閑話 8
「やっぱりTAUは下がるか……」
Time Access Userの数値を見ながら頭を抱える。昨日の艦隊戦が一瞬で終結してしまった件は、かなり大きなダメージになっていた。
海外サーバーではしっかりとした戦闘が行われ、迫力ある動画が次々と上がっている。
「今回の事態の分析は?」
「はい、報告いたします」
今回使用された兵器は、反物質を利用した広域破壊現象。反物質が対消滅する際に失われる質量がエネルギー保存の法則により、エネルギーとして放出される事による攻撃だ。
プレイヤーの拡張キット販売前の開発状況としては、反物質の大量生産は難しく、反物質の生存時間を極小に設定。安定保持できない事から、兵器としての運用までは不可能と思われていた。
しかし、拡張キットの前倒しにより、日本のごく一部の大手連合しか、大型コアを入手できていない状況を緩和するべく、大型他次元生物を狩れるイベントを提供する。
そして拡張キット販売後は、今までの戦闘機だけではなく、大型船を所持してのプレイが基本となるため、その入手を促す艦隊戦イベントが企画された。
この辺りは万国共通イベントなので、大きな問題はない。
ただ日本サーバーにおいて、反物質の生成に必要なエネルギー源として、大型コアを利用するプレイヤーがいた。
また拡張キット前に次元航行の可能性を模索して、独自に次元空間を利用する開発を行うプレイヤーがいた。これが拡張キット販売後、次元航行システムを解析する事で一気に開発が進展。思っていた以上に融通の利く状況となっていた。
それらが開発連合として連携をとった結果、寿命を短く設定した反物質を戦場に届ける役割を果たしてしまったという結果。
更には拡張キット販売後の諸々の確認事項の優先度で、開発関係はユーザー数の少なさからチェックが後回しにもなっていた。
「次元空間に停泊した大型船内で反物質を生産、ゲートの出口から直接艦隊へと送った形ですね」
「対策としては?」
「次元空間での生産の停止、次元空間下では反物質の存在時間をゼロに、艦隊内などにゲートの出口を作らせないジャマー機能の設定などです」
「艦隊戦についてはそれでいいとして、エクスマキナの方も対策をいれる必要はあるな」
「しかし、開発の有用性が見えるようになったこのタイミングでのテコ入れは……」
「利用者が増えれば、それだけ盲点も多くなる。対処するなら今だろ」
「でもプレイヤーの自由度を抑えると反発が……」
成金王や海賊王などの開発トップ陣が効率よりユーモアを優先している印象だったから、そこに甘えていた部分はある。
効率を求めて開発を進めていけば、バランスをぶち壊す危険は常にあった。
ただ十人そこそこのプランナーが頭を絞って生み出すより、多様な開発物が出てきたのも事実。そこを丸々封印してしまうのは惜しい。今後、他のタイトルを開発する際の資産にもなる。
「エクスマキナの裁定を有人でチェックするのはできそうか?」
「現状で日に数百の申請があります。そこで重複を省いて、エクスマキナのチェックを抜けるのは十件程度ではあります」
「ただ影響範囲を想定して、判断を出すにはある程度時間をいただかないと難しいです」
「バイトデバッガーに判断させる訳にもいかんしな」
今回の様な事があった場合に、責任を負う必要はある。その辺を考えると胃がキリキリしてくるな。
「専属プランナーを配するにしても予算が」
「でもDAUが下がって、売れ行きに陰りが出てしまうとそうも言っていられない」
「エクスマキナの開発認定基準を上げて、通る件数を減らせば、今の人数でも何とか」
「でもこれから開発プレイヤーが増える可能性もあるし」
「基準を上げると、開発継続するプレイヤーは減るんじゃないか」
「一部のプレイヤーしか残らないんじゃ、多様性が減ってエクスマキナを使う意味もなくなってくるぞ」
明確な正解の無い議題なので、様々な意見は出てくる。結局は妥協点をどこに置くかという話だな。
「分かった。エクスマキナの裁定を1段厳しく設定、抜けたものはプランでチェックする方向で試行。無理が出そうなら人員増加も含めて再検討だ」
決断が仕事とはいえ、これ以上の売上への影響を出せば、減俸どころかクビチョンパも覚悟しなければならない。
その辺、海外資本の開発はシビアだ。
「それより、現状OKが出ているものでヤバそうなモノの精査が必要だ。エクスマキナの裁定を厳しくして引っかかるモノをピックアップしてくれ」
「了解です」
「あとプラス要因になりそうな物は?」
「拡張キット販売時に、本体売上も伸びてはいます」
「ゲームの継続性と評価されたか」
「ネット的には、万唱ファンの動きもあったみたいですね」
「彼女を引き止めの起爆剤にできないか」
「アバター公開ですかね」
「本人を説得できそうか」
「どうでしょう。本人いわくアバター秘匿の理由は『ミステリアスな方が面白い』とかなんで、余地はあるかもしれません」
「ほんと、考えが読みにくいですね」
「ゲームを楽しんでくれてるのは確かだし、このピンチに助けてくれと言えば、協力してくれるんじゃないか」
「エクスマキナも関わってきそうですが」
「それな」
「とりあえず、掛け合ってくれ」
精査の結果として、次元航行周りの技術は積載重量を増やして、中型航行船以上でないと使えないようにした。ドローンはもちろん、戦闘機も単独での航行は不可能になる。
そしてドローンの同時操作にも制限を掛けた。自由度が高すぎて、今後のバランスを考えると使える台数を絞るしかなかった。同時に遠隔制御ユニットでの運用数も3機で確定している。
その他、エクスマキナが開発許可を与える閾値を上げて、その審査を通過したものをプランナーが精査、運用可能かの判断を行う。そのため、開発に必要な時間は伸びてしまうが仕方ない。
後は万唱のアバターデビューも決定。もう少し人気が定着するまで待ちたかったようだが、STGのためにひと肌脱いでくれる事となる。
「ひとまずこれで落ち着いて、新星系探索の方で面白さにシフトしてくれればな」
拡張キットの本番はこれからなのである。