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日曜日。拡張キット販売から既に10日ほど過ぎてしまっている。しかし、何とか船出にこぎつけた。
次元航行の方法は、システムを起動して次元空間へと入り、そこからクジラの胆石に刻まれた情報を元に、出現する3次元空間を選択するというものだ。
宇宙は恒星間の距離が数光年ほど離れているのが一般的。光の速度で進んで何年も掛かるのだ。そこを3次元で進んでいたら、新たな星系など発見できるはずもない。
また多くの物質は恒星の重力に引かれて星系内に集まっており、星系の外に行くとほとんど物が存在しない。
何もない空間を宛もなく探索するというのは、不条理極まりないだろう。
なのでSTGでは宇宙を回遊している他次元生物から情報を汲み取り、道標とする事となっていた。クジラの胆石には、たどってきた星系の情報がメモリーされており、それを読み解く事で次元空間上の座標を知ることができる。
一つの胆石で10箇所ほどの情報が記録されており、そこがどの様な空間なのかは事前には分からない。
艦隊戦で修正される前なら、次元航行能力を持たせた探査ポッドを先に送って精査もできたが、今は航行船でしか次元の壁を越えられない。
「ギャンブルは好きじゃないんだけどな」
「石橋は叩いて人に渡らせる……ですね」
「ああ、ポチョがいればなぁ」
などと酷い会話をしてしまった。人柱を使うとか、犯罪適性でマイナス評価になりそうだ。
「そんなに臆病にならなくて大丈夫ですよ。もし犯罪が身近で起こった場合に、参考にされる程度ですから」
「そうは言ってもなぁ」
「まあ、その臆病さが切れると危ないとされる可能性もありますが」
「おいおい。どうすりゃいいんだよ」
「どうするもこうするも、犯罪を犯さないなら何も気にする必要はないって事ですよ。監視カメラで行動を遡れたとしても、身の潔白が証明されるだけで問題ないのと同じです」
「犯罪者になるつもりはないけどな……」
犯罪適性の高さで事前に社会から除外されるシステムが稼働すれば、それは秘密警察がはびこるディストピアになってくるのか。
それとも人間が介入する余地のないAIの判定であれば、理想社会となっていくのか。AIが人間を不要と判断して排除し始めるSF作品は多いけどな。
未来の話とは思いつつ、監視カメラやドライブレコーダーが当たり前になるまでの時間を考えると、そう遠い未来の話ではないのかもしれない。
「難しい話は置いといて、行くぞ新星系!」
「おーっ」
俺は10個ある座標の中から一つを選ぶ。事前に判断する材料がないなら飛んでみるしかない。
次元の壁を越えて、3次元空間へとやってくるが、周囲は遠くに星が見えるだけ。恒星の場所も見つけられない。
レーダーにも反応はほとんどなく、そこでやっと恒星の方向が分かる。
「小型低温恒星の星系ですね」
「何もないな」
「恒星が小さく重力が弱いために、周囲の小惑星を留めおけなかった星系です」
「つまり恒星しかないと」
「ありていにいえば、ハズレ星系です」
「むむむ」
この星系から離れようにも、次元航行システムにチャージが終わらないと次元空間には戻れない。
となると恒星に向かってみるしかないか。
「機動性の高いパラス・アテナなら移動しようと思えるが、普通の航行船でハズレ星系に来たらする事が無さそうだな」
「まあチャージ中は一旦ログアウトして時間を過ごす感じでしょうか。とはいえ、ここまで何もない空間は珍しいはずですが。さすがマスター、サススカです」
悔しいがスカなんだよな……。
一応、恒星までやってきたが、見るべきものはなく、採取する鉱石もない。恒星はちゃんと燃えているのだが熱量は低い。このまま一人燃え尽きていくのかと思うと物悲しい。
「もしかすると、彗星なんかがやってきて惑星になってくれる可能性も微レ存ですよ」
「途方もない時間を要するよな、それも」
何とかチャージが終わり、その星系を後にする。
次元空間に戻った俺は、続けて次の星系へと向かう。
「おおおっ」
すると3次元に現出した瞬間から、画面が揺れる。地震かと思ったが、揺れが収まる気配はない。レーダーを確認すると、次元震が絶えず起こっているようだ。
「こここ、これは、大丈夫なのか」
「マスター、揺れてるのは画面だけなので、声を震わせる必要はないんですよ?」
「そ、そうか」
ちょっと恥ずかしい。でも人間、視界が揺れていたら、その気になっちゃうじゃない。
「それで次元震の方はどうなんだ。機体が捻れたり、変な空間に飛ばされたりしないのか」
「今のところ問題ないです。クジラの尻尾で起きた次元震に近いかと」
「クジラの群れでもいるのか」
レーダーでは雨の水たまりくらい波紋で埋め尽くされている。表示を切り替え、次元震を非表示にすると星系の姿が見えてくる。
「メインディスプレイの星の揺れを軽減できるか?」
「差分を排除、静止的に表示します」
上下左右にブレていた星の動きが収まり、普通の星系の様になった。
「表示と星々の位置に誤差が出ますので、ご注意下さい」
「恒星を軸に惑星の公転軌道の平均から平面を設定。ゼロ水平に設定」
「惑星の公転軌道を出すにはもう少し探索しないとダメです」
「そうか。ひとまず、外縁にそって半周くらいしてみるか」
航行船パラス・アテナに乗ったまま、星系を探索していく。ハイドロジェンに乗り換えなくていいのは便利だな。ただ戦闘になるようだと、ハイドロジェンかハミングバードで出るしかないので、そのラグが心配だが。
「しかし、こんなに次元震が起こっていると、他次元生物がどこにいるかわからないな」
他次元生物の素材を解析して、次元の浅い層まで探知できるようになっているレーダーだが、それでも波が多ければ何も見えないのと同じだ。
星系内部へと入る時は、ハイドロジェンで出るしかないな。
恒星系の広さは半径が光速で15分、1秒間に30万km進むので、15×60×30万で2億7千万kmほどになる。太陽系と比べるとかなり小さい星系になるが、STGでは基本単位となっている。
それを小一時間で半周できちゃう訳だが、実際はそこまで高速になっている訳じゃない。ゲーム的に端折ってくれているだけだ。
まあ探索なんて何もなければ、楽しくもないのであまり時間を掛ける場面でもないという判断だろう。
星系を半周しながら5つほどある惑星を観察、公転軌道の予測が出る。第3惑星までは結構、太陽に近く、地球と同じくらいの距離に第4惑星。外縁部に第5惑星が存在していた。
「ガス惑星はなく、岩盤惑星ばかりの様だな」
鉱石を得るには掘っていくしかないだろうが、それなら小惑星を探した方がいい。第4惑星と第5惑星の境目辺りの宙域に、小惑星帯があるらしい。
「どんな鉱石があるか楽しみではあるが……」
問題は随所で起こっている次元震だろう。他次元生物が絡んでいない自然現象の可能性もあるが、やはり警戒して損はない。
第5惑星の公転軌道より外にパラス・アテナを停泊させて、ハイドロジェンで出る。大きさがかなり小さくなる分、揺れを覚悟したがそうでもないようだ。
どうやらクジラのヒゲを利用した次元コーティングが、仕事をしてくれているらしい。
「となると、シーナの部隊は連れて行かない方が無難だな」
「えー」
「ファルコン同士でぶつかり合う未来が見える」
揺れながら加速すると上へ行くのか、下に行くのか定まらなくなるだろう。修正しようとして、次の波に揉まれてとなると、まともに前へは進めそうにない。
次元コーティングが役立ったのはありがたい事だ。逆にいうと、この星系を探索できるプレイヤーは限られているはず。お宝が眠っているかもしれない。
俺はハイドロジェンを加速させていった。