102
『ふむ、これで映るかな……よし』
動画は顔のアップで始まった。その容姿を確認する前に、カメラの前の人物はスタスタと歩き、正面のソファへと腰掛けた。
その姿は艷やかな黒髪のロングで腰を越える様な長さ。前髪はまっすぐに切りそろえられ、切れ長の瞳が見えている。色白の細面に、朱色の口紅が映えている。
京美人と言って思い浮かべるような顔立ちだ。
身にまとっている衣装も和服を思わせる前合わせで帯を締めた着物だ。浴衣のようにシンプルだが、和服にしてはボディラインがしっかりと出ていた。
『こちらが見えているかね、アルパカマ……いや、成金王。人の私生活を覗こうと盗撮ポッドを仕込むとは中々やるな。覗き魔の称号を贈ろう』
「もう持ってるよ、それ」
「設定しましょうか?」
「いらない」
本気で称号を贈るつもりなのか、覗き魔の取得条件を並べていく目の前の美女。星系内の探査率を一定時間内に上げる事。俺もFoxtrotで入手しているが、この女も手に入れたんだろうな。
『さて、改めて名乗るのも照れくさいが、私がブラッディ・ジョーカー、BJと呼ばれる者だ』
「てっきり、男だと思ったんだが、女だったんだな」
『ちなみに中身は男だから安心して欲しい』
俺が抱くだろう感想を先回りして吹き込んでいたようだ。
『普段は地声で、今はボイスチェンジャーを使っている。この姿で男の声は興ざめだろ?』
などとわざわざ男の声に戻しながら、丁寧に教えてくれる。
『美女アバターを選んだのは、もちろん男の浪漫だからだ。しかし、残念ながら自分の体なのに触ろうとすると電撃を食らう』
豊満な胸元で手をワキワキさせながらそんな事を言うBJは、一体何を伝えたくて映像を送ってきたのか、小一時間問い詰めたくなるな。
「これ、内容を編集して要点を……」
『ちなみにこんな風に』
シーナに内容の要約を頼もうとした時、映像の中のBJは襟口に手をかけると、ガバッと左右に開いた。首筋から鎖骨、更には深い谷間が露わになり、たわわな果実が零れ落ちそうになって、映像が途切れた。
「え、あれ?」
「後は私の方で内容を確認し、要点をまとめます」
「え、いや、やっぱり、自分で確認した方がよいかな〜とか……」
じとーっと半眼で見つめるシーナにたじろぐ。はぁ〜と大きくため息をついたシーナは、動画を再開させる。
すると再び映ったBJには、服装の乱れはなく妖艶な笑みをたたえてソファへと腰掛けていた。
『そういえば、衣服を作製する機械を販売したのも成金王らしいね。その点では感謝する。どうにも私は戦う方に偏っていたみたいだ』
「あれ、シーナさん。何かシーンが飛んでません?」
「どうでしょう?」
こてんと首を傾げたシーナの様子に諦めるしかなさそうだ。有害図書指定を受けたんだな、多分。
『どうだろうか。改めて私とフレンドになる気にならないか。もっと間近で女性アバターを見ることもできるし、私にはないアイデアでもっとエロスを追求……』
「あー、うん。俺とはやっぱり波長は違うみたいだな」
シーナの蔑むような視線の中、俺はそう呟くしかなかった。いやまあ、俺としてもSTGにそういうモノは求めていないしな。
『まあ君にとっては私の作ったマルチドローンやジャマーシステム、秘密基地の作り方や巨大コアの採取方法などの方が魅力かな?』
カメラを覗き込む様に視線を送ってくるBJの様子に、こちらが見透かされているように感じられた。特に巨大コアの確保は今欲しい情報ではある。
『それに、今なら魅力的なおまけもついてくるぞ?』
意味ありげに微笑んだBJは、改めて姿勢を正した。
『先日、少し変わった様子のプレイヤーと遭遇してね。腕は確かなのに心は虚ろ。せっかくのゲームを楽しめていない様子だった』
そんな言葉に俺は思い当たる節がある。
『そんなプレイヤーとのバトルは、私としても楽しめない。なので色々と問いかけながら戦った』
腕に自信のあるBJだからできる事だな、俺にはできない芸当だ。
『可哀想な少女は、その身に大きな失敗の責任を背負っているじゃないか。しかし、周囲の男どもは安直な慰めしか口にしない』
そもそもその責任の原因は誰だよ。
『彼女が欲したのは、慰めではないのだよ。自分の失敗を認めて、叱責してくれる大人だった訳だ。自分のワガママのために、多くの人に迷惑をかけた。その自責の念を取り払えるのは、君のせいじゃないとか、一人の責任じゃないなんてセリフではない』
やれやれといった感じで首を振る。
『ゲームを遊んでる人間に、他人の世話まで期待する事もないだろうけどね。ただまあ彼女の求めているモノを与えてくれる人はそっちにはおらず、私は気づいてあげられた。それだけの話だ。そしてここまで話せば察していると思うが、彼女は今、私の所にいる』
ニヤリと悪そうな笑みを浮かべたBJ。
『私とフレンドになれば、彼女とよりを戻す機会もあるわけだが、どうかね?』
「友達を脅迫に使うような奴とは、絶対にフレンドにはなれんな」
『といって、納得する君でもないだろうから、やはりレイドで雌雄を決するというのはどうだろうか。何、直接タイマン勝負するというのはこちらが有利過ぎるだろうから、あくまでレイドが成功するか、失敗するかの勝負だ。レイドを失敗したら、私とフレンドになってくれないかね?』
そんな勝負を受けるつもりもないが、レイドを失敗させる気もない。参加するからには、成功を目指す事になるだろう。
『どちらかというと、この通信は彼女がこちらにいるという事実を伝えるためのものだ。当日に判明したら不利過ぎるだろう? 精々、この情報をいかして、楽しい勝負にしてくれたまえ』
『なんでやねん、ぶっつぶす』
最後に聞き覚えのある声が聞こえた所で、映像は途切れた。
とんでもない爆弾をぶち込んできたな。下手なウイルスなんかよりずっと質が悪い。
「奴らにとってはこちらが対策して、難易度が上がるのが楽しいんだろうが、こっちとしてはいい迷惑だよ。といって対策しなければレイド失敗に繋がるし……とにかくキーマさんに相談か」
星系ステーションに戻っていたので、そのままFoods連合のロビーへと移動。キーマさんはいなかったが、エースチームが居たので、事の顛末を説明した。
「フウカ嬢が敵に回る……」
「無理ゲー過ぎる……」
ビシバシと鍛えられながらも、一矢も報いることのできなかった相手。先のレイドでは突入班の一番槍としてコアへと到達したフウカ。
それがいないどころか、敵に回るというのは絶望を与えるのに十分だろう。
「レイドの要塞衛星への突入メンバーってどうなってる?」
「タイムアタックをやってる連中か? 俺達もレイドに向けてやってたから、何人かはフレンドになってるぞ」
「フウカを敵にするよりは、邪魔される前にレイドを成功させる方が、可能性はある。その時に大事なのは突入メンバーだ。できれば連絡をつけてくれ」
「よし、任せろ」
「何やら大変な事になってそうだね?」
話しかけて来たのは、Foods連合のユニオンリーダーであるヤキソバだった。
「いやぁ、かくかくしかじかで……」
「お嬢ちゃん、最近こないなと思ったらそんな事になってたんだね。ここはキーマのシロクマを生贄に呼び戻せないだろうか?」
「その手があったか! ってそれはないでしょ」
「一部を黒くペイントしてパンダにすればどうかね?」
「なくはない」
「いや、ないだろう……ってフウカ!?」
「ん」
何事もなかったかのように、Foods連合のロビーに現れたのは、いつも通りのフウカだった。