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エキスパンションキット前の最後の土曜日。クジラの襲来イベントは13時からに設定されていて、終了時間は未定だ。
以前のレイドは倒すか一時間経過でステーションがダメージを受けて終了だったはずだが、今回は終わりが告げられていない。
「単純に倒して終わりって訳じゃなさそうだな」
運営側の意図が大型コアの配布にあるとすれば、各サーバーに1頭ずつとは限らないか。しかし、ステーションの防衛となったら、プレイヤーにも時間の都合があるんで、ずっと戦うなんて事はできない。
「まあ、深読みしても仕方ないな。俺の目的は新兵装の確認だし」
昨夜仕掛けたコバンの解析結果から、多次元構造物として強化が行われた物質だというのが確認できた。この構造を使えば、既存の装備も耐久性を増すことができるようだ。ただ質量も増えるので、使える局面は限られるだろう。
「ノックバックを嫌うシーンなんかは良さそうだけどな」
攻撃を受けるとその反動で後ろに下がってしまうが、質量が重くなればブレにくくなる。シールド機としては必要なシーンもあるだろう。
ただアクティブシールドとしてはその重さがネックになる事もあるだろうから、推進装置と極小コアを付けて自ら動くようにした。
「シールド機とアクティブシールドの合体機もありかな」
ポチョの能力があれば使いこなせるかもしれない。ベースとなるシールド機は分離固定して、アクティブシールドで戦場を動きながらディフェンスできるようになれば、汎用性が高くなるだろう。
「今日提案してみるか」
小型機のアルマジロ型と、中型か大型のシールド機の組み合わせを色々と考えて過ごした。
「公式サイトが更新されました」
「お、クジライベントの詳細が出たか」
午前10時、クジライベントの詳細が表示される。
なるほど、ステーションを守るんじゃなくて、クジラの群れに襲撃をかける形か。初期星系にクジラの群れが襲来するので、それを狩猟する。大型から中型のクジラが帯状に星系を横切るようだ。
どうやら今日から明日にかけて狩り放題といったイベントになるらしい。
「非アクティブな状態に仕掛けるのは気が引けるが……今更か」
そしてクジライベントと共に、新たな情報が掲載されていた。
『超次元シンデレラ』フレイアちゃんのライバルとして、『銀河の精霊』神歌万唱というキャラが設定されたらしい。
フロンティア時代に向けてヒロインを2人にしたいって事か。いいのか運営。
「かみうたまんしょう?」
「じんかばんしょう、と読むみたいです」
「銀河万丈的な?」
「どちらかというと森羅万象ではないでしょうか」
どうやら歌ってみた系動画で、神歌を歌ってみたという感じでヒットしているらしい。
「マスター、疎そうですよね」
「あんまり動画サイトとか見ないからな」
「こんな感じですね」
シーナがタブレットに動画を映し出す。女性ボーカルだが、低音から迫力のある伸びのある歌声という感じだろうか。ゴッド姉さんとかを彷彿とさせる。
ロボットアニメ系のangelaさんや石川千晶さんの抑揚のある難しい曲も、聴かせる歌い方をしている。
「確かに上手いけど、素人なんでしょ?」
「今回でプロデビューって感じです」
「でもSTGで撃墜王たるフレイアちゃんには敵わないだろう」
一緒に戦場で戦えるヒロインというのは、STGならではの魅力要素だ。
「公式サイトで募集されたんで、STG経験者ではあるみたいです」
「ほへー、そんな事やってたんだ」
「まあ、マスターには無縁なのでスルーしてたんでしょうね。これが漫才デュオ募集なら違ったんでしょうが」
「いや、それこそスルーだろ」
運営も盛り上げるために色々と考えるだろうが、漫才はないだろう。まあ、こっそりと落語ブームが起こりつつあるのもスルー推奨だ。
昼食を食べてからログインすると、ポチョからすぐに連絡が入った。
「Foxtrotの初期星系でやるよ」
『了解っす』
ポチョもFoxtrot出身。ステーションをそのまま使えるので問題はなかった。ロビーで合流して、コバンシールドを譲渡する。
「コバンシールドって締まらない名前っすね」
「かといってサメ盾とか、シャークシールドってのも違うからなぁ」
コバンザメの頭にある吸盤部分を使用した盾だし、コバンザメ自体も厳密にはサメじゃないからな。
その後、合体型シールド機の話をしていると、イベント開始の時間まではすぐに過ぎてしまった。
午後一時、イベント開始とともに、星系外縁部に次元震を検知。多数の影が観測される。
「……思った以上に数が多いんだが」
『あの群れに突っ込んだら、瞬殺されそうっすね』
「お、どっかの連合の船が動き出したな」
ステーション横に停泊していた移動型ステーションが移動を開始した。コの字型の船体で、中央部分にリニアカタパルト式の銛発射機構を備えた攻撃型の艦のようだ。
「群れからはぐれたヤツを狙うか、あの船が仕掛けてバラけるのを待つか」
『安全にいくなら、あの船の攻撃を待った方がいいっすね』
「そうだな。今、ハイドロジェンを落とされると修復が面倒だから、安全に行こう」
攻撃艦の詳細を確認する。連合『玉藻御前』の旗艦、ナインテイルと言うらしい。その船を中心に、Foxtrotに集ったプレイヤー達が配置につく。
俺は船の左舷下方に位置取った。
『連合玉藻御前の玉藻太夫でありんす。わらわ達が仕掛けるゆえ、しっかりとついてきてくりゃれ』
星系チャットに日本髪を結い上げ、派手な簪で飾り付けた女性アバターがそう告げてきた。
「なかなか濃いキャラだな」
「連合ロビーは高級接客店のようなレイアウトみたいで、綺麗どころが揃ってるそうですよ」
「ぼったくられそうで怖い」
アバターは基本的に美男美女だから綺麗どころと言われても、中身がおっさんだろとか思ってしまう。
「ま、慌てることもないから、クジラの動きを見てから対応だな」
『了解っす』
「新兵装はあまりギャラリーがいない所を見つけてからになる」
『コバンシールドはいいっすか?』
「それは大丈夫。既存の技術だから」
実際は極小コアを拡張して出力を増しているが、はたから見てても分からないだろう。
『でもコバンザメを撃破したのって一人だけって話っすよね。それ霧島さんだったんすね』
「……そういえば、そうだったか。ただあれも相討ちの結果だから、あまり誇れるものじゃないよ」
『盾持ってたら、自分が倒したとか勘違いされそうでちょっと怖いっす』
「盾見てそれがコバンザメの一部だとは分からんだろ」
『っすかね』
などとポチョと話しているうちに、ナインテイルの大型リニアが帯電し始めた。パチパチと分かりやすいエフェクトの後、クジラに向けて銛が発射される。
帯状に続くクジラの群れへと撃ち込まれた銛は、その中の一頭を直撃。そのクジラが、ナインテイルへ向けて移動を開始した。
「さすがに一撃とはいかないみたいだな」
スカラベも銛の一撃では倒せない。そのため、ある程度ダメージを与えてから、トドメに使うのが主流になっている。
クジラもレイドボスだった事もあり、HPは多めに設定されているはずだ。
『第ニ射準備……放てっ』
玉藻太夫の声に合わせて撃ち出された2発目は、クジラに当たる前に向きを変えてあさっての方へと飛んでいった。
「コバンザメもいるみたいだな」
かつてリベンジに燃えていたフウカは、今回のイベントを楽しんでいるだろうか。リーンフォース撃沈後の様子は聞いていないので、ちょっと心配はあるが、Foodsからも連絡はなかったので問題ないのだろう。
『どうするっすか?』
「やばかったら、メッセージを出すだろ」
ナインテイルに迫るクジラに、第三射を撃ち込む余裕はなさそうだ。連合の船であろう一団が、進路上へと割り込むように展開していく。
大型戦闘機で編成された部隊が、一斉に攻撃を放つと、かなりの迫力があった。その直撃を受けたクジラが、一瞬嫌がる様に首を振り、頭を下げるようにして、突進を加速させる。
「コバンザメは?」
『アクティブシールドが引き受けてるみたいっすね』
クジラの側で高速で動く姿が見えた。かつては多くのプレイヤーを屠っていたコバンザメを、アクティブシールドが防いでいるのは、やはり機体性能の向上もさることながら、プレイヤーの技量も上がっているという事だろう。
最期はナインテイルが放った要塞砲がトドメとなり、クジラは討伐された。
「色物連合かと思ったら、ちゃんと組織戦をやってるみたいだな」
『ダメージコントロールも見事っすね。やばくなったシールド機は、ナインテイルに帰還して修理して戻ってたみたいっす』
撃破されなければ、そこまでのロスはなく参戦できる。また撃破されたとしても近くに母艦があれば、別の機体で出撃する事も可能だ。
最初のレイドに比べたら、戦力も回復力も段違いに上がった結果が見えた。
「ただクジラの耐久力はさすがに大きいな。コバンザメを狙うか」
『分かったっす』
「俺達は修復できないから、やばくなったら逃げろよ」
『わらわ達の艦は、修理も引き受けるぞよ。存分に戦ってくりゃれ』
俺達のチームチャットが聞かれていた訳じゃないだろうが、玉藻太夫がそんな通信を放つ。こだわりを持つプレイヤーというのは、何かと気が利くもんだな。