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蜃気楼システムを駆使して視覚を撹乱しつつ、距離を詰めていく。その意図を察したフウカは距離を保とうと後退を試みるが、ファルコン型は普通の戦闘機型で、前方への推進力が大きい機体。
距離を取ろうとすれば、俺とは逆に機首を向けねばならず、そうなると攻撃もしづらくなっていく。そして元々の機動力ではハミングバードが有利なので、攻撃頻度が下がればその方が彼我の距離は縮んでいった。
「やはり判断に精彩がないな」
普段のフウカなら逆に距離を詰めて、逆方向に抜けつつ、猛攻を仕掛けてくるくらいやりそうだが、攻撃の手数が減る方法で時間稼ぎというのはらしくない。
といって向こうから仕掛けてきた以上、手加減するわけにもいかなかった。
「悲しいけどこれ、戦闘なのよねっ」
残像を残しながら軌道を変えて、油断はせずに距離を削っていく。当たらない、当たっても意味のない粒子砲は使わない。一撃で仕留められる可能性が高い高速振動剣での決着を狙う。
やがて白兵距離とも言える宇宙での至近距離まで接近する。こうなるとフウカも激しく回避行動を取りはじめた。ジグザグに動き、俺との距離を何とか作ろうと試みるが、ワンテンポ遅れて追随するハミングバードの加速は、俺の反応の鈍さを補って余りある。
フウカが舵を切り返す度に距離が縮まるほどだ。
それに気づいたフウカは180度回頭してこちらに粒子砲を放とうとするが、大きな動きは予測がしやすい。死角へと回り込み、更に距離が縮まる。
「あああああーっ」
スピーカーごしのフウカの絶叫。スラスターを吹かせて体当たりを仕掛けてきた。ファルコンに比べるとハミングバードは二回りは小さい。普通に喰らえばこちらが吹き飛ばされただろう。
しかし、うちのハミングバードは赤熱のクチバシを持っている。自ら高速振動剣に刺さりに来た形のフウカのファルコンは、そのまま両断されていった。
「……う〜ん、勝ったのに喜べないな。あいつ、普通じゃなかっただろ?」
「そうですね。いつもより動きが悪かったです」
「とりま、運営に今回の攻撃は身内のじゃれ合いって事で減刑の嘆願を送っといてくれ」
「むう……仕方ないですね」
普段はフウカを毛嫌いしているシーナだったが、さすがにあの状態のフウカには同情したのか素直にお願いを聞いてくれた。
「あ」
「ん、どうした?」
「フウカがフレンドリストから消えました」
「ログアウトしたって事か」
「いえ、向こうからフレンド状態を解除したようです」
「むむむ、攻撃したことを悔やんだのか……とりま、気にしてないとメールを書いておくか」
「頭を冷やすまで放って置くのも優しさですよ」
そうは言うがやっぱり気になるしな。メールは書いて送っておいた。当然のように返事はないが、今は催促しても仕方ないだろう。
Foods連合にもフォローしといてもらうか。
「さて、改めて今日の目的に向かうぞ。スカラベの撃破だ」
「はい、マスター」
フウカの様子は気がかりだが、徹夜で俺を張ってたなら、寝落ちしててもおかしくはない。一度寝てスッキリすれば気持ちも切り替えられるかもしれないしな。
今はグラガンの探索に専念することにした。
グラガンの小惑星は、星系内を巡回するスカラベ型他次元生物が回収している。スカラベは初回レイドのクジラ並に体が大きく300mクラス。ハミングバードが5mほどだから巨大さが分かるだろう。
その上、コガネムシやカブトムシに近い甲虫類の姿をしているので、曲面の外骨格が硬く威力の高い実体弾でもほとんどダメージを与える事ができないらしい。
じゃあ内側からならと腹の方に潜り込んで攻撃しても、やはり巨体なためか有効打は与えられず、接近しすぎれば脚が動いて排除してくる。
現状は大手連合が物量で攻撃を行うも撃破に至っていない。
そこで俺は量よりも質で攻撃を行う事にした。
昨日のうちに用意していた高速回転弾だ。ミサイルの弾頭部分に、高速振動剣と同様のブラスターを装着。回転しながら穴を穿ち、内部に到達してから爆発するという生物に使うには残虐な武器と言えよう。
「そうでもしないとダメージ与えられそうにないからな」
ブラスターをくっつけた上で、そのエネルギー源としてコアも付けているので、ミサイル自体も大きく、一発あたりのコストも高い。
「倒せなかったら赤字が痛いところだが……人は試すことによって進歩するのだ」
「失敗は成功の母ですね」
「……でも、失敗はしたくない」
相手は巨大だが、動き自体は大きくない。というかプレイヤーの攻撃なんて意に介す事なく、小惑星を巣穴に持ち帰る行動を継続する。
なので遠隔制御で狙いがそれる点もしっかりと狙い、ミサイル自体の誘導性も合わせれば目標点に命中させる事はできるだろう。
「生物の弱点は、頭や腹なんだろうが、先人達の分析で、そこでもダメージは変わらないとの報告がある。そこで狙うのは、羽の付け根、ジョイント部分だ」
甲虫は外骨格にあたる硬い羽が開き、実際に飛ぶための羽を広げる構造を持っている。その羽が動くためには、ある程度の隙間があるはず。その部分は硬い外骨格ではなく、筋肉のはずなのでダメージが通りやすいのではないかという予測だ。
「とりあえずハミングバードの剣を撃ち込んでみて判断かな」
「マスター、いました。スカラベ型です」
「よし、やるか」
スカラベは相変わらず小惑星の塊を足で転がしながら進んでいる。後ろ足で転がしているので、逆立ちしているような状態だ。
「じゃあカクタス達はある程度の距離で狙いを付けながら待機。俺が剣でマーキングした所を極力狙う形でいくぞ」
「任せてください」
徐々に接近していくとその巨大さがよくわかる。壁の様に視界が光沢のある外骨格で埋め尽くされてしまう。
光の加減で七色にも見える外骨格は、粒子砲を弾きやすい効果もあり、ステーションの要塞砲を持ち出した連合の攻撃にも耐えて見せた。その際は、さすがのスカラベも慌てた様子で次元の穴に逃げ込んだらしいが。
「要塞砲は連射できないからな……複数用意して連続で当てるとかならいけるのか?」
1門撃つのに、マンタ2機必要なので、5門とか並べるにはかなりの資産が必要になってくる。もっと改良して消費エネルギーを減らすことでもできたら変わってくるかもしれないが、今は無理だな。
そんな事を考える間にスカラベの表面へと到着した。対比すると人間に止まる蚊レベルか。僅かな身動ぎでも致命傷になりかねない。
「撃たれても動じないくらいだし、近づいただけじゃ反応はない……よな」
表皮を滑るように移動して、目標となる羽の付け根へと到達。スカラベ側の反応はないので詳細を観測していく。
谷間の様に見える隙間の奥には、羽を動かすための筋肉がある。外骨格に比べたら柔らかいのかもしれないが、300mの巨体が持つ羽を動かせる筋肉。並みの攻撃では貫けそうもない。
「肉の厚みだけでハミングバードを上回ってそうだな」
この規模になると攻撃と言うよりは、採掘に近いのかもしれない。とりあえず高速振動剣を撃ち込んでみた。射程100mのギリギリの距離で撃ち込んだ剣は、当然のように肉の壁で阻まれて貫通することはなかった。
しかし、元々小惑星を採掘する為に作り出した剣は、ここからが本番だ。特定の周波数を持つ電磁波を照射、対象を構成する分子を動かして発熱、溶解させていく。
「マスター!」
「おおぅっ」
その熱が伝わったのか、剣が沈みかけたのが神経に触れたのか、身じろぎしたスカラベ。わずかな動きだったが、こちらとしたら視界を覆う壁が動いたようなもので、接触したら即撃破となっても不思議はなかった。
「ひとまず目印にはなるかな。あそこを狙って、高速回転弾を撃ち込んでいくぞ」
「はい、マスター」
慌てて距離を取った俺は、シーナ率いるカクタス部隊への攻撃を指示した。