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「やあ、ダイアン」
「マスター、影響されすぎですよ」
「一船乗りから、宇宙規模の大財閥のCEO。まさに成金王だな」
「すいません、マスター。内容は概要しか分かりませんので……」
「シーナでも知らない事があるのか」
「何でもは知らないです。知ってることだけ」
「それもカンニングだもんな」
などと他愛もない会話をできる程度にシーナは凄い。これでちくちくいじってくるのがなければ、本当にいい相棒なんだろうけど。
「その様子だとマスターはまだ神歌万唱の新曲MVは見てないようですね」
「新曲? この前の奴ではなく?」
「あれはフレイアさんとのデュオだったので、ソロ曲もリリースされました」
「なるほど。売上に貢献しろという事かっ」
「ギクギクッ」
棒読みのシーナだが、リリースされたなら見ない事もない。とはいえアバターNGの万唱がMV出したとて、フレイアちゃんの様な歌って踊れるアイドル的なニーズは無さそうだが。
そう思いながらも視聴する。
ブルース調の静かだが力強い音に、万唱の伸びのある声が乗り、宇宙で散る星々とそれを乗り越え進みゆく開拓者を歌い上げている。
そして非公開だったアバターも公開に踏み切ったようだ。シックな黒のナイトドレス姿で、左手を胸に当てつつ、右手をまだ見ぬ宇宙へと伸ばしながら歌唱する姿は、美しく思えるだろう。
白く抜けるような肌に、漆黒の黒髪。意志の強そうな眼差しを持つ、日本人に近い顔立ち。フレイアちゃんの元気なアイドル系とは対局に来そうな、落ち着いた大人の女性。
ライバルキャラとしては申し分ないだろう。
しかし、俺には引っかかる部分しか無い。
「あれってBJのアバターじゃないのか……」
「そうでしょうね。顔の照合率は95%を越えてます」
「ま、まあ、デジタルデータだし、同じ顔があっても不思議はないか……」
Jinka Bansho、頭文字がJBなのも偶然の一致。先日、意味深な通信を送ってきたのも、ここ2週間ほど連絡がなくリアルが忙しかったというのもたまたまだろう。
そもそもBJはネカマのはずで……というのは流石にもう通用しないか。最初の言動からはおっさん臭さを演じようとしていたのは感じられたが、その後のアピールの仕方は女性的だったと思う。
「まあ、海賊王のアバターは公開されていないので、一致させられるプレイヤーは限られているでしょうが」
さっとタブレットを取り出したシーナは、掲示板の様子を見せてくる。万唱はどこにいるのかという話題でかなり盛り上がっている。
「ま、まあ、俺には関係ないな。JBが誰だろうと、これからどうなろうと」
「そういいつつ動揺を隠せないマスターであった」
そりゃそうだろう。奴は海賊で多くのプレイヤーの敵になってる。それがアイドル的にもてはやされて、真実が暴露された時、どんな反応があるのか。
そしてそれでもまだ俺に絡んでくるのか。
心配の種は尽きない……が、悩んでも仕方ないな。俺がどうこうできるものでもない。
「やることを進めよう」
「流石ですねーマスター。その感情に封をできる割り切りは、AI並ですよ」
だってしょうがないじゃないか。拡張キットが販売されて、早10日が過ぎようとしている。新星系の探索はかなり進んでいるだろう。
俺の場合は、船の準備から進めていかないといけない。
「その割に地上拠点を作ってましたが」
「それも必要な事だったのだよ。この一週間という時間が」
「てっきり小説にハマって放置されたのかと思いましたよ」
「……一週間分の毒を溜め込んでたりしないよな?」
そう言いながらも行動を開始。
まずはオークションを確認していく。見たこともない新星系産らしき品物を極力見ないようにしながら、中型コアを検索する。
「やっぱり下がってるな。しかし、思ったほどでもない」
となるとNPCの販売価格を確認するまで。オークションよりもさらに下がっていた。
詫び石として中型コアが配布された時に感じたのは、既に船を持っている連合にしろ、まだ船を持っていない人にせよ、そんなに大量のコアは必要ないのだ。
となれば換金する人は出てくる。値段が下がり始めれば、後生大事に抱えておく方が損になる。更に売られる数が増えていき、市場経済が組み込まれているSTGでは、NPCの販売価格も変わっていく。
「β終盤の再来ってね」
「……本当に狙ってたんですかぁ?」
疑いの眼差しを向けてくるシーナ。でもこれは本当に最初から狙っていた事だ。市場にダブついた中型コアを買っていき、拡張してやれば大型コアにも負けない出力が得られる。
そして広く作った格納庫に、50m級の航行船を建造し、拡張中型コアを組み込めば、大型船よりもかなり高速な航行船が出来上がる。
はずだったが、ちょっと平日は(読書で)忙しくて、今から船を用意しなければならないのだが。
「船の名前はパラス・アテネですね。分かります」
「それじゃ森のくまさんの相棒になるな。アテナだそうだぞ。とりあえず宇宙最速を目指さないとな」
「パイロットをひき肉にするくらいのGが必要ですね」
「それはやめてっ」
ネタを振って振られてしながら、作業を進めていく。図面はある程度決めていたので、それに合わせてパーツを選択。生産したものを並べて、溶接していく。
とはいえ一晩で作れるものでもなく、一区切りついた所で就寝。翌朝から続きを行うことにした。
『霧島さん、何してるんすか?』
「まあ、船造りだな」
『見に行っていいっすか!?』
「別に面白いもんでもないぞ」
『構わないっす』
翌日、朝から続きの作業をしているとポチョから連絡が入る。どうやら新星系に行かずに、Foxtrotにずっと居るから気になっていたらしい。
「リーンフォースJrの時は見れなかったんで嬉しいっす」
「あの時は時間に追われてた感じもあって、色々と余裕がなかったからなぁ」
大手の連合から早めの修復を期待されたり、特攻の余韻が残ってたりで、妙な焦りがあった気がする。
今作っているのは、本当に趣味に走った作製なので、色々と気楽にやれていた。
「今度は一回り小さいんすね」
「大きいとどうしても加速が悪いからな」
「でも中型よりは大きい」
「うちは、シーナの部隊を用途に合わせて準備したいからな」
「自分の居場所はないっすか?」
くぅ〜んと鳴きそうな顔で聞いてくる。
「まあ、うちの運用上幾つか客間は用意する予定だがね。常駐はさせんぞ」
「それでいいっすよ。来週には給料日で拡張キット買えるんで!」
そういえば、まだ新星系に行けないんだったか。
「神歌万唱のMVデータも欲しいっすね」
「ん、あ、そうね……」
「あれ、霧島さんはフレイアちゃん派っすか」
「ど、どっちかというとフレイくん派?」
「えっ、ショタっすか」
「そうじゃなくて、アクティブシールドを組んだ客だからな」
「ああ、そうっすね。改めて考えると有名人と知り合いなんすよね……フレイくんは万唱さんと会ったりしたんすかねぇ」
「どうだろね」
「アバターでいいから会いたいっすね〜」
「そういうもんかねぇ」
「何かテンション低いっすね?」
「そ、そうか?」
まだ万唱については整理できてないから、人と話せる状態じゃないんだろうな。万唱の歌は嫌いではないというか、どちらかというと好みでもあるんだが、BJとしては敵と見なしてきたからな。
今更態度を変える気はない……はずだ。
というか、BJはこちらから近寄ったら、絶対せせら笑って去っていくタイプだろう。向こうが絡んできたら適当にあしらう、そういう関係が正しいはず。
「そうそうシールド合体機なんすけどね」
話に乗れない空気を汲み取ったのか、ポチョも話題を変えてくれたので、作業しながらの雑談を続けた。