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土曜日になってログイン。
開発の方針が決まりつつ、まずは雁素材の回収からだな。コアドローンを小型化、自爆装置はカニのハサミを使おうかと思ったが、素材が次元に呑まれるのは困るので、そのままコアを暴走させる形。
過剰な圧力を掛けて、コアに亀裂を入れられれば自壊モードに突入してエネルギーを放出する。反応としては核分裂に近いかもしれない。
「後は雁が食べてくれるかだけど……」
昨日とは違うポイントで待ち伏せ。昨日と違う群れなのかは不明だが、ドローンを流していくと一匹が食いついてくれた。焦らずにしっかり飲み込むのを待ってから起爆。
爆散とはならなかったが、口からバックファイアを放ちながらプカーと宙を漂いはじめた。それを見た周囲の雁は離散。俺はハイドロジェンで素早く素体を回収した。
「これは雁の姿焼きになるのか?」
「内部からこんがりですね」
「STGには食事の概念はないが、食材になりそうなのは結構あるな」
「味覚を再現する技術が開発されれば、実装されるかもしれませんけどね」
今の科学では望み薄なのかな。人間の知覚は電気信号で脳に送られているのは、研究で分かっており、視覚や触覚を脳に錯覚させる事は可能だ。
STGで採用されているリストバンド型コントローラーは、腕に伝わる信号を読み取り、指先には触覚を感じさせる事で、まるで操縦桿を握っているような感覚を与えている。
同じ様に味覚まで再現できれば、極上の料理を食べ放題なんて事もできるようになるかもしれない。
「でも食べた気になっても、お腹は空いているので体のバランスは崩れそうですよ」
「仙人なら霞を食って生きられるんだろうがなぁ」
まだ見ぬ技術に思いを馳せつつ、今は目の前の雁に向かうことにした。雁とはいえ他次元生物、その大きさは戦闘機並で5mはある。
下手したらハミングバードよりも大きいのか。これならハミングバードでなら近づけたのかもしれない。集団で襲われたら怖いけど。
これをそのまま開発用工作機械で分析にかける。さすがに時間が掛かりそうだ。
待ち時間に公式サイトを確認すると、新たな情報が掲載されていた。
「巨影再び?」
そう銘打たれたページには、黒く塗られたシルエットの画像が掲載されている。ただシルエットだけでもそれが何かは想像しやすかった。
「クジライベントをもう一回やるってことか」
最初のレイド、個々の初期サーバーでそれぞれに撃破した大型他次元生物だ。あの当初はまだ小型戦闘機に乗っている人が大半で、撃破にはそれなりに時間がかかった。
しかし、今となっては大型戦闘機に乗っているプレイヤーもそれなりにいて、火力が格段に上がっている。
何よりスカラベを撃破するような銛が、大型連合には常備されていて、今更クジラが来た所で脅威とはなりえない気がする。
「エキスパンションを前に自分達の成長を実感させようってことかな?」
かつては苦戦した相手を一方的に倒すというのは、成長を感じられていいかもしれない。
「いやまて、クジラも大型他次元生物か。そのコアは大型だろうから、このイベントで大型コアを配ろうって事か」
俺はどうすべきか。確か高速振動剣では切れなかったんだよな。お付きのコバンザメも頭の装甲が厚くて弾かれた記憶がある。
となれば更に威力が出そうな次元断層剣を開発していくしかないか……まあ、研究はするつもりだったからその方向か。
「高速回転弾の弾頭部分に仕込むのもありか」
剣は採掘のために必要な事を考えれば、ミサイルの方を改造した方がいいか。次元断層を生み出すにはかなりのエネルギーが必要になるので、拡張コアを載せた弾頭になるか……コストが高く付きすぎるな。
V2の様に二刀流にするか。
剣部分に拡張コアを付けて予備電源とすれば、本体の重量はそこまで増えないかもしれない。
「コア出力を上げられるからブラスターの威力も上げられるのか」
正直な話、ハミングバードの機動力をこれ以上あげると、俺の反射神経が追いつけなくなる。コアの出力が上がる分は、装備を拡張する方向で考えていた。
なので二刀流はありな気がしてくる。
「極小コアを武装に付ければ、本体コアのパワー不足も補えるし……色々と広がるな」
雁の罠に向けて、ドローンにコアをつける技術を開発した事で、武装の改良も幅が広がっていく。小型機で、大型機を越える火力を持つこともできるかもしれない。
拡張コアが知れ渡れば、大型機と小型機の差はもっと開いていく事になるけどな。
「ひとまず、装備をそれぞれ強化していく方向で開発を進めるぞ」
「はい、マスター」
「しかし、ステーションの格納庫だけだと狭いな……」
「一度、広い空間を堪能しましたしね」
シーナが率いるファルコン、カクタス、マンタが各3機。それにV2と突撃兵装に、ハイドロジェンがならび、工作機械も多数並んでいる格納庫。
空母自体はそこまで未練はないのだが、個人ステーションは欲しくなってくる。
BJが移動できない秘密基地を構えたのは、一人で守れる範囲を明確に見定めた結果だった事は、大型コアを狙って攻めてくる海賊達を退けている事で証明されていた。
既存の兵装であれば守れる機構だったのだろう。ただ俺が使っている高速振動剣は、採掘用の装備で小惑星を突破できたがゆえの誤算だ。
「採掘兵装が最強なんじゃ……」
「それは気のせいです」
シーナにきっぱりと切り捨てられた。
何にせよステーションの格納庫では手狭なので、拠点を作る事は考えていこう。クジライベントで大型コアがもっと広まれば、わざわざ防御の硬い基地を狙ってくる事もなくなるはずだ。
「雁の解析が終わりました」
どうやら地球の渡り鳥が地磁気を知覚して、方向を見定める様に、雁型他次元生物は高次元空間で目標とする3次元座標を知覚できるようだ。
この仕組みを利用すれば、高次空間から狙った座標へと転移する事ができるだろう。
「ゲートとはちょっと違う技術になるな」
というかカニやイカと組み合わせていって、ようやくワープ技術となる感じか。
ステーションが設置しているゲートは、次元の亀裂を固定する技術があって、転移先のゲートと繋ぐことで座標を指定。狙った星系間を移動できるようにしているんだな。
「俺達が使う場合はそこまで固定する必要はないから、どちらかというと高次に潜伏した後、どこに出るかが問題だった訳だ」
「宇宙の大半は何もない空間ですからね」
「恒星間の距離は何光年って世界だからなぁ」
恒星間に何もないって訳じゃないんだろうが、その辺は地球上から観測しても分からないので、設定しづらい部分だろう。
「次元を渡るのに必要なエネルギーは、拡張コアで賄えそうだし、これでいけるか」
「マスター、残念ながら……」
「え、まだ不足している部分があるのか?」
「エキスパンションキットをお待ち下さい」
「ああ〜、そういう……」
どうやら今度の拡張キットで追加される機能に追いつけたらしい。というか、この機能を使えば、空母などの移動型ステーションを使わなくてもハイドロジェン単機で移動できるようになる。
団体行動が苦手な俺からすると、大型船を必要としないのはありがたい。船が大きいとやはり守るのにも人手が必要だ。特に俺みたいな狙われやすい人間には……シーナの腕も上がってきてはいるものの、海賊相手では分が悪い。
ある意味、空母の呪縛から解放された分、行動範囲は広がったかもしれないな。