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しかし、カニのハサミを使ってみても開発はうまくいかなかった。僅かに次元の亀裂を生じさせる事はできるが、それを維持・拡張する事ができない。
カニのハサミだけでは素材が足りないということだろう。
ただ部位破壊ができると分かってしまったので、その候補はかなり多くなってしまう。
条件を絞るとすれば、次元の狭間に身を置きながら攻撃してくるような敵か。真っ先に浮かぶのはアントライオンか。でもヤツを倒すのに高速振動剣で攻撃していたが、部位破壊したことはなかった。
本体を引きずり出して倒す方法とかあるのか?
しかもグラガンなので新星系の敵。初期星系側にもいたと思うんだが、何だったかな。
歳を取ると記憶を呼び起こすのが苦手になって嫌になる。攻略サイトを眺めてもそれっぽいものが見つからず、週末を迎えてしまった。
金曜日の晩にログインすると、フレイくんから連絡があって土曜日ならいつでもという話だったので、午後を指定した。ついでにポチョムキムキンにも連絡をいれて、アクティブシールドとしての調整を見てもらう事にした。
「あとはゲートを作るのに必要な敵なんだよなぁ。次元を行き来しながら戦うような敵ってなんだっけかな」
「イカにして探すかですね」
「闇雲に宙域を飛び回っても遭遇するとは限らないしな」
「無駄足踏むとゲッソりしますもんね」
「何か思いつかないか、シーナ」
「イカスミだしなみをすると思い出せるかもしれませんね」
「はぁ、身だしなみ?」
「コウ、ヤリとかケンサキみたいな気がスルメ」
「お前は何を言って……」
「分からないか〜まぁイーカー」
「よくねーよ……って、イカ、イカなの!?」
シーナが言わんとしている事にようやく気づいた俺は思い出す。次元の狭間に身をおいて、脚だけで攻撃してくる面倒な存在を。
「というか分かってるなら、素直に言えよなぁ」
「マスターの脳細胞を活性化しないとボケてしまうかなと。ボケは私の担当なので」
シーナとのやりとりに無駄に疲れを感じながら、イカの場所を思い出そうとする。
「そういえば面倒な敵だったからほとんど戦ってなかったな……何処だっけ?」
「ボケてないなら分かるはずですよ」
「それとこれは違うだろ……むむむ」
どのタイミングだったか……高速振動剣で脚を切ったりした記憶はあるから、第2ステーションができたかどうかあたりか。
となると星系の奥側を探索していた頃だから、第2惑星軌道上の採掘場辺りか?
「ここか」
「正解です、やればできるじゃないですかっ」
「ぐぬぬっ」
できの悪い生徒を褒めるようなシーナの様子に腹は立ったが、今は復習が必要だ。攻略サイトを確認したが、イカの情報はほとんどない。どうやら撃破任務でも出現する事が稀なようである。
触腕や腕による攻撃と、イカスミによる視界とレーダーの阻害が特徴で、胴体部分にダメージを与えていけば撃破できる。
「前回も腕は切ったんだよな。その時にドロップはなかったから」
イカで特徴的なのは、2本の触腕とその他の腕。頭に見える胴体部分と泳ぐときにヒラヒラ動くミミ部分。後は墨を吐く口か。
「腕以外で部位破壊できそうな場所ってなさそうなんだよなぁ」
他の腕と違って先端に吸盤が集まっている触腕部分は、他と違う判定があってもおかしくはないか。
Wikiさんの知識を拝借しながら他の候補を探してみるが、次元の固定に役立ちそうな部位というのは見当たらない。
「もっと根本か。体の色を変えて周囲に溶け込む色素細胞が、次元に馴染む様に働くとかありえそうだな」
しかし皮を剥ぐというのは戦闘中に無理だろう。となるとやはり部位の一部を切り取る形になるが、腕部分では駄目だった。
「ゲーム的に考えれば、普通は攻撃しなくても良さそうで狙いにくいミミとかかなぁ……」
チラッチラッとシーナの様子を確認しながら呟いてみるが、クールフェイスで黙ったままだ。ヒントを与える気はないのだろう。
もしくは何か別の事を考えているか……次にやる落語のネタを探していても不思議ではない。それでいいのかサポートシステム。
まあシーナを観察してても仕方ないので、俺はイカ討伐に向かうことにした。Foxtrotの第2ステーションを出発し、第2惑星の公転軌道上付近にある小惑星帯へと向かう。
ここの小惑星密度はさほど高くなく、その代わりに一つ一つが大きめになっている。
少し離れた位置でハンマーヘッドと分離すると、ハミングバードで接近していく。すると次元震が発生しはじめる。一箇所ではなく、複数箇所、それも位置を変えながら、短い時間で発生、停止を繰り返している。
「うう〜む、面倒そうだ」
確か腕を切っていくと本体が出るんだったか。しかし、群発する次元震から腕が伸びてくるタイミングを読むのは難しい。
なので出てきたのを確認してからの回避となる。
その辺はハミングバードの得意分野だ。
「こんなに鈍かったか?」
ハミングバードを改良しているので回避は楽になっているはずだが、それにしても簡単に避けられる。
イカの腕は進行予測地点を叩くように過ぎ去って行くが、少しでも進路を変えれば当たる事はない。
「初期星系ですから」
「そんなものか」
腕が通過するポイントから僅かに機体をずらし、通り過ぎるタイミングで剣を当てれば簡単に切断できる。ただ切られた腕はそのまま次元の穴に落ち込むように消えてしまい、部位破壊にはならない。
腕の半分ほどを切断すると、本体が出てきて少し腕の振りが速くなったが、避けられない速度ではないし、攻撃してくるパターンも変わらない。
「ととっ、これがあったか」
腕の動きを見ながら避けていると、視界が黒く染まって少し驚く。ただ移動すれば当たらないと分かっているので、すっと機体を離れさせる。
イカスミ攻撃は、ダクロンの視界ゼロに加えてレーダーまで阻害され、次元震の検知もしにくくなるので、かなり厄介な存在ではある。
その分、継続時間は短く、5秒もすれば向こうが見えるようになった。
「腕を減らして、ミミを狙うか」
腕が残り2本になったところで、本体に接近。再びイカスミを食らうが、位置は記憶している。腕をくらわないように進路を修正しながら接近。胴の左右に生えているヒラヒラと動くミミを切ってみた。
「お、残りそうだな」
腕を切った時とは違ってそのまま漂うミミ。確保できることが分かったら、本体に用はない。
残った腕を懸命に振るってくるが、ハミングバードの前では遅すぎる。スルスルと隙間を縫って近づき、顔の真ん中へと剣を撃ち込んだ。
「ドロップアイテムがあります、イカソーメンです」
「それはどうやって使うんだよ」
「さあ?」
コテンと首を傾げるシーナはいつも通りの反応だ。まあ、デフシンの海産シリーズもまだ明確な使い道は分かってないし、そういうアイテムもあるのだろう。
俺としては切り落としたミミを回収できただけで十分だ。
ステーションに戻って解析を始めるが、眠くなってきたので、続きは明日にする事にした。