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「そう言えばマスター。パラス・アテナのパラスってどういう意味があるか知ってますか?」
「宮殿を意味するパレスの語源とかじゃないのか。ギリシャというと神殿とか多いイメージあるし」
「残念、パラスは人名です。その昔、遊んでる時に刺殺した友達らしいですよ」
「いきなりエグい話になったな!?」
なんで神話とか童話って残酷な話が多いのかね。子供に世の中甘くないと伝えたいんだろうか。
神話なんかは歴史を語り継いだ物も結構あるらしいが、アテナの逸話もそうだったりするのかどうか。
「友達殺しの汚名を自らに戒めるために、パラス・アテナを名乗る様になったそうです。マスターもそうならないといいですね」
「そんなフラグ立てるのやめて!?」
ただでさえ射撃は下手でフレンドリーファイアが怖いんだから。
「ん……ちょっと違う反応か」
星系内部へ入る際は、次元震を再表示した状態。その波紋の中に少し違った気配を感じる。波紋の間隔が短くなっているようだ。
引くか押すか少し逡巡し、思い切って加速。ハイドロジェンの加速性能に賭けた。
加速し始めると次元コーティングでも揺れを軽減しきれないのか、メインディスプレイの星が揺れ始め、操縦桿にも振動が伝わってくる。
しかし、ここで速度を緩める訳にはいかない。レーダーには他次元生物の影が映り始めていた。
加速していなかったら丁度いたであろう空間に、ソレが姿を現した。次元震を起こしながら、飛び跳ねる様に出てきたのは、白地に赤や黒の斑模様が浮かんだ魚だ。大きな口には、ヒゲが伸びている。
しかも一匹ではなく、少なくとも十匹以上が次々に飛び跳ねて、獲物を探すように口をパクパクさせていた。
「数が多いな」
一匹一匹のサイズは大型戦闘機並である。ハイドロジェンは、次元航行システムを外した箇所にレールガンを積んであるが、当てられるかが問題だ。
池に餌を投げた時のように、互いを押しのけながら大口を開けて、襲ってくる姿は恐ろしい。
悔しいがここは逃げの一手か。
星系の中心、恒星の側にある第1惑星を目掛けて進んでいく。すると加速が鈍る感触がある。
「なんだ!?」
「重力に歪みがあるようです」
次元レーダーに等高線の様な輪が表示されていた。その輪を越える度に機体が重くなる様な感触がある。
そして行き足が鈍ると、後方からやってくる魚影が近づいてきた。これは恒星に向かうとダメなのか。等高線に沿う形で向きを変えた。
すると恒星から離れる方向に力を受ける。流れ過ぎないようにベクトルを調整しながら、滑るようにバランスを取った。
「これはサーフィンかスノボみたいな感覚か」
ダートコースでドリフトしている感覚にも近い。向いている方向と、移動してる方向にズレがあった。そこを揃えれば一気に加速できるが、川に流される様に自由が利かなくなる。
波に逆らうように、乗るように、姿勢を制御した方が、次の行動が取りやすいはず。
「来たっ」
魚影がレーダーに映り、迫ってきている。恒星に向かってグングン登ってきていた。横から食いつく様に出てくるのを、進行方向のベクトルを調整する事で避けていく。
「これ、星系中が他次元生物の巣なのか!?」
無数に次元震の波紋が広がっていた星系内。それぞれに次元空間から顔を出す魚によるものだとすると、どこに行っても敵だらけだ。
「一匹釣って倒すとかできる状況じゃないな」
小惑星とか掘ってる時間も無さそうだ。となるとこの星系はいかに魚を狩るかという星系なのだろう。
「新星系探査になって、その星系の構成自体はシンプルになってるのかね」
攻撃する事を諦めて逃げに徹すれば、魚の攻撃は単調で対応しやすいだろう。囲まれなければどうということはない。
「ただ行く先々にいるから、振り切るには星系外に出るしかなさそうだな」
そう考えていたら、そこまでシンプルでもなかった。
「雲?」
惑星でも小惑星でもない細かな氷の塊が正面に広がっていた。宇宙空間では小さな塊は他の大きな小惑星の重力に引かれて集まっていくはずなので、細かな氷が広がるなんて状況は珍しい。
考えられるのは氷の塊が砕かれた直後、広がっている最中といったところか。
「となると、中に何か……いるっ」
雲の中に細長いシルエットが見えた。蛇か?
今までにない存在に警戒心がわいて、大きく動きを切り返す。多少速度を削られても恒星側に舵を切り、動きの向きを変える。
すると氷の中から一条の光が発射された。
恒星に近づく事で貯めたエネルギーを解放、坂を下る方向に一気に加速することで的を外す。
「やべぇ、やべぇ、こっちの動きを見て狙いを付けてたみたいだな」
レーザーか粒子砲かは分からないが、俺が駆け抜けた範囲を薙ぎ払う様に振られていた。今までにない加速を使っていなければ、当たっていたかもしれない。
「この星系のボスって事か」
魚だけでも対処できないのに、ボスまでいるとか俺の手に余るな。坂を使って加速した勢いのまま、一気に星系外を目指した。
「探査ポッドも軒並み食われるな」
後で分析に使えるかと思い星系内に入った所で、探査ポッドを射出していったが、近くで次元震を検知したと思ったら信号が途絶えている。
しかも一つの探査ポッドに幾つもの魚影が競うように近づいてくるので、ポッドで一本釣りというのも難しそうだ。
「悪食なら爆弾でも食わせたら一発かもしれんけど」
普通のミサイル程度の爆発なら、食い潰されそうだな。核や反物質弾ならいけるかもしれないが、どちらも開発できてないし、今から作るのはハードルが上がっている。
俺が抱えてる独自開発としては、次元歪曲系もあるが、剣で止めたままだ。ここから次元断層系の弾頭を開発できるかどうか。
「拡張コアを付けて出力をしっかり持たせれば可能だとは思うが、魚一匹倒すだけじゃ足が出そうだしな」
極小のコアは、ゴブリンからも取れるが、かなりの数を倒さなければ出ない。それを2つ使って拡張コアにしつつ、使い捨ての爆弾にするのは効率が悪くなる。
集まってくる魚が、この星系でのザコだとすると得られる物も期待はしづらい。
雲の中にいる蛇みたいなボスは、頭が良さそうな雰囲気があった。爆弾を食べるかを賭けるには分が悪そうだ。
「あの魚が鯉だとすると、雲の中にいるのは龍なのかね。となると、恒星周辺は滝になっているイメージか」
本来は恒星に近づくほど重力が強くなり、引っ張られるはずだが、近づくほど押し戻される感じだった。
次元レーダーに反応があることから、何らかの力が溢れ出しているのだろう。あれを掻き分けて登っていくには、強靭なエンジンか次元の波を乗り越える何かがいりそうだ。
鯉の滝登りからの龍化となると、ボスとしてかなり強そうだな。西洋のトカゲの王様的な竜でも十分強そうだが、東洋の龍は神様のイメージだもんな。
あの雲の中での戦闘というのも曲者で、速度が速すぎれば、氷の粒でも船体にダメージを受ける可能性が出てくる。
逆鱗に触れる前に撤収しておくかな。
「あ、ギャルのパンティをお願いする場面か」
「おまわりさーん、この人でーす」
「いやいや、龍への願いの定番だからっ」
現段階では詳細の探索は無理だと諦め、俺はその星系を後にした。
そろそろ息切れかな……