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「BJがコーラルボール内に現れました。現在、予備部隊と交戦中」
どこに現れるかと思ったが、レイド成功阻止に動いたか。まあ、コーラルボールのコアを破壊できなければ、時間とともにゲートへと近づき、対処しきれなくなってレイドは失敗となる。
こっちの勝ち目をなくす意味では一番阻止しやすいポイントだろう。
フウカとエースチームは依然互角。海賊による押し込みは、かなりまずい領域に入り始めていた。
「そろそろ覚悟をする時かな……」
俺はフウカ戦の体力回復を図りながら、この後できる手立てを考えていた。失う覚悟がなければ、前に進むことはできない。
「よし、シーナ。総員に退艦準備をさせろ」
「退艦準備を、でありますか?」
「まだこの空母は働けるからな。そのためには身軽になる必要がある」
そう言い残して俺は格納庫へと向かう。
『この艦はまだ……』
「戦えるさ、だから後は任せてください」
艦内放送で退艦を促すと、艦に残って戦おうとする人がいる。ただこれから行う事に、余剰な兵力はいらない。
『そんなものどうするんです』
「砲台くらいにはなる。補給を終えたらさっさと出てくれ」
作業用機械に乗り込んだ俺は、オーバーヒートで銃身が焼けたレールガンを集めて甲板へと向かう。即席で溶接して残弾を込める。これで通電させれば、一発くらいは撃てるだろう。
『総員退艦っすか!?』
「ああ、皆を守ってくれ」
外で防衛にあたっているポチョムキムキンに無防備になる狙撃隊の守りを任せる。
『……了解っす』
「シーナもカクタスとファルコンを外へ出してくれ。戦闘はしなくていいから、空母から離れろ」
『ええ、私もですか』
「当たり前だ。ここまできたら俺一人で何とかする」
『みんな逃げ出すのか』
『空母が壊れていく……』
外へと退避した狙撃隊のつぶやきが聞こえてきた。小魚の群れから必死に守ってくれた狙撃隊には悪いが、散り際というのもあるだろう。
甲板でレールガンを溶接しながら、各部位のパージ命令を出していく。生産区画や貯蔵庫、更には逆噴射用のノズルもバラけて外れていく。もう減速の必要はないからな。
甲板につけていた狙撃隊用の盾や、カタパルトなども次々にパージ。かなり身軽になっていった。
「後は、メインエンジンを加速させれば……」
艦橋へと戻った俺は機関全速、まっすぐにコーラルボールを目指す。余分な物を外し、重量を減らしていったおかげで、追いつくのに十分な加速が得られそうだ。
『まだ戦えるじゃないか』
『戻ろうぜ!』
『何をするつもりだ?』
甲板に貼り付けたレールガンへと通電を行う。巨大コアの接近に反応した小魚が寄ってこようとするところへ、最後の砲撃だ。幾つかのレールガンは砲身が耐えきれずその場で爆発したが仕方あるまい。
おかげで甲板の一部はめくれあがり、内部が見えてしまっている箇所もある。
「後は前方のヒートブラスターに全出力を投入だな」
十分な加速を得られた段階で、メインエンジンからヒートブラスターへとエネルギーを切り替える。オーバーヒート覚悟の最大出力は、小魚に逃げる間を与えずに焼いていく。
それでも合間を縫って艦橋までやってくる小魚がいた。
「遅かったな」
艦橋へと突っ込んでくる小魚を尻目に、俺は格納庫へと転移する。格納庫に残された機体が目に入る。
「あー、ハンマーヘッドが残るのか……」
ハミングバードを失ったハンマーヘッドは、コックピットも遠隔制御ユニットもないため、飛行する事はできなかった。
「すまん」
そう言い置いて、残された一機へと乗り込む。コックピットのシステムを立ち上げ、空母とのリンクを確立。巨大コアとマンタを含む機関部分をパージ。空母の船外に出れば小魚が群がるだろうから、無事に済むとは思わないが、狙撃部隊が餌に群がる小魚を倒してくれたら、いい囮として最後の役割を果たすことになるだろう。
空母は動力部を失い、艦内は闇に包まれる。空母からの情報もなくなり、後は闇の中でタイミングを待つしかなかった。
後に動画を撮っていてくれていたのを確認したが、なかなかイメージ通りにいったようだ。最大限に加速したまま、ヒートブラスターで加熱されて赤熱する船首が、コーラルボールへと突き刺さっていく。
ステーションサイズのコーラルボールなので、空母とはいえ、その対比は1対100ほど違う。精々が表層を破壊して大きなクレーターを作る程度でおさまった。
巨大な質量が衝突する時のGは激しく、船内カタパルトにいた俺は、そのまま外に向かって弾き出される。細いカタパルトの中で、何とか壁に激突しないようにスラスターを吹かせて機体を安定させ、コーラルボールの中へと飛び出すことに成功した。
「ああぁーっ、ハミングバードVer2、出るるー」
余裕のない発進に、決めぜリフまでブレブレだ。
空母の外に出たはいいが、コーラルボール内も障害物だらけだ。すぐさま制御を取り戻さないと、壁にめり込んで終わる。
「ヒートウィング」
ハミングバードの背面につけた2本の高速振動剣を起動。その剣はレールに沿って動き、コックピットの前方へと繰り出される。ヒートブラスターを内蔵した剣は、対象を熱して切り裂く。小惑星であろうと溶断する剣は、珊瑚の壁をも貫いた。
「本当に切れるとは」
コーラルボールの内部映像を見ていて、小惑星より軟そうだなと思って、もしかしたら切れるかなと考えていたが、本当に切れると少し戸惑う。
まあ空母で大穴を開けて、2、3層を無視してコアへと近づいているし今更か。
『マスター、大丈夫ですか』
「こっちの様子はモニタリングしてるんじゃないのか?」
そのためのサポートシステムだと思ったが。
『今はカクタス、ファルコン、マンタを扱っててキャパオーバーです。過労死ラインを越えちゃいますよ』
「まだまだ余裕そうだな」
『だからマスターがのたれ死んでも助けにいくどころか、座標すら掴めないのでご了承ください』
職務放棄もいいとこだな……。まあ、働かせすぎなのは確かかもしれないが。となると、手探りで進むしかないな。
「じゃあ、極力誰かと会ってから倒れるとするわ」
『お願いします』
どこまで本気か分からないセリフで通信が途絶える。
空母はコーラルボールに対して、ほぼ垂直に突っ込んだ。となれば、正面がコアへの最短ルートだろう。
ならばまっすぐ進めば、誰かに会うんじゃないかなと俺は考えた。
ハミングバードのVer2は、高速振動剣に特化したというか、それしかない機体だ。船体を包む様に複数のレールを配し、その上を高速振動剣が移動することで、360度どこへも剣を向ける事ができる。
「気分は宮本武蔵ってね」
2本の高速振動剣を使って珊瑚の障害を切り裂き、寄ってくる小魚も切り捨てる。射撃攻撃のない小魚は、体当たりに合わせて高速振動剣を振るえば、簡単に倒すことができる。
そのままコアに向かって、一直線に壁や小魚を切り捨てながら、最短ルートで最後の部屋へと到達した。
空母がまるごと入りそうな広さの空間に、小魚が舞い踊っている。その奥に巨大なコアが見え隠れしていた。あれを持ち帰れれば、空母の再建はおろか、一回り、二回り大きな船が作れるだろう。
そしてこの空間に入ったところで、レーダーにノイズが走り始めている。
ということは、奴がいると言うことだ。
『フウカが倒したと言っていたんだがね』
「アンタだって、スペアくらい用意してあるだろ」
『確かに』
『成金王、無事だったのか』
『空母ごと突貫したと聞いたんだが』
突入チームからも通信が入る。レーダーはノイズだらけで使えなくなっているが、通信の方は生きているようだ。
「まあ、BJは基本話したがりだからな」
『さすがよく理解してくれているな、心の友よ』
「やっぱり、一方的に搾取する気、満々じゃないかっ」
日本一有名であろうガキ大将の言葉を引用するBJ。
『何、お前の者はもう私の者。私の者も私の者というだけだよ』
「別に俺のものって訳でもないが……フウカにはそっちサイドは似合わないって思うだけだ」
『傲慢だな』
「かもしれない……が、ゲーマーってそういうものだろ」
『違いない』
コアを守る小魚、コアを狙っている突入チーム、それを邪魔するBJ。それぞれの構図を見ながら、俺は迷わずコアへの道を選んだ。