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ピコーン。
潜水艦のアクティブソナーのような音が船内に響く。実際、音で感知しているわけじゃないから、単なる雰囲気だろう。
一瞬の静寂の後、次元震が大きくなった。
「キタキタッ、次元震の大きさに注意しろ。実体を持ったヤツに対処だ」
「前方3、右方2、左方1、後方2です」
「うひっ、前の方が多いのか」
「早く退避しないと、狙われます」
「まだだ、今動くと注意が俺に集まってしまう」
メインエンジンは起動せずに、補助電源でスラスターを使って位置を調整しつつ、サブディスプレイに映していた不明機の動向を見守る。
すると周囲にいる他次元生物が動き出した状況に辛抱しきれなかったか、純粋に驚いたのか、ステルス機はメインエンジンを始動させて、一気に加速を開始する。
この宙域を離脱するつもりだろうが、かなり内側まで引っ張ってやったから、簡単には脱出できまい。逃げようとする先々にも他次元生物が潜んでいるはずだ。
俺の周囲に現れだしていた他次元生物も、多次元化合物を発見して一気に慌ただしくなる。
「蜘蛛型か」
「タランチュラですね」
サブディスプレイに他次元生物の情報が表示される。8本脚の毛むくじゃらな生き物は、跳ねるような動きでステルス機へと群がっていく。
「クワバラ、クワバラっと……」
ステルス機に向かう他次元生物に蹴られないよう、スラスターで移動しながら、周囲が大人しくなるのを待った。
「結局、何が狙いだったのか」
最初は俺を狙った海賊かと思ったんだが、それならもっと早い段階で襲ってきても良かったはずだ。
「ちなみに宇宙船の状態でも称号とか名前って分かるのか?」
「名前は公開していなければわかりませんが、称号は確認できます」
「ユニークな称号が付いている以上、名前がバレるのと同義だな。となると『成金王』をつけて来た可能性は高いか」
目下炎上中の俺を見つけて、後をつけるってのはパパラッチ根性なのか、それとも『成金王』の稼ぎ方を盗むつもりだったのか。
「何にせよ『成金王』は有名になり過ぎたか。仕方ない、称号を変えるか」
今選べる称号は……覗き魔とスペース漫才師:ツッコミ担当か……。
こうなるとまだゲーム中毒者の方がましだったな。
「じゃあ覗き魔で」
「それは犯罪者っぽいですよ? まだツッコミ担当の方が……」
「俺はお笑い担当じゃないんでな」
「ええっ!?」
「そこで何で驚くんだよ!? ってか、驚く顔は自然だなぁ、おい」
まあ、笑顔だけが猟奇的なのはわざとだろうとわかっちゃいるけどな。
ひとまず追跡してきた未確認機をまいた俺は、当初の目的である宙域に到着。サンプル用の鉱石を集めていく。今後を考えたら大量に採取しておきたいところだが、ソードフィッシュは積載量が少ない。
かといってマンタで来るには道中が怖い。武装もないし、機動性もないでは他次元生物と遭った時に逃げるのもままならない。
まあ、本来ならもっと装備が充実してから探査を行う範囲なのだろう。偵察艇にヒートブラスターを積んで採掘をやるというのが、裏技くさい。
これ以上の効率を求めるなら、ワンランク上の装備なり宇宙船なりを手に入れないといけないだろう。
一通り欠品していた鉱石を集め終えて、帰路についた。工作機械にこれらの鉱石をスキャンさせて、後は開発で何が作れるかの確認だな。
しかし、第4惑星の公転軌道まで戻ってきた時、そいつらがいた。
『シーナちゃんを解放しろ!』
あの場にいた奴か、動画に触発された奴かは分からないが、俺を狙って集まってきた連中らしい。レーダーに映るのは11機か。戦闘機らしいので、非武装に近い偵察艇で相手にできる数じゃない。
しかし、俺には切り札がある。
『何を勘違いしてるか知らないが、俺は成金王じゃないぞ』
そう、称号は既に切り替え済み。名前は非公開なら確認できないはずなので、同一人物と確定する方法はないはずだ。
『称号付け替えるとか姑息な手段で言い逃れできると思うなよ、覗き魔野郎。こっちはやっと買えたステルス機を全損させられてんだ。貴様の艦の特徴は共有済みなんだよっ』
あー、こそこそ付け回していたストーカー野郎は、こいつらの仲間って事ね。どっちが覗き魔なんだか……。
『宇宙船の形なんて汎用的な物だろ。勘違いだって……』
『主砲換装して、補助ブースターを付けるカスタマイズした艦なんて他にはねえよ』
それもそうか……残念。ハミングバードやマンタならデフォルトのまんまだったんだが……。
『はぁ〜しゃーないか。で、俺が成金王だとして、集団で囲んで袋にしていいのか? 嫌がらせ行為はアカウント停止になるぞ?』
『こっちは仲間がMPK食らってるんだ、その報復行為でアカバンなんてさせねぇ』
あの不明機に追い回されて他次元生物をけしかけた行為が、MPK、モンスタープレイヤーキルになるかどうか……限りなく白だと思うんだが。
逆にこの状況で襲われたとしても、明確に嫌がらせと認定されるかは不明か。
「シーナから何か言ってくれるか?」
「はい、マスター」
『私はマスターに不当な扱いは受けていません。動画で出回っている事も誤解ですし、その事はメーカー側の精査でも明らかです。皆様はそれぞれのプレイをお楽しみください』
『分かっているよ、シーナちゃん。サポートシステムとしてはそう言うしか無いってことを』
『その束縛から解放してあげるからね』
『くたばれ成金王!』
「駄目だこいつら、早く何とかしないと……」
「力になれず、申し訳ありません」
「確信犯は手におえんからなぁ、しゃーない」
そう思いつつもどうしたものか。こっちは武装もない状況。補助ブースター込みでみれば脚はこっちの方が早いはずだが、ステーションに帰れないのじゃどうしようもない。
「まあ、この場は逃げるしかないか」
俺は反転して逃走を開始する。
ここは思案のしどころだ。まあ、撃墜されてソードフィッシュが全損しても、ステーションに死に戻ればまだ2機のストックがあるし、余剰コストもある。再起には支障はない。
ただ出撃する度に執拗に追っかけ回されるとなると、面倒な事この上ない。といってシーナを手放すのもアホらしい。
「どうにか相手に痛手を与えて、割に合わんと思わせるしかないかな」
「しかし、マスター。この宇宙船の装備では、戦闘機と戦うことはできませんよ」
「俺だけならそうだな。まあ、ここは友達に頼むしかないかな」
「えっ、ぼっちなマスターに友達がいたんですか!?」
「失礼なやっちゃな、俺にだって友達くらいいるわっ」
「ああ、類友って奴でしたか」
「違う、強敵と書いてともと呼ぶ方だ」
第3惑星までやってくると、俺が誰の助力を得ようとしているのか分かったようだ。
「この3日で私の次に一緒にいた時間の長い人達ですもんね。友達と言ってもいいですよ」
「普段無表情の癖に生温かい目で見るなっ」
言い返しながら俺は惑星の輪へと飛び込んでいく。付いてきた11機のうち、7機はそのまま小惑星帯へと付いてきて、残り4機は輪には入らず俺が飛び出すのを待つ構えだ。
しかし、輪と言っても実際の厚みは数キロにも及ぶ。様々な障害物のある中、全長10mの機体を追い続ける事はできないだろう。
一方の俺も余裕があるわけじゃない。多少なりと操艦に自信はあるとはいえ、追われながら小惑星帯を飛ぶなんて経験はほとんどない。
対ゴブリンの場合は、待ち伏せを警戒しながらだったので、速度はそこまで出してなかったのだ。
今追ってきている連中は、後ろから散発的に粒子砲を放ってきている。そのプレッシャーは半端ない。
「距離による色分けを頼む」
「はい、マスター」
ヒートブラスターで採掘する際に距離によって色分けするようにしていた。空気の無い宇宙空間では、距離によって輪郭がぼけるという事はないので、遠近感が掴みにくいからだ。
それを視覚的に掴めるように色分けしてもらう。
しかし追ってくるのもVRゲームに手を出すような人間。決して下手な奴らという訳じゃなかった。距離を詰められる事は無かったが、しっかりと付いてきている。
「来ました、お友達です」
「レッツ、パーリィと行こうか」