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高級クラブ連合の戦略はしたたかだった。
まずは連合の戦力を見せる事で、クジラを倒せることを示して、戦場に安心感を与える。その事で、大型船を持たない連合もトライしやすい環境を提供。その上で、最初の銛の一撃を販売。
更にはダメージを負った戦闘機の修復を請け負う事で、また資金を回収していた。
そして修理を行う間にも罠が用意されている。
『あれはヤバいっす』
一度修理を受けたポチョいわく、修理を待つ間、船内のロビーに案内されるのだが、そこで美人アバターの接待を受けるのだ。
言葉巧みにプレイヤーを褒め称え、気分を高揚させてくれる。良い気分になったプレイヤーは、接待の味を覚えてしまう。
2回目以降は、ロビーの使用を有料化しても、そこに通う者達は少なからずいる。特にダメージを受けやすいシールド機乗りは、戦果を上げにくいのでチーム内での地位は低め。褒められ慣れてないので、おだてられるとお得意様になってしまうのだ。
もはや自分達のためにクジラ狩りをしているのか、玉藻御前に貢ぐために狩りをしているのか、分からないプレイヤーが増えていく。なんと恐ろしい。
「とはいえ玉藻御前がいるから、戦場が安定しているのも事実なんだよな」
攻撃船による一撃と船内での修復により、離脱者が出ないので安定して狩りになっている。いくら玉藻御前に貢いだとしても、クジラを撃破した報酬全てを失う訳じゃない。
継続してトライしようという雰囲気が出来上がっていた。
一方で俺達はコバンザメを狩っている。
クジラ狙いの連合達も、ハミングバード並みの機動力を持つコバンザメの相手は骨が折れるらしく、またコバンザメはクジラが撃破されると群れに帰っていくため、無理に撃破しようというプレイヤーはいなかった。
なのでクジラを釣ってきた際に、おまけでついてくるコバンザメを横からもらい受ける形で狩りを行っている。
「じゃ、貰っていきますね」
『いや、助かるよ』
現場のアクティブシールドに断りを入れてから、コバンザメ一匹を貰っていく。
戦い方としては、俺の攻撃で引っ張り、それをポチョが受け流す。
『左っす』
「了解」
それをポチョの背後で待っていた俺が、受け流す方向に攻撃を繰り出す。ハミングバード並みの速度でやってくるコバンザメだが、ポチョの盾で受け流されると、横腹を俺に見せる形になるので面白いように攻撃は当たる。
いつものように突き刺すのではなく、なで切る感じなので何発か当てないといけないが、安定して当てられるので苦労はない。
そのおかげで敵視は俺が持っているが、その前にポチョが割り込む形で対応するので問題はない。
「うりゃうりゃうりゃーっ」
コバンザメが通り過ぎて、こちらへと向き直る間に、シーナがファルコンで攻撃を仕掛けるが、ほとんど当たらないし、当たってもダメージは微々たるものだ。
それでも攻撃を繰り返すことで、ちょっとでも経験値になれば良しとしよう。
そうやって狩りを続けていくと、周囲のこちらへの関心が下がってくるのを感じる。最初はわざわざコバンザメを引っ張っていく物好きに、多少のギャラリーがいたのだが、戦法が確立されて、同じことの繰り返しになれば興味も薄れていく。
それだけポチョのシールド捌きに安心感があるということだ。アクティブシールドとしても、着実に成長しているということだろう。
「うりゃうりゃりゃー」
下手な鉄砲、数撃っても当たらない……。これでも制御ユニットをスカラベの小惑星から採れたレア鉱石でアップグレードしたんだがな。
「これはマスターの射撃の腕が悪いのが原因ですね。いい手本がないので、データ量が不足しているのかと」
「ぐぬぬ……」
試しに俺も粒子砲で撃ってみたが、当然の様に当たらない。
「どんまい」
それはさておき、そろそろ新兵装のテストを開始する。と言ってやる事はさっきと変わらない。使うのを次元断層剣に切り換えるだけだ。
「とりゃっ」
脇腹を斬った感触としては、高速振動剣とダメージが変わらない。どちらも同程度斬れているという感じだ。
「もっと硬い所を斬らないと駄目だな」
ということで、コバン部分をあえて斬ってみると、違いは顕著に表れた。高速振動剣では浅く斬れるだけだったが、次元断層剣なら多少の手応えはありつつも、しっかりと斬れる。
コバンの多次元構造に負けずに、それを解きほぐす様にダメージを与えられる感じだ。
「なるほどな。今までの敵なら差は出ないけど、多次元構造を持つ敵には威力を発揮するみたいだな」
多次元構造は3次元に露出している部分は一部に過ぎないので、そこだけを崩そうとしても大きな変化を与えられない。
より高次な部分でダメージを与えられれば、影響を与えやすくなるのだろう。
「拡張コアもしっかり働いているし、実用できそうだ」
『霧島さん、何してるんすか。次元震が出るんでビクっとしましたよ』
「すまん。そういう影響はあるのか」
その次元震は少し離れた位置でも検知できたのだろう、一度は離れていたギャラリーの何人かがやってきていた。
次元震=他次元生物だから、新手が来たのかと警戒したみたいだな。この状態でさらに使用して、ウワサが広まるのは避けたいので、武器を高速振動剣に戻す。
こちらが新兵装のチェックを行っていたタイミングで、星系へと侵入する一団があった。星系に設置したままだった探査ポッドに反応がある。
「マスター、海賊が襲来しました」
「懲りないね、奴らも」
このところレイドイベントで立て続けに失敗しているし、リーンフォースへの襲撃でも多大な被害を出している。
それでもイベントでの襲撃は稼げるとまだ思っているのか……それとも恨みつらみの領域で俺が狙われているのか。
「海賊の襲来があります。気をつけて下さい」
『てめぇ、成金王。こっちの名乗りの前にバラすんじゃねぇ!』
早めに星系チャットで注意を促したら、海賊達に批難された。知らんがな。
その声には聞き覚えがある。リーンフォースを沈めた奴らだ。イベントの漁夫の利と、復讐とを兼ねた襲撃だろう。
「奴ら、核ミサイルを持ってるみたいなので、戦艦クラスでも大穴を開けられます。注意して下さい」
『ご忠告いたみいります。ただこちらの戦力を侮って貰ってはこまりんす、成金王様』
玉藻御前は現在起こっているクジラ戦に介入し、戦闘を早めに切り上げて、海賊に備えるようだ。
俺はハンマーヘッドを連れてきていない事を後悔している。
「ポチョ、すまん。俺は一旦、ステーションに戻る」
『了解っす。こいつらがリーンフォースを沈めたんすよね』
「ああ、そうだ。ただPK慣れしてる奴らだから、油断はできない。ナインテイルのフォローを頼む」
『分かったっす』
俺はポチョを残してステーションへと向かう。
「ショートワープも使えないんだよな」
「はい、来週をお待ち下さい」
ハミングバードには、次元を渡る機能を搭載してあるが、まだ使えないんじゃ仕方ない。急いでステーションに戻るだけだ。ハイドロジェンの足なら、戦線復帰までそうは掛からないだろう。
俺が前線を離れている間、玉藻御前のナインテイルを中心に、Foxtrotの面々は善戦していた。しかし、基本的には小さな連合やソロプレイヤーの集まり。
個々の実力としては海賊に歯が立たない。ポチョは海賊に押され気味のソロプレイヤー達をフォローしてくれていた。
その中で玉藻御前の戦闘部隊は、言うだけはあってこなれた動きで海賊船を寄せ付けない戦いを見せている。
俺は移動しながら星系にバラまいてある探査ポッドから得られる情報で海賊の分布を把握し、戦場の様子を観測。その情報はチームを組んでいるポチョに伝えて、フォローに役立ててもらっている。
海賊達もそれなりの連携を見せながら、波状攻撃を仕掛けている。休む間を与えない構えだ。数はそこまで多くないのだが、ローテーションを組んで絶え間ない攻撃を行う動きはいい。
「こいつか」
その中で攻撃に加わらずタイミングを計っている奴がいる。そいつをマーキングしてポチョへと伝えると、了解の返答があった。
「でもポチョは攻撃手段がないよな」
まさかミサイルに特攻して果てるなんて事はないと信じたい。