閑話 5
キーマ視点でのレイド開始です
「本当に参加しないつもりなんだな……」
成金王、霧島遊矢から届いたメッセージを見ながら思わずつぶやく。フレンドリストにある彼の名前はオンラインを示しているが、この星系にはいないことも示していた。
先日会った時の様子と、昨日の会議への不参加。さらには新たにガス惑星へのタイムアタックなど、彼の行動から見てもレイドに来ないだろうことは察せられた。
「ま、仕方ないか。元々戦闘は好きじゃないと言っていたしな」
それよりも問題は、彼が寄越したメッセージだ。
『海賊は掲示板をクラックしている危険がある』
クラックとはコンピュータ界隈では、サーバーなどに不正にアクセスを行い、中の情報を抜き取ったり、改変したり、破壊したりする行為の事を言う。
以前はハッキングとか呼ばれていたように思うが、今は犯罪行為にあたるものはクラック、クラッカーと呼ばれるようになっていた。
そしてアクセス制限のある掲示板がクラックされているとなると、レイドに向けて話し合われた宙域の割り振りや、指揮系統などがリークされている可能性が出てくる。
「まあ大半は連合ごとに行動するから、情報が漏れていたとしても混乱するような事はないだろう……が」
布陣がバレているとなると、特定の連合を狙ってくる奴が出てくる可能性がある。既に前回の時点で情報漏えいの兆しはあった。BJが一直線に俺を狙って来ていた件や、外縁部の戦力の劣る宙域が海賊に狙われていた件だ。
スパイでも居るのかと危惧されていたが、掲示板のクラックは考えていなかった。
「とはいえ今から偽の情報を書き込んでも、こっちが混乱する可能性が高いしなぁ」
会議の前なら意識の共有などしやすかったんだろうが、既にレイド開始までは十分を切ろうとしている今からでは、リーダー間の連携すらままならない。
「フウカ嬢、来ませんねぇ」
「まあ成金王が来ないみたいだしな」
「ガス惑星のタイムアタック、ランクトップは取ったんだろ?」
「明け方まで掛かってたから、実は寝てるだけって可能性も微レ存」
「そろそろ、カウントダウンが始まるぞ」
「おおー、フレイアちゃん!」
デフシンのゲート前に陣取ったAlphaサーバーの連合ヴァルハラ。その中央にホログラフィでフレイアの姿が浮かび上がった。
『皆ー、デフシンのステーションのために頑張ろうー。それじゃ、カウントダウン、スリー、ツー……』
『デフシンのゲート付近に時空震を観測』
フレイアのカウントダウンが終わる前に、公式のナレーションが割り込んできた。フレイアのカウントダウンが少し遅かった様だな。
『大型の他次元生物が出現する可能性大。速やかに迎撃し、ゲートを守ってください』
公式オペレーターが無機質な声で伝え終えると、時空震が徐々に拡大していく。
「おいおい、クジラ以上じゃねえか!?」
「というか、どこまで広がるんだよ」
「各サーバーに現れた8頭分を一回で出すとか?」
ユニオンチャットで憶測が飛び交うが、それが現れた途端、誰もが息を飲んだ。あんなのアリなのか……。
ゲート前の空間に起きた時空震は、ゲートに匹敵する大きさまで広がり、中からは丸い物体が現れた。生物には見えないそれは、大きさも尋常ではなくステーションよりも大きいと思われた。
幾つものクレーターを刻まれたそれは、衛星だろうか。そんな物が転移してきた。
「これと戦えって?」
「どうやってだよ」
「ん? 何か出てきたぞ」
「小型の他次元生物だ。速いぞ、気をつけろ!」
クレーターと思われた表面の窪みから、ワラワラと魚型の他次元生物が現れていた。更には表面にあるデコボコの中には、フジツボの様なものもあり、そこから何かを撃ちだしてくる。
「こりゃあ、要塞衛星って事か」
「死の星?」
「イゼルローンかよっ」
人によって受け取り方は違うが、認識としては一致しているだろう。この球体は、衛星サイズの要塞であり、空母だ。それがゲートに向かって移動してきている。
こいつを撃破して、ゲートを守るのが今回のレイド戦だ。
「クレーターの一つを撃つ。射線上から退避」
「「「了解!」」」
こちらが提示した射線上から、連合の部隊が散っていく。それを見て、レールガンを構えた。
結局、成金王に託された攻撃力アップに速射性能まで上がった逸品を装備している。活躍するつもりはなかったが、ここで撃たねば後が辛いだろう。
「発射!」
ワンカートリッジ分の弾を継続的に撃ち出す。途中で分裂して散弾となった弾は、魚型の群れを撃ち抜きつつクレーターへと着弾する。
「特務曹長! 穴が空きました!」
「魚型が出てくるためのハッチになってるんだな」
「やっぱ、この手の敵は中に入って……だよな」
「映画みてーだ」
「お前、壁に当たって死ぬ方だな」
「何をー」
無駄話をしつつも穴を穿ったクレーターへと殺到していく。それを阻止せんと撃ち漏らした魚型が襲いかかっていった。
「さて、俺はどうするかな……」
魚型は小型で動きが速いので、狙撃対象としては向かないし、他のメンバーの様に衛星内部に突入するだけの機動力もない。
クレーターをこれ以上撃つと味方を巻き込むだろう。
「フジツボ掃除かねぇ」
接近する戦闘機を迎撃しているフジツボ型砲台に目標を定めた。
Foods連合が先陣を切った衛星内部への攻撃。衛星内部はサンゴ礁の通路となっていて、起伏が多く死角も多い。速度を上げれば障害物にぶつかりやすく、速度が遅ければ敵に狙われるという感じで中々攻略は進まなかった。
一方で衛星側は徐々にゲートへと近づきながら小型魚を多数放出。ゲートの破壊を目指している。
それに対するはゲート前の中央に陣取ったフレイア率いるヴァルハラ連合だった。
多数を相手にするのを得意とするフレイアを中心に、女性型アバターで形成されたワルキューレ部隊が小型魚を迎撃している。
衛星自体がゲートに近づいているタイムリミットはあるものの、戦局としては膠着しはじめていた。
「寝坊した」
「お、フウカ嬢か。来ないのかと思ったんだが」
「ん、なんでやねんは?」
「来てないぞ。というか今日は不参加って聞いてなかったのか?」
「知らない」
成金王の彼女と目されていたフウカ嬢だが、思ったより淡白な関係なのだろうか。
「現状は?」
「衛星内部が入り組んでいて、攻略に手間取っている。相手の攻撃も封殺できているが、このままだと衛星がゲートに届いてアウトだろうな」
「ん、わかった。中を攻略する」
外装に傷の目立つファルコンが、加速して衛星へと向かった。単機で何かできるほど甘くはないと思うが、期待させる雰囲気をもった少女だ。
それからほどなくして、ゲートから新たな部隊が到着した。
「よう、苦戦してるらしいじゃないか」
そう声を掛けてきたのは連合ロビーに遊びに来たことがあり、知己を得たフリーのパイロット。昨日発見されたガス惑星へのタイムアタックに興奮して、今回のレイドは見送ると聞いていた。
「今日は参加しないんじゃなかったのか?」
「フウカから連絡をもらってな。挑戦しがいのあるマップらしいじゃないか」
新たにやってきたのは、ガス惑星でタイムアタックに勤しんでいた連中だ。操縦テクニックに自信がある者ほど、そっちにのめり込んでいた。
それが衛星内部の攻略が思った以上に進んでいない原因だったようだ。
「フウカ嬢の奴、一瞬でその事に気づいたのか?」
「さあな。単に面白そうだから巻き込んだだけかもしれん」
なるほどそっちの方がありそうだ。
「しかし、お前もフウカ嬢と繋がってるとは思わなかった」
「いやぁ、昨夜からのタイムアタックでな」
いつの間にやら設置された臨時ステーションで、リトライの間隔は狭まったが、ダメージが一瞬で回復するわけではない。
修復を待つ間に情報交換が行われて、仲が良くなったらしい。
「何にせよ、俺達がいなかったために苦戦してる様なら、活躍するのもやぶさかではない」
「言ってくれるなぁ。しかし、心強いよ。中は頼んだ」
「任せとけ」
タイムアタックで操縦テクを磨いてきた一群が参戦した事で、戦局は大きく動くことになる。