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元勇者(ラスボス)



 同じ学校の文芸部に所属していた五名の少女。

 少女たちは、夕暮れどきの校門で、世界の亀裂に遭遇した。


 巫女のもとに召喚された、十名の異世界人。


「お願いいたします、勇者さま。どうかこの世界を救ってください」


 元の世界に帰還する術。

 それは世界に秩序が戻ったとき、神託によってもたらされます。


 自信と情熱に満ちあふれた、四名の少年たちがパーティーを組んだ。少年たちのハイテンションに危険を感じた五名の少女たちと、ひとりのおっさんがパーティーを組んだ。


「どうやらオレはここまでのようだ」

「なにいってんだよ、おっさん! まだはじまったばかりじゃないか! こんなチュートリアルダンジョンでリタイアとか、いい大人が恥ずかしいと思わないのかよ!」


「どうやら今度こそ終わりのようだ」

「なにいってんだよ、おっさん! こんな初級ダンジョンでおしまいとか、アホみたいじゃないか!」


「どうやら万策尽きたようだ」

「なにいってんだよ、おっさん! こんな怪我くらいなんだよ! サユリにまかせておけば簡単に治るだろうが!」


「どうやらオレは幸運を使い果たしたようだ」

「なにいってんだよ、おっさん! 仲間のパピードラゴンに甘噛みされて死ぬとか、後味が悪すぎるだろうが! ヒカルですら落ち込んでるじゃねえか!」


「どうやらオレも焼きがまわったようだ」

「なにいってんだよ、おっさん! フレンドリーファイアで死んだら後味が悪いって何度いったらわかるんだよ! ちゃんとよけろよ! ココアもちゃんと声を張れよ!」


「どうやらオレも年貢の納めどきだ」

「なにいってんだよ、おっさん! ヒュージスライムに飲みこまれて死ぬとかって、ちょっと、服が溶けかけてるって! カオリ! おっさん以外のところを斬ってくれ!」


「どうやらオレの命運は尽きたようだ」

「なにいってんだよ、おっさん! あたしらのことを護るんだろう!? 死んだらどうやって護るっていうんだよ!」


 おっさんは、少女たちの壁役となって、初期から中期の冒険で活躍した。死んじゃうからダメだと泣きつかれ、パーティーから外れたあとも、ソロでぼちぼちと活動していた。別れて活動していた少年たちが死んだと知り、後悔の念から、若手冒険者たちの育成に力を注いだ。


 恐怖に立ち向かい、戦いつづけた勇者たち。


 少女たちは成長して、それぞれに立派な戦乙女となった。

 おっさんもまた、冒険者を支える組織をつくり、彼女たちをサポートした。


 世界の秩序が回復したとき、巫女の前に集まった六名の勇者たちは、祝福を受け、約束された神託を伝えられた。

 

「その地には、元の世界に帰還する術があります」


 巫女の個人的な想いにより、異世界人たちはすべてを教えられた。元の世界に帰還するための条件を。彼女たちが神々の手によって救済され、協力を強いられていたことを。目の前にいる巫女が、神々の手先であることを。

 真実に対する想いはそれぞれ。

 しかし、巫女を責めるものは誰もいなかった。


 いと高き女子力をもつ、みんなのお母さん。

 ゴッドマザーこと聖女サユリは、巫女とともに人々をまとめ国をつくった。


 頼れる姉御肌にして誰よりも乙女。

 ジェントルマンハンターこと盗賊女王アケミは、おっさんを引き連れてダンジョンを攻略しつづけた。

 

 みんなの妹にして監視対象。

 ドラゴンシスターズこと竜騎士ヒカルは、ドラゴンとともに世界を旅した。


 恥ずかしがり屋でも恋には大胆。

 ミッドナイトラヴァーこと大魔術士ココアは、サユリを補佐しつつロマンスに溺れた。


 理屈さえも両断する正義の味方。

 ジャスティスマスターこと剣聖カオリは、元の世界に帰還することを選び、そして……。





「まるで飛行せ……」


 カオリは、巫女から教えられた地に向かい、ダンジョンコアに手をふれた。


 ダンジョンマスターとなったカオリは、光に灼かれた両眼をいたわりながら、初期ポイントをすべて費やして城をつくった。ドラゴンも発着できるテラスのある、古式ゆかしい立派な建造物である。


 なにもない荒野に、ぽつんと誕生した城。

 数百年は草木も生えない、そんな土地に人間はいない。

 カオリはひとり、ここで暮らす。


「さすがはカオリちゃん。ポイント極振りで粗食暮らしとか、尊敬に値するよね。食べなくても生きられるそうだけどさ。こんな立派なお城を建てといて、デザートのない生活とかありえないでしょう」


 竜騎士ヒカルの言葉に、ヒカルの相棒であるブラックドラゴンが吠える。


 カオリを神託の地まで運んでくれたうえ、ユカリのお弁当を運んできてくれる。ドラゴンライダーによる宅配サービス、および、お城から出られないダンジョンマスターの話し相手として、ヒカルは重宝されていた。


「せっかくだから、クロノちゃんといっしょに泊まっていってよ。ポイント収入いい感じだから」

「うむ、よかろう。余はタピオカミルクティーを所望である」

「ああ、それはまだ厳しいよね」

「なんとっ!?」

「今度、みんなを連れて遊びに来てよ」

「オーケー。忙しかろうが連れてくる。タピオカミルクティーのために!」

 

 なかなかポイントはたまらなかった。


「約五百年の長期計画とはいえ、あまりにも無節操じゃない?」


 おっさんとサユリにやんわりと忠告されたものの、カオリは、巫女や仲間たちのためなら気にならなかった。

 楽しい思い出をつくる。

 別れが来ることはわかっていたから。

 ダンジョンマスター以外は、年齢を重ねて、いずれ死ぬ。


 莫大なポイント消費すれば、若さを保つ秘薬を召喚することもできた。ココアは若干揺らいでいたが、誰もが死ぬことを選んだ。カオリは嘘が下手だった。人間社会で暮らすものが秘薬に頼れば、秩序を乱すことにもなる。家庭をつくったものも、そうでないものも、誰もがみんな別れを選んだ。幸せだったと、楽しかったと、カオリに告げて。


「みんな、いなくなっちゃったね」


 城にまつわる思い出が、たくさんできた。


 昔みたいな文芸活動もやった。

 アケミの結婚式もやった。

 盛大な誕生パーティーも。


 誰もが死期を悟るたびに、別れの挨拶にやってきた。


『カオリは、どうして帰ろうと思ったんだ?』

「たいした理由なんてないんだよ。私はただ、向こうの、元の世界で死にたいと思っただけ」


 みんなとは、なにかがすこし、違っただけ。


「向こうのって思うくらい、こっちの世界で生きてきたのに……みんなといっしょなら、そんなの、どうだってよかったのに……」

『……わたしは、カオリがいてくれて、うれしい』

「ありがとう」


 カオリは、ヒカルの相棒であったドラゴンに、告げた。


「私はもう、眠ることにするね。次に世界が重なるときまで……クロノちゃんは、どうする? いっしょに眠る?」

『わたしは、ふつうに眠るよ。ときどき起きて、ヒカルのお墓のようすを見に行くんだ』

「そっか」

『高い山にあるんだ。世界をすべて見渡すような、すごい場所に』

「ヒカルが、そこがいいって言ったんでしょ?」

『よくわかったな』

「当り前じゃない」


 なにもない荒野に、ぽつんと存在する城。

 一体のドラゴンが眠り、ひとりの人間が深い眠りについた。

 永い時が流れた。





 封印術の一種による眠り。

 時期が来れば目覚めるように仕込んである。


 ダンジョンマスターであるカオリは、天蓋つきのベッドのうえで目を覚ました。


 ダンジョン機能により清潔さは保たれている。

 眠りについたときと変わりはない。

 ただ一点、となりに知らない女の子が、全裸で眠っている以外は。


「ヒカル?」


 ヒカルに似ている、小柄な少女。

 黒い髪に、身体には黒い鱗がちらほらと。


「竜人族?」


 それにしては人間に近い。


「んあ?」

「あっ」


 少女が目を開けて、カオリをみた。


「起きたんだな、カオリ」

「もしかして、クロノちゃん?」

「ああ、そうだ」

「人化の術?」

「そう、最近おぼえた。まだちょっと不完全だけどな」

「鱗とかついてるもんね」

「寝ている間に変化が解けないか不安だったんだが」

「えっ? もしかして私、危なくなかった?」

「それはそうなんだが、ひさしぶりに、ベッドで寝てみたくなったんだ」


 冒険の初期、ヒカルといっしょに寝ていた。

 いまでは巨大になりすぎて、化けでもしないかぎりベッドには乗れない。


「人間の姿で過ごすの?」

「ああ、この姿になったら、食べたいものがあったんだ」

「じゃあ、とりあえず、服を着ようか。それで、なにを食べたいの?」

「ヒカルたちが食べていたもの、全部だ」


 予定どおり、ダンジョンエネルギーは十分溜まっている。

 どんな贅沢をしても、なんの問題もないほどに。


「うわぁ、なんか草原になってるねえ。向こうには林もできてる」


 グラスを片手に、テラスから外の景色をながめる。

 荒野だった周辺地域は、約五百年の時を経て、緑を取り戻しつつあった。


「……なんか、モンスターもあちこちにいるんだけど?」

「心配するな。ここはわたしのマーキングが効いてる。あいつらは近づかない」

「いや、そういうことじゃなくて」


 カオリが見ている光景は、彼女の知る、戦場に似ている。


「ねえ、クロノちゃん。この世界、いま、どんな感じ?」

「ん? そうだな。空から見た様子だと、町や村が荒らされているな」

「サユリちゃんたちが、このときのために備えをしたはず」

「アルファ王国をふくめ、それなりに対抗はできている。でも、このままモンスターが増えつづけたら、厳しいとおもう」

「異世界人たちは?」

「さあ? そこまではわからないな」


 仲間たちと救った世界が、ふたたび危機に陥っている?

 危機については巫女から教えられていた。

 仲間たちが対策をたてて、被害を防いでくれると信じていた。

 甘かった?

 私は、どうする?

 このまま元の世界に帰還してもいいの?


 突如、城内に騒々しい警告音が鳴りひびく。


「なに?」

「なんだ?」


 カオリとクロノが周囲を見まわす。

 照明が落ちて暗くなり、壁にスクリーンがあらわれた。

 神々のメッセージが流れる。


『混沌のガチ勢力が気合いを入れてる。

 世界けっこうピンチ。

 我々あわただしい。

 ひとりミスった。

 そっちのダンジョン機能でリカバリーする』


 理解が追いつかないうちに、召喚陣が輝きはじめる。

 光がおさまり、召喚陣が消えたとき、城内の照明が復活する。

 黒髪の少年がいた。

 ボーイスカウトの恰好をした、十二、三歳くらいの、異世界人の子どもが。


「……ここは?」


 あたりを見まわす少年と、目が合う。


「きみ、お名前は?」

「えっと、ぼくはヤクモといいます。あの、お姉さんは? ここは、どこなんですか?」

「ごめんなさい。私の名前は、カオリ。こっちの女の子は、クロノちゃん」

「はじめまして……鱗?」

「なんていったらいいのかな。そうだね、ここは、異世界で、ヤクモくんは、世界の抜け穴みたいなものに落っこちて、ここへ流されてきたんだよ」


 カオリは、たどたどしく説明をつづけた。少年が不安にならないよう心を配りながら、こんな子どもが戦わなくてはならないことに心を痛める。

 私が戦う?

 それはできない。

 ダンジョンマスターは外に出られない。

 外に出たら、マスターの資格を失う。

 元の世界に戻れないのなら、私は、なんのために生きてきたのか。


 城内の照明が落ちて、ふたたび壁にスクリーンが映し出される。


『出てもオーケー。

 もう一度コアに触れたらマスター権利復活。

 帰還までのタイムリミットは三百日。

 いい仕事を期待する』


 スクリーンが消えて、照明が戻る。


「なんですか、いまのは?」

「神々の気まぐれだ、気にしないほうがいい。それよりも」


 ヤクモの質問にクロノが応える。

 クロノはわかっていた。

 カオリが燃えていることを。


「よし、やってやろうじゃないの!!」


 カオリが叫び、ヤクモ少年が驚き、クロノがパンケーキを食べつくす。


「ヤクモくん」

「はい?」

「お姉さんはただのお姫さまではない。私こそ、かつて世界を救うために戦った、勇者のひとり! 少年よ! 私とともに、超特急で世界を救うのだ!!」


 正義の味方、カオリ。

 熱い心をもった彼女は、世界を救うために、ふたたび立ちあがった。





 ダンジョンポイントを消費して、最高の装備、最高のアイテムをそろえた。


 カオリ。

 クロノ。

 ヤクモ少年。


 無理をしてヤクモ少年を死なせてはならない。

 初級ダンジョンがある地方に、ダンジョン機能で転移する。


 彼女たちの冒険は、食い逃げからはじまった。


「走れ! 走るんだ、少年よ! すべての鍛錬は走ることからはじまる!!」

「嘘ですよね!?」

「さすがはカオリだ。これだけの準備をしておきながら、お金を忘れるとは」

「ダンジョンで稼げば問題なかったの! クロノちゃんが食べたいっていわなければ大丈夫だったの!」


 街の外へ逃げ出した。モンスターの姿がちらほらと見える。強者の存在に気づいて近づいてこなかったのだが、カオリの勢いにまかせた提案により、ヤクモ少年が戦うことに。少年の冒険は、ハードモードであった。





「あれ? ヤクモくんは?」

「カオリといっしょじゃなかったのか?」

「……探知魔術はつかえるはずだし、迷子にはならないよね?」


 アルファ王国に集められた他の異世界人たちが、初級ダンジョンでゴブリンを相手にしているころ、ヤクモ少年は、たったひとりでオークの群れと戦っていた。

 ハイペースで強くなるヤクモ少年。

 カオリは中級ダンジョンを目指すことにした。





「えっ? 酒場でマジックバッグを盗まれたんですか?」

「防犯機能はついているから中身は無事だろうけどね……ふふっ、ほんと、どこのおバカさんでしょう」

「まったくだ。どこの命知らずが、わたしたちをバカにしてくれたんだろうなあ」


 街が半壊したため、カオリたちは次なる街、上級ダンジョンを目指した。


「これでしばらく食費には困らないね」

「……盗んできたんですか?」

「盗んだんじゃないぞ、ヤクモ。奪ってきたんだ。つまり、戦利品だ」

「……えぇ」

「これもすべては正義のため。しかたないんだよ、ヤクモくん」

「すべてを許される。それが正義の味方というものだぞ、ヤクモ」


 己の理を押しとおす最高戦力、ジャスティスマスター、カオリ。

 それを後押ししていたヒカルの相棒、クロノ。


「ジャスティスってなんだろう」

「それはもちろん、世の中を正そうとする、強い意志だよ」

「えっ? 妄想と性癖のことじゃないのか?」





 その国は、かつて異世界人が持ちこんだ書物が保管されていた。伝説の竜騎士が、こちらの世界の言語に翻訳して、この地に広めたとされる。その書物の内容に感化されて誕生した二つの宗教組織、ローズとユーリ。男女の愛を否定し、根絶しようとする巨大な組織が、国の権勢を握り、混沌をもとめる神々を崇める、巨大な塔を建設していた。


「男は男と、女は女としか愛せないだなんて、歪んでいる」


 カオリは、ヤクモ少年に街の外での待機を指示したのち、クロノとともに調査をはじめた。


「邪教、亡ぶべし」


 一刀両断。

 剣聖カオリによって塔が崩壊する。

 保管されていた書物は灰燼と化した。


「あれはカオリが持ちこんだってヒカルがいってたような」

「それはきっと、クロノちゃんの記憶違いというもの」

「城でなんか書いてるときも、カオリはいっつもびーえるだって、ヒカルたちが笑っていたような」

「BLはいいの。男女の愛を否定するのがよくないの。禁忌だから燃えるの」


 自分の私物が知らぬ間に聖書あつかいされていて、原理主義的な宗教団体ができあがっている。

 滅ぼすしかない。

 黒歴史とはそういうものだ。





 またひとつダンジョンを制覇した、ヤクモ少年。

 またひとつ街を半壊させた、カオリとクロノ。

 逃げるときはいっしょである。


「なにをしたんですか!?」

「奴隷商人がいたの。みんなが助け合わないといけないときに、他人を犠牲にして甘い汁を吸っている連中が」

「そいつらは街の領主と結託していたんだ」

「だから、また奪ってきたんですか?」

「これもすべては正義のため。しかたなかったんだよ、ヤクモくん」

「そうだぞ、ヤクモ。お金がないと、幸せになれないんだ。お腹いっぱい食べられないんだ」





 とある街に、モンスターの軍勢が押しよせてきた。

 外壁前の戦場には、街の兵士たちと共に戦う、ヤクモ少年がいた。


「おもしろい武器をつかうな、少年よ」

「これですか? カタナっていうんです」

「……もしかして、勇者かい?」

「えっ? ぼくは勇者ではありませんけど?」

「そうか。アルファ王国で召喚されたという勇者は、君と同じ黒髪であると──!?」

「地震!?」


 大地が揺れる。

 激しく、一定のリズムで。

 モンスター軍団の背後に、山がみえた。

 動いている。

 山のように巨大なものが、迫ってきている。


 岩石系モンスター。

 山のような、巨大ゴーレム。


 兵士たちには絶望の対象。

 ヤクモ少年も、蹂躙される街の姿を想像した。


「わたしがやるよ」


 見物に徹していた、異形の少女が参戦する。

 ヤクモ少年の成長を見守っていた、カオリの機先を制して。


「クロノちゃんが?」

「ああ、わたしより大きい敵は、なかなかいないからな」

「えっ? ドラゴンの姿で戦うの?」


 咆哮が、戦場に響きわたる。

 戦っていたものたちの動きが止まる。

 人間も、モンスターも、突如としてあらわれた最強モンスター、ブッラクドラゴンに声を失う。


 山のような巨大ゴーレムの前に、ブラックドラゴン、クロノが舞い降りる。


 災害と災害。山のような巨大ゴーレムと、頑丈さが特徴のブッラクドラゴンが、正面から衝突した。吹き飛ばされるドラゴン。外壁にぶつかる。逃げまどう、モンスターと人間たち。緩慢とした動きで、両腕を天に突きあげる巨大ゴーレム。それはまるで勝利者の構え。怒りの咆哮。ドラゴンがブレスを放った。今度はゴーレムが後方に倒れた。


「あれが、ドラゴン」

「いや、あれは最強クラスだ」

「ドラゴンのなかのドラゴン、竜王だ」


 巨大モンスターたちの戦いが終結する。

 勝者は、竜王の称号をえた、ブッラクドラゴン。


 勝利の雄叫びをあげたとき、モンスターは一匹のこらず消えていた。人間の姿に戻ろうとおもったクロノは、街が半壊していることに気づいた。

 破壊王はドラゴンの姿を維持した。

 その背中に、カオリとヤクモがこっそりと乗った。

 逃げるときはいっしょである。

 それが仲間であった。



10



「すごい景色ですね」

「……ほんとうに、言葉もでないよ。まさしく、絶景だね」


 ドラゴンの背中にのって、カオリたちは高い山の頂にきていた。

 雲よりも上。

 世界のすべてを見渡せるような、特別な場所。


 逃亡の流れでしかなかった大空の旅。

 爽快な気分となり、旅の目的を少し忘れていた、カオリが願った。

 心残りであった、仲間の、お墓参りを。


「ここが、ヒカルの眠る場所だ」


 ヒカル本人が準備をして、永遠の眠りについた場所。

 この地には安寧が続くだろう。

 竜王の称号を得た、クロノがいるかぎり。


「ありがとう、クロノちゃん。いま、もう一度、心から、お礼をいうよ」


 ヒカルに似た、少女の姿となったクロノを抱きしめて、カオリは涙を流した。

 声をころして泣いているカオリの姿に、ヤクモ少年もまた、自然と涙があふれてきた。


 クロノが思い出すのはヒカルのこと。同じように泣いていた。ドラゴンであった自分にすがりついて。残していく、親友と相棒のことを考えると、涙が止まらないのだと。

 ずっと共にありたい。

 そう願った自分たちの祈りは、神々に届いていたのだろうか。

 ヒカルとの絆を、いまもなお感じている。ヒカルの魂はどこにあるのか。人化した姿が、ヒカルに似ているのは。ヒカルを想って泣いているカオリを、ずっとそばで守りつづけてきたのは。


 カオリが泣きやむまで、クロノはそのまま、されるがままに、じっとしていた。



11



 山頂から、少し標高の下った場所。そこにはヒカルが、クロノといっしょに暮らそうとしてつくった、巨大な洞窟があった。


「崩れないように、ちゃんとしてるね」

「この柱とか、彫刻がすごいです」

「ヒカルは凝り性だったからな」


 あちこち見まわったあと、今後の方針を決める。


「ヤクモくんも十分強くなった。これからは私も参戦する。遠慮もしない。クロノちゃんの背中にのって、上空から魔術で探査。世界各地の危険なモンスターを倒しつつ、難関ダンジョンを制覇する。残り期限が十日間となるまで」


「それからは?」

「あとは、この世界の人たちや、今代の勇者にまかせるよ」

「帰らないと、いけないもんな」

「戻るまえにアルファ王国へ行くよ。みんなのお墓参りと、今代の巫女に挨拶をしたいから。ヤクモくんのことも、紹介しとかないとね」

 

 洞窟内で一夜を過ごした。

 決意を新たにしたカオリたちは、本格的に動く。


 上空からのドラゴンブレス。

 上空からの斬撃。

 大地を吹き飛ばし、地形を変えながら、兇悪なモンスターを血祭りにあげていく。

 その姿、遠くの街から眺める人間たちには、破壊の権化。

 モンスターを退治しているなど想像もつかない。


 人間社会に混沌をまき散らしつつ、カオリたちは各地を旅した。


 地上に降りてはダンジョンを蹂躙。

 街では大金をばらまき、食事処を荒らしまわるクロノ。

 同じように大金をばらまき、酒場を荒らすカオリ。

 襲いかかる男どもから情報を聞きだし、ジャスティスの名のもとに、盗賊のアジトや奴隷商人の邸宅や悪徳領主の豪邸から、金銭を強奪する。勢いで建物を破壊する。

 その間、道に迷い、モンスターを蹴散らし、人々を救うことになるヤクモ少年。


「もしや勇者さま?」

「えっ? ぼくは勇者ではありませんけど?」

「なにかお礼を」

「おい、なんだか街のほうが騒がしくないか?」

「火の手!? 街が燃えている!?」

「……すいません、ぼくはこれで失礼します」

「ああっ、お待ちください! せめてお名前だけでも!!」


 犯罪者として噂が広がる、カオリとクロノ。いっしょに逃げまわるヤクモ少年には、逃亡犯、という心の傷が生まれており、身体には、速やかな撤退という習慣が刻み込まれていた。



12



 アルファ神殿。

 忍びこもうとしていた一行を、巫女が出迎えた。


「初めまして、で、いいんだよね?」

「はい。記憶の一部を継承しているだけの、別人ですので」


 それでも、懐かしさがこみあがる、今代の巫女。


「ほんとうに、カオリさまなのですね。そしてそちらは……」


 世界を荒らしまわる竜王と、世界各地で暴れまわる、黒髪の女たち。異世界人らしき情報に心を配っていた巫女には、『それ、カオリ』という神託がおりていた。さすがに動揺を隠せなかった。慌てふためく神官たちを安心させながら、世界が救われることを確信した。そして、出会える日を待ちわびていた。


「なるほど、どことなくサユリちゃんに似て、ほんわりとしてる」


 巫女の進言により、カオリたちはアルファ神殿に召喚できなかった異世界人として、城に招かれた。

 気のいい王族たちの、気前のいい食事会。

 酒に酔ったカオリが、

「私は五百年前に流されてきたんだけどね」

 などと口走り、好奇心を爆発させた王に詳しい話を迫られもした。王族たちは、アルファ王国の祖であるご先祖様が、勇者であったことを知らなかった。


「サユリちゃんが、そういうのを嫌ったんだろうね」

「血筋に重きをおかず、政治によって、民衆から認められる存在であってほしいと」

「記録を残さないようにして、巫女さんにも、口止めを?」

「頼まれました」


 伴侶となった男や、息子たちにも頼んだ。

 墓石に刻まれた言葉は、彼らが考えたという。


「巫女とともに人々を慈しんだ者。

 四人の親友、五人と一体の仲間に恵まれた者。

 ここに眠る」


 カオリは手を合わせて、家族に仲間のことを語る、親友の姿を想像する。

 きっと彼女は、自信をのぞかせながら語っただろう。

 そんなサユリを想像しながら、やはり、どうしたって泣けてくる。



13



 アケミ夫婦の墓も、ココアの墓も、きちんと残っていた。

 三名とも貴族の扱いとなり、アルファ神殿の一角で、花々に囲まれていた。

 どちらにも子孫がおり、王宮勤めの文官や、兵士や冒険者として活躍しているという。


「これで、心残りはないかな」


 帰還の期限まで、あと三日。

 カオリは、クロノとヤクモ、そして巫女と話しあう。


「どういう手はずなのですか?」

「クロノちゃんに乗せてもらって、ダンジョンにもどる。お城の寝室にあるコアに手をふれたら、マスター権利復活。元の世界にもどる。簡単でしょう?」

「なるほど……」

「ヤクモくんはどうする? かなり貢献したから、ヤクモくんも戻れるかもしれない。それぐらいのポイントは溜まってる」

「ぼくは、こっちに残ろうと思います」

「……どうして?」

「まだまだモンスターは多いですし、危険なダンジョンもいっぱいあります。だから……守りたいと思ったんです。カオリさんや、カオリさんたちが救った世界を、もう二度と、カオリさんが心配しなくていいくらいに、守りたいんです」

「かっこいいな、ヤクモ。わたしも応援するぞ」

「ほんと、ありがとうね、ヤクモくん」

「あの……」

「どうしたの巫女さん? なんか変な汗かいてない?」

「ちょっと確認しておきたいんですけど、カオリさん、なんていうか、ちょっとうっかりしてるとこ、あるじゃないですか?」

「うーん、ないこともない?」

「あるな」

「ありますね」

「それでですね、ダンジョンから出るとき、設定とか、しました?」

「設定?」

「はい、その、マスターが出てしまうと、コアはオートモードに移行しますので、一時的に封印するとか、それなりの設定をしておかないと、自動的に……」


 約五百年、最高戦力である勇者カオリと、最強のドラゴンが寝て過ごしたダンジョン。オートモードに移行したダンジョンコアは、たまりにたまった桁外れのエネルギーをつかい、史上最高難度のハードモードダンジョンを完成させていた。


「うわぁ」

「これ、けっこうやばくない?」

『世界をかつてない危機に陥れるとは、さすがカオリだ』


 禍々しい気配を放つ古城。

 ダンジョンからあふれだす、兇悪なモンスターたち。


 それらを上空から確認した、カオリとクロノとヤクモ少年。周辺のモンスター駆除からはじまる、三日で終わるわけがない、戦いのはじまりであった。



14



「いいもん! また眠るからいいもん!」

「ぜんぜん可愛くないぞ、カオリ。そろそろ年齢を考えろ」


 ハードすぎたダンジョンの攻略。

 ダンジョン前に前線基地を構築して、今代の勇者たちを巻きこんだ。

 世界各地で活躍が望まれる勇者たちであったが、


「君たちは強くならねばならない! 世界のために!!」


 というジャスティス理論によってカオリのもとに集められていた。


「このダンジョンをジャスティスと命名します」

「妄想と性癖?」

「ちがうのクロノちゃん。それはヒカルが勝手に言ってたことだから」

「カオリさん、もうすでに、巫女さんがオメガと命名してるそうです」


 このダンジョンを放置するのは危険であるため、悪い判断とはいえない。高難度ダンジョンでの戦闘やお宝アイテムによる装備の格上げもあり、強くならないわけがないので、まったくの無駄というわけでもなかった。のちに世界各地で活躍しているので、嘘でもなかった。


 半年後、カオリは最奥の地にてダンジョンコアに手をふれる。


 勇者たちは半年もの間なにをしていたのか。そんな世間の疑問に対して、元勇者がやらかした不始末をもみ消すために集まっていた、ではあまりに世間体が悪いため、強大な力をもつ魔王を封印するために集まっていた、という路線になった。


 世界各地で勇者たちが言いふらしたため、魔王が封印された、という説は人々に信じられた。

 アルファ王国の王は「五百年前に召喚された異世界人が、新たに召喚された異世界人の尽力によって眠りにつく」と備忘録に記し、知らぬ顔を決めこんだ。


 そして、元の世界に帰れなかったカオリは、ダンジョンがこれ以上ハードにならないよう、さまざまな設定をつくりあげつつ、住環境の整備を行っていた。



15



「ヤクモくんも、旅立つんだね」

「はい。いろいろとお世話になりました」


 ダンジョンコアは地下深く、最奥の地に置いて、カオリたちは地上にある城で暮らしていた。


 ハイリスクハイリターンのダンジョン、オメガの噂を聞きつけて、冒険者が集まってきている。彼らは地下に広がるダンジョンを探索している。地上にある城にも入り放題だが、そちらの侵入者対策は万全。いろいろと細工をして、許可がなければ存在すら気づけない隠し構造となっている。テラスから見おろしても、地上の人間は誰も気づかない。


「迷子にならないようにね」

「もうだいじょうぶですよ。けっこう、背も伸びましたから」

「そこはあんまり関係ないとおもうんだけど」


 カオリと、すっかり鱗が消えたクロノ。

 これが最期の別れとなる。


 ヤクモは、決して心配などさせないよう、笑顔で別れを告げた。


 ダンジョン機能による転移術。

 アルファ王国に向かい、そこからは人々と出会い、世界を巡る。


「いっちゃったね」

「ああ、いってしまったな」


 残された、カオリとクロノ。


「これからどうするんだ?」

「しばらくしたら、また眠ろうかな」

「そうか」

「あっ、忘れないうちに、これを渡しておくよ」


 ダンジョンマスター(仮)の指輪。


「これさえあれば、ダンジョン機能が使い放題。好きなものを、なんでもいくらでも召喚できる優れもの」

「おおっ、これがあれば、いちいちカオリを叩き起こさなくて済むのか!」

「ちょっと待って、それってふつうに毎日起こされるパターンじゃなかった?」


 カオリとクロノは、飲み食いしては眠るという、自堕落な生活をおくりながら、いろいろと話しあい、アイデアを出しあった。


 お互い十年に一度くらいは起きようか、ここで眠るとポイントがたまりすぎて怖い、墓守のためにも基本わたしは向こうで寝る、ヒカルの墓がある山の洞窟に転移陣を設置する、ついでに家具を運びこむ、机も欲しい、文芸活動にも興味がある、BLに興味はない、わたしたちの冒険物語を書いてみよう……魔神? 破壊神? とりあえず名前は変えましょう、真実が好まれるわけではないの、物語は美化してこそ輝くものなの、ヤクモくんを主人公にしてみましょう、出会いのシーンから都合よく……すべてを描く必要はない、そのあたりは読者の想像力とジャスティスにゆだねる、誰かに読ませるわけじゃないけれど………………。


 大空を飛行する竜王の姿が世界各地で目撃されたり、混沌のガチ勢力による置き土産、元ダンジョンマスターの異世界人によるアンデッド軍団の侵攻があったり、戦争があったり。


 いくつかの問題はあったものの、約五百年、世界の秩序は保たれた。



16



「起きろ、カオリ。起きるんだ」


 封印術の一種による眠り。

 時期が来れば目覚めるための仕込みを、強引に解かれて叩きおこされる。


 ダンジョンマスターであるカオリは、天蓋つきのベッドのうえで目を覚ました。


 ダンジョン機能により清潔さは保たれている。

 眠りについたときと変わりはない。

 ただ一点、ぐわんぐわんと揺らされている以外は。


「起きたよ。起きたから」

「そろそろ異世界人が召喚されるらしいぞ」

「ああ、もうそんな時期なんだ」

「どうして知ったとおもう?」

「また街のなかを散歩して、噂でも聞いたんじゃないの?」

「ちがう」


 楽しそうなクロノをみて、カオリは首をかしげた。


「ヤクモから聞いたんだ」

「なにをいってるの?」

「ヤクモという名の、ヤクモの子孫からだ」


 洞窟前でうとうとしていたら襲いかかってきた。若者の姿であったものの、自分たちの知るヤクモにそっくりだった。けっこう強かった。しばらく戦ってみて、ここに来た目的をたずねたら、道に迷っただけだと言われた。おもいっきり笑ってしまい、戦いどころではなくなった。


「向こうは、こっちが信じたことに驚いていた」


 話を聞くと、アルファ王国を目指していたという。異世界人を勧誘して、育てて、パーティーを組み、オメガを攻略する。最奥の間に眠るものは何かを知りたい。人なのか。魔王なのか。先祖から代々伝えられてきた逸話の、真相が知りたい。


「ここに連れてこようかとも考えたんだが、それだとあまりおもしろくないからな。物語に描いた竜王にならい、武器の強化をしてやった。背中にのせて、下まで運んでやってから別れた」

「そのヤクモくんは、アルファ王国にたどりつけると思う?」

「さあ? べつにどっちでもいいじゃないか。世界を巡って、いろいろなものと出会えばいい。そしてまた、オメガに挑むんだ。ここにいる、カオリと出会うために」


 カオリはベッドからおりた。

 テラスに移動して、できあがった街並みを見おろす。


「いまの世界、どんな感じ?」

「……以前とは比較にならないほど、落ち着いている。カオリが心配することは、もうなにもない」

「そっか」


 いつでも元の世界にもどれる。


「なあ、カオリ……ヤクモがここに来るまで、待っていないか?」

「……そうだね」

「いつになるのか、わからないけどさ」

「そうだよね」

「いっしょに、待っていて、くれないか?」


 元の世界にもどるために、がんばってきたけれど。

 そういうのも、ジャスティスの前には、関係ないのかもしれない。


「それも、いいかもね」

「カオリ」

「ねえ、クロノちゃん」

「なんだ?」

「とりあえず、いっしょに、なにか食べない?」

「……ああ、食べたいな。食べたいものなら、いっぱいあるんだ」



17



 魔王が封印されているという、神代のダンジョン。

 そこを攻略するために集まった、冒険者たちの都市がある。

 ダンジョンの名より、自由都市オメガとよばれている。


 都市の中心には、地下深くに広がるダンジョンと、古城がある。


 古城がダンジョンの一部であることは、冒険者たちの常識であったものの、認識することすらできない区画が城内にあることは、誰も知らない。

 そこでラスボスが眠っていることも、彼女が街並みを眺めていることも、竜王とともに自堕落な生活をおくっていることも、いまはまだ、誰も知らない。

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