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「ちょっと人は減ってるっすかね」
「みんな新星系の探索じゃないのか」
「いえ、フレンドリストにログインしてない人がちらほらいるっす」
「そうかー」
反物質インパクトは、プレイヤーの意欲を削ぐには十分な影響があったようだ。実際、フレイアちゃんのライブで気持ちが高揚し、徐々に詰まっていく大型船同士の距離。熱い攻防が行われる瞬間に、終戦だったからな。
肩透かしというよりは、喪失感というか呆然といった感じ。ちょっと距離を置こうと思うのも無理はない。ただSTG自体は面白い訳だし、ハードごと買ってる訳だから、そのままフェードアウトというのも考えにくいが。
「自分達、戦艦拿捕を目指してたんで、かなり前のめりだったっすからね。その時にフレンド登録してた奴はよりログイン率が低いっす」
「そっかー」
反物質研究チームとしては、敵の船団の大きさから、そのままぶつかると被害が大きいだろうから、早めに戦力を削ぎたいという思いで、みんなの為を思っての行動だった。
ピンチになった時に、救世主的に戦功をかっさらうくらいの自己中心的に使用していたら、批難されにくかったかもしれない。
何とも皮肉な話だ。
「実際、開発ってどうなんすかね。霧島さんの開発にはかなり助けられてはいるんすけど」
「面白い要素なのは確かなんだけとな。ただ万人受けするもんじゃないし、腕では勝っているのに、よく分からん新兵器で倒されたとなると、不満に思う人は出るのも分かる」
フウカみたいな生粋の戦闘好きなら、やりがいと捉えるかもしれないが、撃破任務中に乱入してきた海賊からそうした攻撃を受けて、根こそぎかっさらわれたりしたら、腹立たしいことこの上なしとなるだろう。
レースゲーなんかでもカスタマイズあり、なしで別途にレースする事もある。ただ走らせたい人間にはカスタマイズで差がつくのは嫌って事もあるだろう。
「現状は、新兵器の開発はほぼできない状況だな。レア鉱石を使用した武装の強化まではできるが、次元空間を利用したものなんかは軒並み不許可で返って来ている」
「そうなんすね」
「でもまあ戦闘がメインのこのゲームで生産なんてやってる連中は、何らかの活路を見出そうとするだろうさ」
そういう意味では奴の意見も聞いてみたいところだが、こっちから連絡することではないな。
「マスター、玉藻御前の太夫から入電です」
「んん、新しい情報なんてないんだが、何かあったかね……」
首を傾げるとシーナが自分を指差しながらアピールして、その場でくるりと回転してみせる。その様子にかえって混乱していると、ポチョがフォローしてくれた。
「シーナさんの衣装ができたんじゃないですか?」
「ああ、そんなのもあったな」
「忘れてるなんて、ひどいですー」
自分に直接関係ないと、なかなか思い出さないもんだな。
『ご健勝かえ?』
「まあ、ぼちぼちかな」
『マリーから衣装ができたと報告があったゆえ、ただちに来てくりゃれ?』
「一方的だな」
『待っておるぞよ』
言うだけ言って通信は途切れる。客商売としてそれはどうなんだと思わなくもないが、よく考えると俺は金を払う客じゃなかったな。
「ポチョはどう……」
「行くっすよ!」
ブンブン尻尾を振りながら、食い気味に答えてきた。
Foxtrotのステーションに横付けされた状態のナインテイルへとやってくる。羽衣天女に案内されてロビーに入ると、ポチョと別れて個室へと通される。
そこは畳の敷かれたお座敷風な部屋となっていた。
「ようおこしやす」
花魁衣装の玉藻太夫が迎えてくれる。
「シーナはんは衣装室の方へ案内したって」
「はい、こちらへ」
「それでどないどす、成金王様の近況は?」
「予定が狂ったのは確かだな」
「新星系探索の方ではお見かけせえへんみたいやね」
「まだ船を作っているところだな」
既にボツとなってしまったので、ハイドロジェンに次元航行能力を持たせて、戦闘機での探索を計画していた事は教える。
「ええのん、そんな事教えてもろて」
「もう使えないからな。幾つか回避を試したが、全部却下。艦隊戦以降、新規の開発は頓挫気味だな」
「それで慌てて、船から準備なんやねぇ。ギャップを埋めるための探索の情報は如何どす?」
「まずは自分の目で確かめたい質なんでね」
「そうやろうねぇ」
などと話している間に着付けが終わった様だ。まあ、ゲームなんで実際はその場でも一瞬で終わるはずだが、そこは雰囲気の問題だろう。
和室の襖が開いて、黒いシルエットが静々と近づいてくる。
頭はウィッグだろうか。いつもの黒いショートボブから、シルバーに変わっている。そこに青いバラのコサージュをつけていた。黒いドレスをより映えさせるためのコーディネートだろう。
首から肩にかけては大胆に露出し、長い手袋をはめている。胸元は細かなレースとリボンによって飾られ、少ないボリュームが巧妙に隠されている。
しかし、しっかりとくびれたウエストは強調する様に飾りは抑えられ、線の細さを際立たせていた。そこからふわっと広がるスカートは、随所にフリルがほどこされ、幾重にも布を重ねた様に見える。
そのスカートの前面はシースルーの薄い素材が使用され、幾つかのスリットも入っているらしく、シーナが歩を進める度に、スラリと長い脚が見え隠れするようになっていた。
西洋風のゴスロリ衣装で畳に上がるのは不自然だと思ったのか、土間の辺りで立ち止まり、カーテシーを行う。
「どうでしょうか」
「さすがマリーさんの仕事だ。見事にマッチしているよ」
「そこはシーナ嬢を褒めるところではないのかえ?」
「マスターはシャイなので仕方ないです」
「お前だってバグるじゃないか」
「甘い空間は2人きりになってからというわけじゃな。仕方ない」
「シーナ、後で盗聴器や盗撮機が無いかチェックしておけ」
「了解です、マスター」
「さて、成金王様。マリーの素晴らしい仕事にいくらの値をつけるかのぅ?」
「これはここに通うことの交換条件じゃなかったか?」
「それが等価と思うなら仕方ないがの」
「ぐぬぬ……」
マリーさんの仕事は俺の想像を遥かに越えるもので、俺が玉藻御前に来ることへの報酬としては高すぎる。
そして俺の性格的に貸しを作りたくない質というのも読まれているのだろう。そんな計算ずくの交渉、あえて初手で断つというのもありなのだろうが、マリーさんには敬意を払いたい。
「分かった。俺がコーラルボール戦の突入チームに対してチューニングを行ったのは知っているか」
「最近、フレイくんにもやったらしいのぅ」
それも既に知っているか。さすが情報を生業にしているだけの事はある。
「それを玉藻御前の戦闘機に施す様子を、整備担当者に見せるというのはどうかね?」
「ふむむ……それはまた大きく出たのぅ。トップチームの顧客を分けるということかや?」
「いっそ引き取ってくれてもいいぞ。俺一人でやれる人数は限られてるからね」
太夫としては突然の申し出に釣り合う情報を出せない俺に対して恩を着せるつもりだったかもしれないが、トップチームとの繋がりというのは情報屋としては何者にも代えがたい価値があるだろう。
俺としてはそれなりに時間を取られる作業を代わりにやってくれるなら、それに越したことはない。まさにWin-Winな取引ではないだろうか。
「思ったより交渉上手というよりは、モノの価値観が違うみたいじゃな」
「交渉成立って事で」
俺はシーナを伴い格納庫へと向かう。
それから玉藻御前の大型戦闘機に対して、乗り易さを向上するチューニングを施して、その一部始終を専属の整備士へと伝えた。
もちろん、その人も整備オンリーではなく、自分でも乗るらしいが、戦闘部隊よりは腕が劣るのだろう。
「でも自分用にカスタマイズしていけば、もっと上が狙えそうです」
「ま、頑張ってくれ。分からないことがあれば、質問してくれていいから」
「ありがとうございます」