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クジラへと続くポイントごとにミラードローンを配置していき、いよいよクジラへと仕掛ける。ナインテイルはまだいるようだったので、少し離れた場所で戦闘を行うことにした。
光の到着には12分ほど掛かるので、システムを起動してから、しばらくは待機だ。
「ソルレーザー到着まで後2分です」
「それじゃ仕掛けますか」
クジラの群れが通っている宙域に対して、高速回転弾を撃ち込む。ダメージ量としてはさして期待はできないが、獲物を釣るには十分だろう。
ある程度のホーミング性能はあるし、相手は300mクラスの大物だ。射撃が下手な俺でも外すことはなかった。
横っ面に一撃を食らったクジラが、何すんじゃいという剣幕で、こちらへと向きを変えた。徐々に近づいてくる様子に安心しつつ、ディスプレイに表示したレーザーの到着時間を確認。あと一分半ほど。
お供のコバンザメが腹の下に見える。
レイドの時と違って、ステーションではなく自分に向かってくるのは思っていた以上にプレッシャーを感じる。
スカラベや移動型ステーションなど戦闘機よりかなり大きなサイズの物を見慣れたと思っていたが、やはり大きいものは大きい。
レーダーを確認するが、そこに表示される数字よりかなり近く感じた。
「空気がない分、はっきり見えるからかな」
ある程度距離が詰まってくると、コバンザメが分離して、こちらへと特攻してくる。こちらもクジラに比べると小さいだけで大型戦闘機並みの大きさがある。
「よくポチョは平然と受け止めてたな」
勢いよく迫ってくるコバンザメはかなり怖い。ポチョはシールドで受け止めていたが、俺はそれより前で次元断層剣を撃ち出す。
対するコバンザメは頭を下げて、頭の上に付いているコバン部分で跳ね上げる構えだ。しかし、レイドの時には苦労したそのコバンの硬さも、今の剣なら切り裂けるはず。
次元の歪みをまとった刀身は、コバンと接触し多次元構造を高次で斬っていく。僅かに抵抗はあるが、刀身に仕込まれた推進機によって押し込まれると、そのまま頭頂へと届いた。
「予想通りだけど、こんなに柔らかくていいのかねぇ」
撃ちだした剣のワイヤーを巻取りながら、クジラの接近に備える。
クジラの動きはコバンザメよりも遅いので、ハミングバードが全速で下がれば、追いつかれる事はない。距離を計りながら中口径の粒子砲を撃ち込むが、効いている雰囲気はなかった。
敵視を失うと群れに戻ってしまう可能性もあるので、適度に攻撃は必要だ。
そして十分に引きつけたところで、タイマーが残りわずかとなる。最後のミラーを展開、ハミングバードの照準とリンクさせ、クジラの姿を捉えた。
タイミング通りに届いた恒星の光の束が、クジラの頭部に叩きつけられる。
突然の攻撃にクジラは身をよじって逃れようとするが、その動きに合わせて調整を行っていく。クジラの巨体と継続的な攻撃のおかげで、それほど難しくはなかった。
頭を振り、腹を見せるように逃れようと暴れる。しかし間断のない光の奔流はクジラの体を捉え続け、やがてクジラの動きが鈍くなっていき、撃破された。
それから程なくレーザーの光も途切れ、攻撃が終わる。
「ワンサイドだったなぁ」
絶望感しかなかったレイド戦が嘘のように、単機での完全撃破である。まあ、下準備に時間を掛けたおかげではあるが。
ただ時間を気にしながら戦うというのは、思った以上に気を使う。接戦になっていたらまともに使えなかったかもしれない。
「ドロップ品は……やっぱりコアはドロップ率低いんだろうな」
大型コアは落ちていなかった。クジラのヒゲと肉、脂、あとは胆石という物がドロップしている。ハンマーヘッドとドッキングして回収。コバンザメの方は、コバンを割って倒したので、ドロップにコバンはない。鮫皮をドロップしていた。
「ワサビおろしに使えそうだな」
「表面ザラザラです」
分析してみないと分からないが、装甲の素材になるんだろうか。
クジラ撃破後は、ミラードローンを回収しながら戻る。ジャマーと短時間の使用ということで、壊されたミラーはなかった。
この方法なら使えなくはないが、準備に時間が掛かりすぎるのと、色々とプレッシャーがあるのとで大一番、どうしても火力が欲しいという時の保険だな。
クジラやコバンザメの素材を解析にかけて、ログアウトする事にした。
日曜日。
昨日のドロップ品の解析が終わっていた。クジラのヒゲは、繊維系の素材で特徴としては次元コーティング適性があるらしい。装甲に混ぜることで、次元の狭間に入りやすくなるようだ。
肉と脂は今のところ使い道が分からない。異星人との交流品ではないと思うが……。
そして胆石については予想外の結果が出た。
これは高次元の中を回遊しているクジラの移動情報が記録された石の様で、高次元で他の星系を見つけるための海図の様な役割を果たすらしい。
「そういえば、レイドの後にゲートの建設が始まったんだったか」
あの時のクジラの胆石で、グラガンなどの星系を見つけられたというシナリオなのか。となると今回のクジライベントは、これらの海図をプレイヤーに渡すために行われているということか。
今、大型船を作っているプレイヤーは、各種工作機械を作っているはずなので、しっかりと解析しているだろう。
となるとエキスパンションキット発売前で結構差がつきそうだが、その辺も何か考えてあるのかな。
鮫皮に関しては、ワサビをおろせる……訳ではなく、こちらも装甲に使える素材のようだな。実体弾にも強く、また体当たりを仕掛けた時に、ヤスリの様に相手を削る効果があるらしい。
「戦闘機で体当たりって……」
剣で斬り合ってた俺が言えたことじゃないか。ただコバン同様、少し重いのでハミングバードには使えそうにない。
「ポチョの合体機に使ってみるか」
そういえば、ポチョはエキスパンションキット後はどうするんだろうか。どこかの連合に船に乗せてもらうつもりかな。
まさか俺に合わせて動くつもりで決めてないとか言わないよな。俺がハイドロジェンを次元航行できるように改造しているのは知らないはずで、玉藻御前との交流が始まった今、ポチョに教えたり、機体を改造したりすると、情報を抜き取られる危険があった。
「まあ、Foodsなら引き受けてくれそうだが、そうすると俺は来ないのかと問われそうだし」
うう〜ん、人間関係が広まったのはいいんだけど、行動が束縛されると辛いな。
「話し合ってみる必要があるな」
午後からポチョと会って、まずは壊したコバンシールドの替わりを渡す。
「貰ってばっかりで悪いっす」
「コバンザメを結構倒せたのは、ポチョが盾をやってくれたおかげだからな。正当な報酬だよ」
「分かったっす。貰った分は体で返すっす」
「意味深」
俺にだけ聞こえるように呟くな、シーナ。ポチョも玉藻御前での様子を見ればノーマルなはずだから。
「それで先の事を確認しておきたいんだが」
「先っすか?」
「エキスパンションキットが出てからの事だよ」
「あー……じ、実はっすね」
どうやら懐具合が寂しくて、追加キットは来月まで買えないらしい。2週間前の発表だとそういうプレイヤーも出てくるか。学生なんかだと3kでもそれなりに大きなお金だ。
俺にとっては都合がいいが、そこは言わぬが花だな。
「それじゃ、シールド機の合体機の話を詰めていくか」
「すいません……」
「いや、気にしなくていいよ」
それからシールド合体機の話で盛り上がりながら日曜日は過ぎていった。