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「シーナ、俺はもう一度出てくるから、家具の販売よろしくな。追加で作製も進めてるから、できた分も売ってくれ」
「……マスター、AI使いが荒いです」
「俺の未来にはシーナが必要なんだ、頼む」
「し、仕方ないにぁ」
「にゃあ!?」
「何でもありません、噛みました」
「AIが噛むのかよ!?」
「通信終わり」
「……逃げた……か?」
色々と謎の多いAIである。この3ヶ月で色々と知識を蓄えた結果なのだろうか……。
とりあえず俺は自分の目的の為にやるべき事をやろう。シーナはサポートシステム、プレイヤーの補助はしっかりとやってくれるはずだ。
工作機械に鉱石をスキャンさせる事で新たに作れる物が増えた。しかし、材料がなければ作る事はできない。サンプルとして回収したのは小さな塊で、作製には不十分だった。
必要な素材を集めていかないとな。
俺はソードフィッシュを加速させ、目的の場所へと急いだ。
「ぐぬぬ……」
しかし、目的の場所に着いてみると、大量のゴブリンが湧いていた。戦闘能力のないこの機体では駆除する事はできない。ただゴブリン自体は小惑星帯から出てくることはないので、仕掛けなければ襲われる事もない。
「先に他の素材を集めるか」
二度手間にはなるが仕方ない。俺は次の採取ポイントを目指した。
「ぐぬぬ……」
他の採取ポイントで必要な素材を集めて来たが、まだゴブリンの数は減ってない……というか、増えてる?
しかもこちらを見つけたゴブリンは、何やら指差しながら話しているっぽい。声を伝える空気がないので聞き取ることはできないのだが、徐々にゴブリンが集まってきた。
「どうしても居座るつもりか?」
小惑星を足場に、ピョンピョンと飛び移りながら、こちらに歯をむき出しにするようにしている。挑発してるのか、怒っているのか、判断はできないが、立ち退くつもりはないだろう。
一度帰って武装を整えるか……しかし、武器を買う金はない。シーナが売ってくれている家具が全部売れたとしても、小型のレーザー砲すら買えないだろう。攻略に必要のない家具は、宇宙船の装備品に比べると100分の1以下でしか売れない。
この辺も俺が稼いだ影響なんだろうか……。
と、モニターが赤く点灯し、警告音が鳴り始めた。小惑星帯からは出てこないと高を括っていたら、投石を始めたらしい。
しかもレールガンもかくやという速度で飛んでくる。
「やべっ」
動体センサーで検知した石っころをマーキングさせて、それを見ながら避けていく。石自体は発光しているわけでもないので、宇宙空間で視認することはできなかった。
偵察艇の機動力は、輸送船よりは優れているが、専門である戦闘機ほどではない。
「くそっ」
1匹が投げ始めたのを見て、他のも投げ出すと、徐々に避けきれなくなり、シールドの耐久値が減らされていく。
このまま逃げるしかないか……でも、悔しい。
俺はヒートブラスターで迎撃を試みた。
「お?」
すると投げてくる石が小さいのと、中型のブラスターで射程が長い事もあり、きっちりと当て続ければ溶融させる事ができた。
しかも相手は目的の鉱石を投げてきているらしい。
「なるほど……俺が撃ち落とすのが先か、お前らがシールドを削り切るのが先かの勝負って訳だな」
飛来する石を迎撃するゲームが始まった。
「ひっ、ひいっ、もう無理、もうやめてー」
軍配はゴブリン達に上がりそうだった。ゴブリンの奴ら、投石だけじゃなくて、小惑星自体を動かすことで俺を包囲してきたのだ。
気づいた時には背後から小惑星が迫っていて、ドッジボールの最後の一人みたいな状況に陥っていた。
しかもボールは無限。
四方を囲まれ、それぞれに投石してくるゴブリン達、連携は無いが数が多い。一気にエネルギーシールドの耐久度が減っていってしまう。
「だ、脱出っ」
もはやマーカーを見て避けられる段階は過ぎていて、シールドを削られる前に包囲から逃れられるかどうかの状況だ。
小刻みにスラスターを吹かせて軌道を変えつつ、包囲の外を目指す。それは包囲の一角に自ら接近する事も意味する。ブラスターを照射して正面のゴブリンを威嚇しつつ、避けられる石は頑張って避ける。
避けようと移動した先に石が飛んできてて、シールドが削られていく。
「くおっ、ぬ、けろーっ」
一際大きな石を両手で持ち上げているゴブリンを目指して突っ込む。石が大きい分、モーションが大きい。投げられる前に、脇を抜ければ俺の……勝ちだー!
何とか投げられる前にゴブリンの横をすり抜け、包囲網を脱する。そのまま加速して小惑星帯から逃げようとしたら、警告音が鳴る。
「投げてきやがったか!?」
背後から迫る石は見ることができない。下手に動いて、自分から当たりに行く……なんてことも否定できない。
ならば見て避けるしか。
俺はスロットを戻して加速を止め、その場で反転すると後ろ向きで進みながら、間近に迫る石を視界に捉える。
「直撃コース!?」
慌ててスティックを操作して機体を上昇させるも、完全に回避はできず、エネルギーシールドの耐久度が底を尽く。そのまま石は本体をかすめ、胸ビレの位置にあったパラボラアンテナを持っていかれてしまった。
揺れる視界の中、飛んでいく石を視野ロックオンでマーキング。追いかけるように加速を開始。速度を合わせながら、ヒートブラスターを当てていき、何とか石を溶融。目的の物質を必要量確保する事ができた。
「その代償は大きかったがな……」
パラボラの修理にいくら掛かるんだろう。
「ただいまー……」
格納庫に戻る頃には、エネルギーシールドの耐久度はある程度回復していたものの、壊れたパラボラアンテナは戻ってこない。修理するにはコストが必要だ。
幸い宇宙空間では空気抵抗が無いので、片方のヒレが千切れていたとしても航行には支障がない。ただしレーダーの精度がかなり落ちてしまっている。どうやら鼻先のアンテナから電波を照射して、その反射波を二枚のパラボラで受ける事で、観測の精度を上げているらしい。
可能ならば、早いところ修理してしまいたいが、先立つものが心許なかった。
「シーナはまだ戻ってないのか……」
俺は意気消沈しながら格納庫を出て、交流ロビーへと向かった。
交流ロビーの簡易テントへと向かっていると、人だかりができてるのが見えた。そろそろと近づいてみると、その中心にいたのはやはりというか、狙い通りというか、シーナだった。
その手を握りながら話しかけているイケメンがいる。
「悪徳マスターに負けないでね、応援してるから」
「はい、ありがとうございます」
「いつでも逃げてきていいからね」
「すいません、システム的にそれはできないので……」
「サポートシステムに仕事を押し付けて遊び回るなんて酷いね」
「「そうだそうだ!」」
何か殺気立ってて、出ていくと身の危険がありそうな雰囲気だ。大人しくシーナが帰ってくるのを待つべきか。
「あ、マスター。何とか売り切りました。帰っていいですか?」
そっとその場を離れようとした時、シーナに見つかり、しっかりと声を掛けられてしまった。その瞬間、グリンと周囲の人だかりの首がこちらを見る。
そんな様子を気にも止めずに俺へと駆け寄ってきた。
「マスターのニヤニヤ顔を思い出して、お客さんと握手するようにしたら一気に売れるようになったんです。褒めて下さい」
「あ、ああ……よくやったな」
周囲からの視線が気になって話半分に聞きながら、その頭を撫でてやる。すると不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「こういう時、どんな顔すればいいのかわからなくて」
「笑えばいいと思……」
ふと口に出して、しまったと思った時には遅かった。目を見開き、血走った目をしながら口角がギュイギュイと持ち上がっていく顔は、獲物を見つけた口裂け女にしか見えなかった。
「怖いわっ」
思わず頭を叩いてしまう。その瞬間、周囲の空気が変わるのを肌で感じた。ざわざわという声が広がり、感情の波が津波の前の様に一度引くように静まる。そして次の瞬間、怒号に変わった。
「「「シーナちゃんを殴ったな、シーナちゃんを守れ!!!」」」
「ひいいっ」
一気に膨れ上がる恐怖に俺は、シーナの手を取って走り出す。左手だけでマップを引き出し、走りながらパーソナルルームへと転移。すぐ近くに感じた気配が消えて、何とか無事に部屋へとたどり着いた事を知る。
「も、もう、ロビーに行けない……」