127
『な、何をしたんすか?』
「ちょっとした理科の実験だよ」
改めて説明するのも恥ずかしい知られた技術だ。
小学校の頃に試した事がある人がほとんどだろう熱線兵器だ。
太陽の光を集めて物を焦がす。
探査ポッドに太陽光発電パネルを追加した時に思いついた。太陽光を集める兵器。某アニメでも決戦兵器として使用された事がある。
原理は簡単で、太陽の光を鏡で反射して集めるだけ。地球上だと空気に乱反射するので、距離とともに減衰してしまうが宇宙空間では遮るものがなければ、何年もの時間を直進するのが光だ。
そのエネルギー量は膨大で、何万Kmも離れた惑星の表面を何百度にも加熱する。その光を鏡の角度をずらしながら集めてやれば、数千度に加熱する熱線のできあがりだ。
本来ならレンズを通して向きを揃えてやれば、なお扱いやすい状態にできたが、今回は時間がなくて鏡の角度をそのタイミングで調整して、目標へと直接焦点を合わせた。
『ええーと、虫眼鏡で黒い紙を燃やす的な?』
「理屈的にはそれと一緒だ」
エネルギー源は恒星なので、補給する必要がなく、攻撃に切れ間もなく、射程は何光年というほぼ無限の究極兵器だ。
『でもそれじゃ、惑星の影に入ったりすると使えなくなるんじゃ』
「そこも鏡で反射してやれば、死角がなくなる」
『ああ反射衛星砲っすね』
ポチョ、思ったより年かさなのか。
『そんな便利な兵器があるなら、もっと早く使うてくりゃれ。こちらは大穴あけられて大損やわ』
「まだ作りたてで試射すらしてなかったんだ。そして、そのままお蔵入りだな」
この兵器の弱点は多くの鏡が必要だという事と、その鏡が脆いという事だ。今回はどこからともなく現れた他次元生物により、鏡が壊されてしまった。
ほぼ無限の射程を持つエネルギー切れのない兵器など、プレイヤーが自由に使えたらバランスが崩壊してしまう。
光り物が好きという設定の他次元生物が現れて壊すとか、そんな感じだろうか。対応の早さを考えると、もしかしたら既に他の誰かが試作して使っていたのかもしれない。
『まあ、ええわ。船を修理するまでクジラ狩りも中断せなあきまへん。成金王様もこちらに来てゆっくりなさりまへんか?』
「色々散財して成金王じゃないんだが」
『わらわの船を守ってくれた騎士様からは、お代なんて頂けまへん。気兼ねのうおこしやす』
京都っぽいようなそうでないような、独特の方言でのお誘いだ。ポチョの顔には、折角なんで行きましょうよと書いてある。一度の修理ですっかり籠絡されてるんじゃないか。
でもまあ、興味がないと言えば嘘になるか。
「おいでやす〜」
ナインテイルに着艦して格納庫に入ると、リーンフォースよりは狭い格納庫で、居住スペースがかなり広くとられていた。
コックピットから出ると、和装というか古代中華風というか、ヒラヒラとした前合わせの衣装をまとった女性が迎えてくれる。昔話に出てくる天女を思わせる雰囲気だ。
「ではこちらへ〜」
ポチョと一緒に艦内を案内される。
赤い絨毯にシャンデリアが吊るされた廊下を進み、両開きの扉を押し開けるときらびやかなロビーが広がっていた。
大きめのゆったりとしたソファーに何人ものキャストが優雅に腰掛けている。そのうちの一人が立ち上がると、小走りに寄ってきて、ポチョの手を取る。
「ポチョムキムキンさん、さっきはありがとうございます。シールドを飛ばしてミサイルの迎撃、見事でした」
「い、いや〜」
「ささ、こっちで詳しく聞かせて下さい〜」
デレデレなポチョがその子に連れられて去っていく。間延びした語尾の甘ったるい雰囲気でいかにもな感じなんだが、直接接待されると嫌とは言えないよな。
特にリストバンド型コントローラーによって、触覚フィードバックのある手を握ってくる行為は、ポイントが高そうだ。
「成金王様はこちらへきてくりゃれ」
豪奢な花魁衣装をまとった女性が手招きしていた。
複雑な衣装は処理速度の関係で難しいはずだが、違和感なく作られている。近くで見れば、表面画像で誤魔化している部分もあるようだが、不自然な印象はない。
「なんや、衣装の方に興味あるみたいやね」
「ああ、自分じゃどうにもならない部分だからな」
「服飾用の機器を早めに安く提供していたのはそのためかの?」
「得手不得手があるのは分かってるから」
「素直なお人やねぇ」
口元に手を当てながら上品に笑う玉藻太夫。その所作は気品があって、一朝一夕の誤魔化しではなさそうだ。
それは女性というより、女形に近いかもしれない。
「何か余計なことを考えてはりますね? リアルを想像するのは野暮というものやよ」
「ん、ああ、すまん」
こちらを見透かす瞳には深さがあった。傾国の魔女を名乗るだけの事はある。
「なんや、女の子に興味なさそうやないの。美少女アバターを侍らせてる割に」
「逆に見慣れたせいかもしれないね」
「確かにおたくのシーナちゃんは、うちに入っても上位人気になりそうな受け答えなさいますなぁ」
「もうちょっとこっちをフォローして欲しいんだがね」
「気心が知れてると言う事でっしゃろ」
などと他愛のない会話をしながらも、こちらの内面を探ってくる様子は、コールドリーディングという手法だろう。
こちらの資産やら開発技術やら表面を撫でる様に深入りせずに聞いてくる。
「そないな技術を考えて実践して、もっと皆に自慢したいとかならへんの?」
「作った時点で満足してるからなぁ」
「典型的な学者肌なんやね」
「そうでもないさ」
そう答えた時、玉藻太夫の表情が変わる。瞳を一瞬見開いて、にこーっと嬉しそうに笑う。今までの計算された所作と違って、心から喜んでいる様な顔だ。
「ようやくあんさんの弱点を掴めましたわ」
「な、なんだよ……」
「オンリーワンにこだわりはるんやろ。人と一緒は嫌やっていう」
「そんなの誰にでもあるだろ」
「それでも皆と一緒で安心したいっていうんが、日本人なんやけどね。あんたさんは違うとるみたいや。アイドルの歌で流行った一番になれないからの逃げのオンリーワンやなくて、ほんまもんのオンリーワンやね」
典型的という言葉への反応から読み取られたのか。巧みに読み取る太夫がすごいのか、表情の機微まで拾うSTGが凄いのか。
それが分かった上でも、続いての太夫の言葉に嬉しくなっている自分もいる。悔しい。
「そんな特別なあんさんには、特別なチケットを進呈や。値打ちもんでっせ」
「上品な京都系なのか、ベタな大阪人なのか、小一時間問い詰めたくなるな」
「それこそ型にハマったら面白くないですやろ」
そう言いながら胸元から取り出したのは、一枚のチケット。金で飾られていて豪華だ。
「玉藻御前ロビーへの無料パス。いつでも来てくんなはれ」
「そう言って、情報を引っ張りたいだけだろ」
「でもそれがあんさんの弱点でもありますやろ?」
ペースを完全に握られた状態で進められる。俺が広めたい情報は、プチ有名人にありがちなねじ曲がった印象で伝わって、効果が薄まってしまう。
それを玉藻御前が代わりに広めてくれる。玉藻御前としては、常連客へのアピールにもなって『情報料』で稼げるという寸法だ。
「もちろん、あんさんへのメリットも用意してありんす。マリーちゃんを呼んで」
玉藻太夫に呼ばれてきた女の子の衣装に目を見張る。レースを多用したフリフリのロリータドレスだ。ピンクと白の可愛らしい感じだが、細部まで細かく作られているように見える。
「彼女にシーナちゃんの服のデザインを作ってもらうというのはどうであろ?」
「ぐぬぬ……」
俺の欲しい所を的確に狙われていた。
「ずっと女の子を視線で追ってはりましたけど、顔やなくて衣装ばっかり見てはったからわかり易うおましたで」
「分かった。広めたい情報があったら持ち込んでやるよ」
「別に情報なくても来てくれてええんよ。あんさんと話すのは面白いし」
そう言いながら、話したくない情報を探るつもりだろう。その手には乗らないんだからねっ。