199. 異世界1283日目 最低な貴族達
遺跡に向かう方向には港などの小さな町があるために最低限の道路は整備されている。ほとんど車は走っていなくて歩きの人が多い印象だ。車に乗っているのは商人の仕入れ関係の車だろう。
内陸から海岸線に出てしばらく走ったところにタニアという港町があった。特に寄るつもりはなかったが、町の方から血の臭いがしてきた。
「ジェン!!なんかおかしくないか?」
「ええ、血の臭いがするわ。ちょっと寄っていきましょう!!」
すぐに戦闘になる可能性もあるので、車を収納バッグに入れてから町の入口にやってきたが門番の姿がいない。どういうことだ?町に入り、あたりを警戒しながら少し町の中へと進んでいくと、あちこちに血の跡が飛び散っていた。特に魔獣の気配はないが、魔獣にやられた後だろうか?
「な、なにが・・・。魔獣でも出たのか?」
近くにいた人に声をかけてみる。
「一体どうしたんですか!?」
「ああ、魔獣にやられたんだよ。ちょっと前に大熊がやってきてあたりの住人に襲いかかったんだ。小さな子供も大勢やられた。くそっ!!」
それでこの惨状か。大熊は上階位上位の魔獣だから良階位の実力が無ければ倒すのは厳しいからなあ。気配を感じないと言うことはもう討伐されたのか?
「もう討伐されたんですか?」
「ああ、貴族の冒険者が退治してさっさと町を出て行った。」
「討伐されたんですね。良かった。」
「良くねえよ!!あいつらが倒せなくてこの町まで魔獣を連れてきたんだぞ。そして住人が襲われている隙を突いて討伐したんだ。それなのに討伐を終えたらさっさと町を出て行きやがった。俺たちの命をなんだと思っているんだ!!」
ま、まじか・・・。いくら何でもひどすぎる。倒せないとわかって逃げるのは悪いとは言わないが、他人を巻き込むなんて最悪だ。しかもその後何もなかったように立ち去るなんて・・・。
「怪我をした人達は今はどこにいるんですか?」
どこまでできるかわからないけど、できるだけのことをしてあげないと不憫すぎる。
「今は教会で治療しているが・・・。あんたたちは?」
「一応治癒魔法の心得がありますので加勢してきます。」
「そ、そうか、頼む。この通りをまっすぐ行ったところにあるからすぐにわかるはずだ。」
大急ぎで教会へと向かうと、多くの人でごった返していた。どうやら怪我をした人達の家族なんだろう。中に入られると収拾が付かないので入口で止められているようだ。
近くに水を運んでいるシスターと思われる人がいたので声をかける。
「すみません。多くのけが人が出たと聞きました。治癒魔法の心得がありますので、手伝いができればと思いまして。」
「ほんとですか!?それではお願いします。」
特に確認もしないまま教会の中に案内される。よほどテンパっているのだろう。
教会の部屋にはシーツが敷かれてその上に怪我をした人達が並べられていた。かなりの深手を負っている人達もいるが、まだシーツを掛けられていないところをみると亡くなった人はいないのかもしれない。看護をしている女性が5人ほどいるが、治癒魔法を使っているのは2人だけのようだ。
話を聞くと使える治癒魔法は初級レベルらしく、止血するのが精一杯のようだ。まあこんな地方の教会にいるのはそのくらいだろう。このため重体の人達はすでに諦められているように見える。
まずは怪我をした人達の状況を見てみる。この部屋に連れてこられているのは怪我のひどい人だけのようで、かなりやばそうな人が5人、深い傷を負っているが命は大丈夫そうな人が6人という感じだ。他の部屋に軽い怪我をした人達が20人ほどいるらしいが、後回しにされているようだ。
「まずは止血から先に進めていきます。」
そう言ってジェンと二人でまずは止血から取りかかる。血が止まらないとまずいからね。自分たちの治療を見てシスター達は驚いていたが、すぐにサポートに入ってくれた。
全員の応急処置を終えたところで一息つく。あとは一人一人きちんと治療していく感じだな。これだけでも結構疲れてしまったが気力を振り絞るしかない。
今回の自分たちの治療のことはできるだけ広めないでほしいとお願いすると、シスターもそのあたりはわかっているみたいで他の人達に説明してくれた。
治療できるシスター二人は軽傷の人達の治療に行ったので、治療をしながら残った人に今回のことについて詳細を聞いてみた。
最初は町の近くに強い魔獣が出たので討伐依頼を出したらしい。そこにやってきたのが貴族の冒険者達で、やってきて早々に宿で豪遊していたらしい。討伐を依頼した手前、むげにもできず、数日泊まった後、やっと討伐に向かったようだ。
すぐに倒してくれたらまだ良かったんだが、やられそうになって町の中まで逃げてきたそうだ。しかも手負いの魔獣を連れてだ。そのあと町の住人が襲われている隙に討伐したんだが、倒した冒険者達は住人のことは無視してそのまま立ち去ったらしい。しかも討伐証明を強引にもらっていったようだ。
話を聞くと怒りがこみ上げてきた。なんて奴らなんだ。こんなことが普通なのか?・・・いかんいかん、集中しなければまずい。
「なんてひどいことを!!人間としてあり得ないわ!!冒険者の意義はどこに行ったのよ!!」
ジェンは怒りが収まらずに叫んでいた。
「ジェン、怒りはわかるけど、今は治療に専念しよう。」
「わ、わかってるわよ。イチ、絶対に傷跡も残さずに治すわよ!」
「もちろん!」
精神を鎮めてから治療を再開する。女の子の顔なんか傷が残ると大問題だからね。足が切れてしまった人もいたが、切れた先が残っていたからまだ治療はしやすかった。どのくらい時間が経ったのかわからないけど、怒りの感情のせいか逆に集中して治療ができたのは良かったかもしれない。
治療が終わった人達はそのまま眠りについていたので、起きてから確認してもらわないといけないが、おそらく大丈夫だろう。血がかなり流れているので安静にしておかないといけないからね。
「大丈夫ですか?もうすぐ夜明けの時間となりますよ。」
「そんなに時間が経っていたのか!?」
なんとか治療を終えて一息ついたところでシスターが声をかけてきた。結構な時間ぶっ通しで治療をしていたんだな。
起きたら食事をしてもらおうとサンドイッチなど簡単に食べられそうなものと一緒にいくつかの食料を出しておく。いくら治療しても栄養がなければちゃんと治らないからね。




