に無理矢理聞かせる様な行為が増えていたそうだ。
「この辺、艦隊戦でフレイアちゃんがライブした影響もありそうだけど、彼女は大丈夫かね」
企業としては、ゲーム内で音楽を流すと、著作権とかの問題が出てきそうなので、制限をかけざるを得なかったというところか。
「自分で楽しむ分には、コックピット内に音楽を流せるんだから、素直にそこで我慢していればいいものを……あ、フウカもやってたか」
ファンというのは布教したがるものなのかもしれない。
ログインしてみると拡散粒子砲の結果が帰ってきていた。艦隊戦以後、初めての合格である。
早速、宙域に飛び出して効果を確認してみると、思った以上に拡散しない。周囲をまとめてと言うよりは、命中率を上げるような効果になっている。
もちろん、早めに拡散してやれば末は広くなるのだが、そうなると威力がほとんどなくなってしまう。
「もうちょっと改良が必要だな」
ある程度予測はしていたので、次の改造ポイントを組み込んで再申請。週末に間に合うといいんだが。
金曜日の晩、何とか2度目の承認が下りて拡散粒子砲が使える様になった。
「おおっ、ちゃんと拡散幅がひろがったな」
狙った通りの効果が出て喜ぶ。加えた改良点は、ドローンの輪にテニスのラケット風に電線を張り、電気を流すことで荷電粒子の反発を誘発した。
「粒子砲の心太ですね」
「しんた?」
「心が太くなる漢字」
「ああ……」
無駄に頭を使わされて疲れるからツッコミも省略だ。
続けてテストしていくと、やはり課題が見えてくる。細い鋼線に電気を流したのでは、粒子砲の直撃に何度も耐えられる訳じゃない。3、4発で断線する箇所が出てきて一気に拡散力が落ちてしまった。
こういう課題を1つずつ解決して、狙った効果にたどり着くのが開発の醍醐味だな。
上級汎用素材から作製した鋼線でダメとすると、他に強度を上げる手段となると、多次元構造にするとかか。通電能力を残したまま耐久力を持たせる事はできそうだ。
しかし、以前ならこの程度の思いつきで開発できたが、今だと「ではその構造はどういったものか」という情報が必要になる。自分なりに組み立てるか、他次元生物の素材から探すか。さらなる分析、理論の構築が必要になっていた。
「BJから入電です」
あーでもない、こーでもないとパズルを組み立てる様に多次元構造をいじっていた俺に、シーナが横槍を入れてきた。
「今は忙しいからまた今度に……」
「マスター、約束を忘れたんですか?」
「約束……」
「私の様に優れたAIを育てるための手法を教えると」
「あ、ああ……」
どさくさに紛れて頷かされた奴な。あれを約束と言って良いものかどうか。
「早く、繋ぎますよ」
「ええー……」
『ふふ、本当に優秀なサポートシステムだよ、シーナくんは』
もしかして、凄いとか優れてるとかおだてられたから、俺の意志よりもBJの都合を優先してたりしないだろうな。サポートシステムとして失格じゃないか。
『さあ、我が家へ招待しようではないか』
「捕えて逃さないつもりじゃないだろうな」
『君とは競い合ってこそ意味のある関係だ。一時の拘束など邪魔でしかないよ』
「それならお前の家に行くのも時間的拘束を受ける訳だが」
『本当に嫌われているようで悲しいよ。でも約束を反故にする様な男でもあるまい』
「……分かったよ」
その約束についても言いたいことはあったが、押し問答した所で時間のムダであろうことを悟る。面倒な用事はさっさと済ませてしまおう。
航行船は使用せず、ハイドロジェンでダクロンへ。星系に入った途端、ロックオンレーダーを浴びせられたが、ミサイルを撃たれる前に一気に加速して振り切った。
「いくら襲う場所がないからって、ゲート出た瞬間に攻撃かよ」
海賊達にも不満が募っている様である。いや、普通に新星系の探索しろよ。中型コアは貰ってるんだろうに……海賊には配布されてないのか?
などと考えるうちに、小惑星帯の中にあるBJの基地へとやってきた。前回と違って防衛機構による歓迎はない。そのまま中央の一回り大きな小惑星に開いたハッチへと着地。ハッチが閉じるのを待って、コックピットから出た。
くるりと周囲を見渡すと、通路の1つに人影が見える。浴衣の様なデザインのパイロットスーツ姿は、以前探査ポッドから送られてきたものと一致する。
「ようこそ、我が城へ」
「本当に難攻不落の城らしいな」
数多のプレイヤー、海賊を寄せ付けなかった要塞は、大型コアはそこで手に入れたと情報を出した俺に対して、BJとグルになって誘い込んだと難癖つけられ悪評に上乗せされたくらいだ。鳥籠以外にもまだまだ防衛機能が強化されていても不思議はない。
「男性を自室に招き入れるのは初めてだから、緊張しているよ」
などと緊張した様子もなく言ってくる。
「ゲームの中のホームなど緊張するも何もないだろう。そもそもお前が男か女かも分からんしな」
「それは最初のボイスチェンジャーを使って見せた時の話か。今の声が地声で、普段BJとして使ってるのが変えた声な訳だが、証明はできないか」
女性プレイヤーであるとしつこく付き纏うプレイヤーがいるから、用心のために変えていたと主張するが、海賊王として一人で行動しているBJならどっちでも変わらないしな。
「ボイスチェンジャーを使った声で歌手デビューなぞできるかと言いたいところだが、楽曲データなんていじってるのが普通だしな」
などとぶっちゃける。まあ、ライブに行ったら全然違うなんて事もないではないしな。男と女の声というのも意外とすぐに変わってしまう。昔、平井堅の歌のピッチを変えると一青窈になるなんて遊びが流行った事もあるくらいだ。
「となると直接会うという手段しかないが、そこまではなぁ。まあ、こうして会って話してくれる分には、男も女も関係ないだろう?」
「付き合う、付き合わないという話にならないんなら、俺としては全然問題ない」
「そうなんだよね。君の特別になりたいと私の乙女心が轟き叫んでしまうのが問題だ。自分の心というのは御しがたい」
「勝手に言っててくれ」
そんな雑談をしている間に、応接室の様な場所についた。以前、探査ポッドから送られてきた映像に映っていた場所だろう。見覚えのあるソファが据えられている。
「くつろいでいてくれ。うちのサポートシステムを連れてくる」
「ああ、そうする」
といってアバターが座ったところで、リアルの俺はずっとゲーミングチェアに座っている訳だが。そういえばいつの間にかシーナの格好が、マリーに仕立てて貰ったドレスへと変わっている。
やはり何度見てもよい作りだ。
無言で佇む姿は神秘的なアンティークドールを思わせる。
おめかしをしているのは、BJに褒められたいというのがあるのだろうか。そういえば、フウカに見せる様な敵対心を、BJには見せていない。
どちらかというとBJの方があからさまに色仕掛けをかけてくるのに、反発はしないのだろうか。特に胸部装甲ではフウカよりBJの方が厚そうだし。
「マスター、失礼な事を考えてますね」
「な、何の事やら……」
シーナの読心術は凄すぎないだろうか。何で的確に分かるんだ。
「すまない、待たせた。おやシーナくん、素晴らしい衣装だね。とても良く似合っているよ。私では出せない雰囲気だ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
軽く会釈して答えるシーナ。いつもと違った雰囲気を出そうとしているが、違和感しか無い。
そしてBJの影に隠れるようにしてついてきていた人影が、表に出てくる。