閑話 6
フウカサイドのレイド戦
「寝坊した」
明け方までタイムアタックに費やし、なんでやねんが出した記録を塗り替えたところで就寝。気づいたらもう正午を過ぎていた。
むくりと体を起こした少女はポテポテと洗面所へと向かい、寝癖のついた髪を梳かす。まだ半覚醒の頭は夢の続きを見ているような雰囲気だ。
歯磨きを終えて自室へと戻ってくると、力尽きて脱いだままのVRゴーグルが無造作に置いてある。リストバンド型コントローラーは手に付けたままだった。
「お腹減った」
再びポテポテとリビングへと移動して、冷蔵庫の中から幾つかのフルーツを取り出して並べる。モキュモキュとオレンジやグレープを食していくうちに、ようやく頭が起き始めた。
スマホでSTGの掲示板を見てみると、ガス惑星のタイムアタックがそれなりに盛り上がりを見せている。
その場にいたプレイヤー達と情報交換しつつ、コンマ何秒の世界でスコアを縮めていった。ブレイクスルーは、ソニックブームによる氷塊の吹き飛ばしと、ミサイルによる気体に穴を開ける事だった。
音速を越える時に生じる衝撃波は、ガス惑星でも発生する。成金王が作成したジェリーフィッシュは、防御を高めるためにクラゲの頭型の船首になっていたため、空気の壁を突破しづらかったが、ファルコンは戦闘機型。元々のデザインからマッハを越えるのに必要な流線型を持っていた。
そして何もない空間にミサイルを撃ち込み、程よい距離で起爆させると周囲の空気を押しのけ、次の瞬間にはそこへ向かって空気が動く。それを利用して気流を変化させる事で、氷塊を避けたり速度を稼いだりできた。
もちろん、タイミングもシビアで利用できるまでにはかなりのトライアンドエラーを繰り返したが、その甲斐もあってタイムを縮める事ができた。
「まだ私が1位」
フンスと鼻息荒く実力を誇示して見せた。その場に居合わせた面々からは称賛されたが、なんでやねんは居なかったので、悔しそうな顔が見れていないのが残念に思っている。
ファルコンにこだわりを見せるフウカに対して、限界があると説教をたれて、次へと向かった成金王。それに反発してタイムを更新して見せた。
とはいえ限界の意味もわかっている。新星系に入って、明らかに火力不足に陥っていた。それは相手が強いというよりは、自分が非力。攻撃を受ける危険はほとんど感じず、一方的に攻撃できていてもどうしても時間が掛かる。それは難易度を上げているというよりも、無駄に手間を掛けている感覚を拭えない。
「ムカつく」
ポリポリとりんごスティックをかじりながら呟いた。
「ん……」
タイムアタック掲示板を眺めているうちに、レイドよりタイムアタックかなぁという書き込みに行き当たり、レイドが行われる事に気づく。
「時間……始まってる」
慌ててログインし、デフシンへと向かった。
「寝坊した」
このところ顔を合わせる機会の多いキーマカレーを見つけたのでそこへと向かった。どうやら今回はサンゴでできた衛星へと突入するレイドらしい。
内部は入り組んでいて、中々攻略が進んでいないとのこと。これは昨日知り合ったガス惑星に挑んでる面々も楽しめるコンテンツだろうと思い、知り合った何人かにメールを飛ばした。
「お嬢!」
「来てくれたのか!」
惑星の入り口にはFoods連合の部隊が、クレーター部分にあるハッチを修復しようと集まってくるナマコを撃破していた。
「ん」
「中はもうメチャクチャでな……正直、俺達の腕じゃあ損害が大きすぎる」
Foods連合は有名でそれなりの人数もいるが、どちらかというとエンジョイ系でミッションを皆で遊んだりというのが多い。特務曹長は特異なビルドのために、色んなメンバーから引っ張りだこだったので、自然とミッションクリア数が多くなっていたために得た称号らしい。
BJにやられた件もフウカ1人を4人、8人で撃破できてないのも仕方ない部分があった。
「わかった」
短く答えたフウカは、クレーターに開いた穴から惑星内部へと突入する。
南方の海を思わせる様々な形のサンゴで形成された惑星内部は、確かに死角が多い上に妙な出っ張りなどに邪魔されて速度が出しにくい。
ただ初期型ファルコンは小型機にして形はシンプル。多くが中型以上に乗り換えている中、比較的スムーズに奥へと進む事ができた。
しかし、場所はデフシン。粒子砲が使えないのがネックとなっている。初期型ファルコンの武装は、中口径粒子砲2門がメインで、他は誘導性能の低い短距離ミサイルと迎撃用レーザーしかない。
ミサイルは弾数が有限なので安易には使えず、レーザーはミサイル迎撃用なので、射程距離も短く威力も低い。
大抵のプレイヤーは、粒子砲をレールガンに載せ替えるなどして攻撃手段を確保していたが、フウカのポリシーがそれを拒絶する。
結果、大半の敵を避けて進むしかなくなっていた。
大群をトレインする形で衛星内部を探索、そのマップ情報はレイドに参加するプレイヤー内で共有されていく。
後から参加したタイムアタッカー達はそれを参考にフウカへと追いつこうとする者と、他の通路を探す者に分かれて、それぞれに攻略していく。
一方のゲート防衛側は、多数の魚型他次元生物をことごとく迎撃して、優勢を保っていた。しかし、衛星自体がゲートに近づくにつれて、敵の増援ペースは早くなり、衛星自体から遠距離攻撃が行われ始める。
防衛の中核をなすフレイヤ率いるヴァルハラ連合と特務曹長がまとめる事になった狙撃部隊は、徐々に追い詰められる感覚を抱き始めていた。
「フウカ、大丈夫か?」
「ん、問題ない」
「とてもそうは見えんがな」
衛星の更に奥への扉となってそうなクレーター状のハッチの前、多数の魚に追い回されつつハッチにミサイルを撃ち込んでいるフウカ。
確かに致命傷になるようなダメージは負っていないが、行動はかなり制限されていて攻撃もままならない。
そこへタイムアタッカー達が加勢して、フウカを追い回す魚やハッチを攻撃。次への通路を確保した。
「むう、私だけでやれた」
「呼んだのはお前だろ。俺達にも楽しませろ」
「なら競争」
「だな」
ニヤリと笑みを浮かべたフウカに対して、苦笑しながらも闘志を見せる男。ガス惑星へと突撃を繰り返す連中は、身の安全よりも突破する喜びを優先させるような集まりだった。
攻撃手段のないフウカが敵を集め、それを後方から撃破するチームワークが形成され、攻略は一気に進んでいく。
やがて衛星の中央部分であろうコアへと到達に成功した。
「さすがに数がやべえな」
「ん、きりがない。コアだけやる」
「といって、近づく事すら……っておいおい」
決断したフウカの行動は早い。ファルコンを加速させると、魚の群れへと突っ込んでいった。タイムアタッカー達さえ見つけられない道を、紙一重で避けながら突き進んでいく。
「行くしかねぇな、野郎ども」
「美少女の尻を追うのも男の役目だよな」
「ヒャッハー」
無謀としか思えない特攻だったが、それを躊躇う連中ではなかった。しかし、やはり無理はある。果敢に魚群へと突っ込んで行くが、徐々に機数を減らしていく。
援護が減って敵の密度が高ければ、さすがのフウカも進行速度が鈍る。それをタイムアタッカー達が後方から支援して敵に穴を空けると、すかさず身を滑り込ませていく。その甲斐あって何とかコアへの到達に成功した。
赤いクリスタルの様なコアに対して、ミサイルの残弾を撃ち込み、至近距離まで接近して迎撃用のレーザーや威力落ちている粒子砲を乱射するも壊しきれない。
後方からサポートしていたタイムアタッカー達も次々に落とされていき、フウカのもとへと魚達が押し寄せてくる。
こうなると最後の手段としてコアに向かって体当たりを敢行したが、それで減らせたのも微々たるものに過ぎなかった。
「もう1回」
即時修理を行って、再出撃したフウカだったが、無情にも『レイド失敗』のアナウンスが流れてきた。