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「違う、BJにも攻撃の手段なんてないんだ!」
レーダーをジャミングして、機雷をばら撒きハミングバードの機動力を削いだところで、何らかの攻撃を行ってくると思ったが違う。
そもそも奴はレイド戦で何かをやらかしてきたはずだ。そのために、合体機の半分の状態で戻ってきている。
その上でジャミング機能を持ったドローンを何機も発射していた。中型か大型のミサイル相当のキャパだとすると、武装なんてほとんど残っていないんじゃないか。下手すりゃ粒子砲の一門も無い状態だってありえる。
「奴の狙いは時間稼ぎ。基地に戻って乗り換えるつもりだ。くそっ、探査ポッドに自爆装置をつけておけば、格納庫ごと殺れたじゃないか」
「極悪な事を考えますね、マスター……相手はちゃんと戦おうとしてるのに」
「いやいや、奴の腕はフウカ級だぞ。俺がまともにやって勝てる相手じゃない。しかも相手のフィールドでなんて無理ゲー」
しかもこれだけの基地や合体機を作る奴。色々な機体を持っていても不思議じゃない。ハミングバードも持っていた。
その特性は掴んでいるから相手にするなら、低威力でも広範囲に弾をばら撒く飽和攻撃を仕掛けてくるだろう。
そうなれば逃げ場がないハミングバードは、紙装甲を撃ち抜かれて終わりだ。
いち早くこの宙域を脱出するべきだろう。
「シーナ、BJの居た位置をマーキング。小惑星基地とのラインを表示」
「はい、マスター」
「このルートには機雷を撒きづらいはずだから、ここを辿って向こうに抜けるぞ」
BJは機体を乗り換えるために、小惑星へと向かったはず。無防備な状態で俺と出くわす可能性を考えたら、最短で一直線を目指すのが理想。自らの機雷に掛かるような危険は冒したくはないはずとなれば、そのルートに機雷は少ないだろう。
それを逆手に一気に脱出を図る。
『そろそろ目隠しも飽きてきたね。ジャミングはやめて仕切り直そうか。おや、私を探してそんな所まで行っていたのか。しかし、残念。私はここにいるよ!』
BJがいた辺りのポイントにさしかかった頃、BJのセリフと共にレーダーが生き返る。基地内に撃ち込んだ探査ポッドが生きたままらしく、基地近くにいるBJ機の情報を送ってきていた。
「何が仕切り直しだ。ちゃっかり乗り換えてるじゃないか」
探査ポッドから送られてきた情報によると、ホーク型のカスタムらしい。中型の汎用機だが、やや機動性にパラメータが寄っている。
その上で武装は換装されているらしく、一般的なシルエットとは違っている様だ。瞬間加速ではハミングバードに軍配が上がるが、戦闘力では明らかに向こうが強い。最高速でも敵わないから、普通に逃げたのでは追いつかれるかもしれない。
「細かい武装まではわからないか」
「流石にそこまでは無理です。ハンマーヘッドクラスのレーダーがあれば武器類の判別は可能なのですが」
「ま、戦う気はないから今はどうでもいいな。次に会う時は別のに乗ってそうだし」
レイドには合体機で向かっていた。やはり本気の機体は合体機なのだろう。しかも後方部分は切り離して使い捨て、なんとブルジョワか。
レーダーが使えるようになって周囲を確認したら、やはりBJのいた空域には機雷が来ていない。というか、基地周辺以外はほとんど撒かれていなかった。
「基地の側に居座られるのを嫌がったか」
『どこへ向かっているんだい。私はここだよ、さあ戦おうじゃないか。そうだね、機雷は無粋だから片付けようじゃないか。鳥籠は簡単に壊れる様なやわじゃないし、小型機じゃ無理矢理突破もできない。自爆で終わるような無粋な真似はやめたまえよ』
「……何というか、BJって奴はしゃべりが長いな」
「会話に飢えているのかもしれませんね。孤高を気取って実は友達が居ないだけとか……はっ、すいません。悪口を言うつもりは無かったのですが」
「それはBJの評価だろ、俺に謝るなよ。俺に言ってる様に聞こえてしまうだろ!?」
「1人プレイが続くと独り言が増えるのは仕方ないですよ。私がいつでも相手になりますから……ぐすっ」
嘘泣きの仕草のシーナは捨ておき、俺は目の前の鳥籠を見やる。といって視界は利かないので、レーダーの情報だが。
小惑星の間にネット状のエネルギーが張られている。どうやら鋼線で作られた網をベースに、引っかかった物に攻撃を行う様だ。
まずは粒子砲を撃ち込んでみるが、網の鋼線自体が細いのもあり当たりにくい上に、何らかの措置が施されているのだろう、粒子が拡散して威力が減じている。
「粒子を収束している磁場を乱して、拡散させている様です」
電子を電磁力で抑え込んで威力を出している粒子砲だが、その電磁力に干渉して収束できないようにする仕組みらしい。
宇宙船の装甲に流用したら強そうだな。
「かなりエネルギーを使うはずなので、小惑星に大型のコアが組み込まれているかと」
「なるほど……とにかく、鋼線を攻撃しても無理か」
高速振動剣で切り裂く事はできそうだが、船体ごと近づくのは危険が大きくなる。
『さあ、無駄な事はやめて、私と勝負しようじゃないか』
基地のある小惑星からこちらに向かってくるBJはそう促してくるが、負ける勝負なんかするつもりはない。奴がやってくるまでそれほど時間は残されていなかった。
ただ俺は元々攻撃判定のある網部分からの脱出は考えていない。β時代に培った技術があるのだ。
「ということで、小惑星を突破する」
ネットの要となっている小惑星の1つに向かうと、高速振動剣を撃ち込む。
『小惑星を攻撃で破壊するのは無理だぞ』
こちらの行動を把握しているらしいBJが何やら言っているが、俺のハミングバードは元々鉱石採取を目的として改造している。
撃ち込んだ剣はスラスターで移動範囲を溶断しながら、小惑星に穴を開けていく。かつてブラックイール型で様々な採掘方法を模索していた時のモグラ工法である。
「お、これがコアか」
小惑星に組み込まれていた大型のコアを発見。周囲を切り裂き露出させると、トラクタービームで回収。これで周辺の網も無力化されただろうが、そのまま小惑星を掘り進んで向こう側へと抜けた。
『なぜ、小惑星の中を突破できた!?』
レーダーで確認していたらしいBJから驚きの声を引き出す事に成功し、少し満足できたもののピンチな状況は続いている。
BJは見る見るうちに近づいてきているので、脱出を急ぐ。
『しかし、ハミングバードでこのホーク型から星系外まで逃げ切る事はできませんよ』
確かに最高速で上回るホーク型から逃げ切るのは不可能だろう。戦うのであればハミングバードの機動力を活かして、小惑星帯の中に留まる方が勝算はあるかもしれない。
「まあ相手のコピーだから偉そうには言えないが、逃げる手段はあるからな」
小惑星帯の中を最小限の回避で抜け出そうと急ぐ。ガス惑星でタイムアタックしていたおかげで、かなりスムーズに通り抜ける事ができていた。
しかしキーマさんからの動画で銃弾の嵐を紙一重で特攻できる腕を持つBJを引き離す事はできず、逆に距離は縮まってしまっている。
「シーナ、準備はいいか」
「はい、あったまってますよ」
「ぶっつけ本番で使うことになるとはなっ」
最後の小惑星を抜けた所で一気に加速する。そこへ十分に加速した状態のハンマーヘッドがやってきた。シーナの遠隔操作で加速体勢に入っていたハンマーヘッドの前へ軸を合わせてドッキング。補助アームで船体を固定すると、ハンマーヘッドの加速を全開にした。
先のアンコウ戦で苦労した点も含めて、合体分離に幾つかパターンを組んでおいた1つで、最高速を維持したままのドッキングプログラムだ。
『なにっ、合体機だと!?』
同じく小惑星帯を抜け出たBJは、こちらが合体している事に気づき、続けざまに粒子砲を撃ってきた。何発か命中弾があったのは、さすがとしかいいようがないが、ハミングバードでは致命傷になり得た攻撃もハンマーヘッドのシールドなら耐えられる。
ホーク型も遅くはないのだが、偵察機として速度を出せるハンマーヘッドの最高速の方が速い。
ハミングバードを抑えるための選択としては良かったが、ハンマーヘッドと競走するには向いていない。
縮まりつつあった距離を徐々に広げながらゲートを目指す。小惑星帯の中だと加速できずに捕まった可能性もあるが、星系のほとんどは直線で移動できる何もない空間だ。
海賊船の巡回ルートもあるが、最高速に達した合体機には追いつけない。
『そうか、君は例の成金王だな。先のレイド戦で見せた合体機を自分なりに再現する発想力。君とは波長が合いそうだ。まずは友達から始めないか?』
「まずはって……その先があるのか?」
「フレンド申請が来ています」
「とりあえず無視で……」
『先のクジラ戦で即席の防衛拠点を作っていたのは君だろう。あの発想を見たからこそ、私はあの基地を作れた。君が合体機を作ってくれたように、互いを高め合えると思うのだが、どうかね』
「……ちなみに海賊プレイヤーとフレンドになったら、レッドネームになるのか?」
「さすがにそれだけでは海賊扱いにはなりませんが、他のプレイヤーに不利益な情報を流したとすると徐々に不法ポイントが貯まっていきます」
「まあ、保留だな。油断させて撃沈されてもかなわん」
クジラに一撃で粉砕された拠点。労力の割にネットの評価も散々だったが、それを糧にしてくれた人がいたというのは、心動かされないかといえば嘘になる。
しかし、気を許せる相手ではない事も確か。今は星系を脱出する事が優先だった。