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マリーは本職のデザイナーらしく、職場では思ったようにデザインさせてもらえないうっぷんを、ゲーム内で解消しているらしい。
どんな業界でも下積み時代はあるものだ。思った仕事をできている人間は数少ないのではないだろうか。
一見、自由にやってそうなメインデザイナーも、会社やシナリオに縛られ、社会のルールに縛られ、本当に表現できるものというのは限られているはずだけどな。
それはさておき、せっかくの申し出だ。ここは有用に利用させてもらおう。
「ではご要望をお伺いします」
「え、えーっと」
そうは言っても、ここで要望を伝えるというのは、趣味をさらけ出すようなもので、少し抵抗がある。特にマリーに伝えた情報は、玉藻太夫にも筒抜けだろうしな。
しかし、俺にはできない服飾のデザインをやってもらえるのだ。好みを言うしかない。
「ゴスロリですよ、ゴスロリ。ダークトーンで、フリフリのついた感じの」
「え、ちょ、おまっ」
俺が言い淀んでいると、シーナがペラペラと話していってしまう。
「あと脚は見えた方がいいんですけど、露出は高くない方がいいですね」
「ふむふむ」
「え、えーっと……」
シーナとマリーの間で話が進んでしまって割り込む余地がない。
「ではスカートはロングで、前はシースルーという感じで。スツールに腰掛けると、脚が出ます。ストッキングは黒ですよね」
「そうですね、そんな感じで」
さすがプロといった手付きで、タブレットにペンでデッサンを行っていく。スレンダーなシーナの体型をマネキン状に描いて、上に服を重ねていく感じだ。
中世ヨーロッパ風のデザインをベースに、レースやリボンで飾った胸元、コルセットで強調されるウエスト。そこからふわりと広がるスカート部。フリルを段にしてボリューム感を出していく。
スカートの前面はシースルーのカーテン状になっていて、中はタイトスカートの短いものから脚がすらりと伸びて見える感じに整えられている。
「ベースはこんな感じで、後は実際にモデルを作りながら、ボリュームを出せるところと端折れるところを見極めていく形になります」
「こんなに複雑にしたらポリゴン数の制限にかかるだろ?」
「このまま凹凸全てをポリゴンモデルにしたら足りなくなるので、テクスチャを重ねる事で奥行きを出します」
平面部分を重ねて、別々のテクスチャを貼り付け、動きに合わせて画像がずれる事で布を重ねた雰囲気を再現するらしい。
本当の布の質感には及ばないが、それでも平面に絵を貼り付けただけよりは、立体感を出せるとか。
実際にマリーが着ているドレスでその部分を見せてもらうと、確かに間近で見れば平面に多少陰影を付けた画像にしか見えないが、動きと合わせて見ると、表面が波打っている様に見えて、立体感があった。
「ゴスロリの黒ベースだと陰影がはっきり出ないので、端折りやすい分、他にポリゴンを回せます」
「ほへー、そういうものか」
「ただ実際に作製するには時間が掛かります」
「そりゃ当然だと思います。元々おまけみたいなものなので、時間は気にしませんよ」
「あと、シーナさんの採寸を行いたいのですが」
「ああ、大丈夫ですよ」
「ではマスター、行ってきます」
シーナはビシッと敬礼して奥の部屋へと消えていった。
ロビーに戻るとフニャフニャになったポチョと合流する。まさに骨抜きだ、恐るべし。
「人生でこんなに褒められた事ないですよ。皆を守った英雄って、でへへへへ」
「実際、ナインテイルを守ったのはポチョだからな」
「そんな、霧島さんまで、でへへへへ」
鼻の下が伸びるというのは、こういう状態の事をいうんだぞ、シーナ。この場にはいないが。
しかし、ポチョがここまで骨抜きにされると、俺の情報まで抜かれていかないか不安になるな。
「そこは大丈夫っすよ。人とのしての仁義はわきまえてるっす。ただ凄い人としか伝えてません」
「その内容が怖いんだよ」
凄い凄いと持ち上げられると、こんな事もできる、あんな事も知ってると口が軽くなりがちだ。本人は良かれと思って話す内容が、困った事態を引き起こす事はままある。
人間関係って怖いね……。
「マスター、戻りました……」
「おおぅ、元気がないな」
「もうお嫁に行けないかも知れません」
「元々サポートシステムが嫁に行くシステムはないだろ」
「そうですね、マスターに売約済みですし」
「何か語弊があるから、その言い方はやめろ」
これみよがしにモジモジし始めたシーナを置いて、玉藻太夫に挨拶して艦を去ることにした。
「もう行ってしまうのかえ?」
「こういう空間は慣れてないから、気疲れしてしまうんでな」
「それで済ませられては我が連合の名折れ。もっと落ち着ける個室に案内いたそう」
「いやいや、色々とやるべき事はあるんだ。コバンザメの素材も拾いにいかないとダメだし」
「では、また落ち着いてから来てくりゃれ?」
「そのうちな……」
ハイドロジェンでナインテイルを出立すると、船の修復作業が進んでいる様子が確認できた。機敏に動けない大型船は、装甲を上回る攻撃にさらされるとどうしようもないか。
やはり船を持つのはまだ先でいいな。
ポチョとは分かれて、海賊が持ち逃げしようとしていたコバンを回収しつつ、ソーラーレーザーの鏡の様子も見に行く。
「見事に食い荒らされた感じだな」
反射パネルの表面を剥がすように食い散らかした他次元生物の姿は既にない。ミラー制御の中核を担っていた探査ポッドは、直接攻撃された訳じゃないようだが、破損していた。
「データを回収して解析できるかな?」
「やってみない事には分かりませんね」
ハンマーヘッドへと情報を送る事はできなくなっているようなので、探査ポッド本体を回収して持ち帰る事にした。
「これは……ヤドカリかな?」
鏡を剥がして、自分の背負う貝っぽいものに貼り付けていく様子が、探査ポッドに残っていた。鏡に集まる習性のある他次元生物の様だ。
「鏡とヤドカリに関連性が見えないんだが」
急遽対応しないといけないから、その時余ってたモデルを使用した様な、取ってつけた感がある。
「最初は食い破るだけでしたが、貝に貼り付けるモーションが追加されたようですね」
「しかし、見たことのない他次元生物か。変わった素材が採れるかね?」
「どうでしょう」
急遽当てはめた他次元生物だと期待は薄いかな。
ポチョのためにコバンシールドを作製しつつ、開発用工作機械の前へとやってくる。
「核ミサイルが実装されてるなら、開発自体はやっておいた方がいいかねぇ」
自分で使うかどうかはさておき、開発ラインナップに加えておくのはいいだろう。核分裂ならウランとかだが、ここはちょっとでも未来を感じるために核融合の方を試そう。
水素なら簡単に手に入るだろうから、それを融合反応させることができれば、開発できるか。
「核融合で一般的なのは、恒星だよな」
超重力、超高温により核融合を繰り返して、恒星は光を放っている。一度反応を始めれば、材料がある限り反応が続くのが、核の便利な部分であり、怖い部分でもある。
コントロールできなくなれば、大爆発を起こしてしまう。
「そして最初のトリガーが重いんだよな」
水素爆弾を起爆するには、核爆弾を使用するらしい。結局、核分裂の方を先に作る必要があるのか?
「核分裂は、ウランなどに陽子などをぶつけることで、不安定な核が分裂して別の物質へと変化。その際に質量保存の法則なんかでエネルギーが放出されると……」
ネットで核反応を調べながら、このゲームにどうやって落とし込むかを考える。このゲームのエネルギー源は、コアと呼ばれる多次元構造体に圧力をかけると出てくる電気が基本だ。
「電子じゃ核分裂には繋がらないのか……ああ、粒子砲の装置がそのまま使えるのか。ただウランを濃縮する部分が問題か……面倒だな」
やはり乗り気でないと開発は進まないな。この辺でやめておくか。